「でも、この国で亡くなった夫の代理で妻が家を切り盛りする事なんて…聞いた事ないわ」
普通は息子への譲位を即座に行うか、親戚筋(兄弟等)に家名を譲るかだ。
「私はこの遺言状を見つけて直ぐ、国王陛下へと嘆願書を送りました。こちらの事情とご主人様の意向を添えて」
というギルバートに、
「待って。陛下はこのテオドール様の存在を……前々から知っていたのね」
用意周到な養子縁組の書類を見てもそれは窺える。
公爵様はご自分の実子であるテオドール様を養子に迎える為に、ずっと準備なさっていたのだわ。
だから……
「だから、陛下からこの国の令嬢と結婚をと王命を受けた時に断れなかったのね?普通なら庶子とされてしまうテオドール様の事が……公爵様の弱点になっていたんだわ」
私はやっと納得がいった。公爵様が何故そんな易々と王命を受け入れたのか、ずっと謎だった。
結婚を拒否し続けた公爵様が、すんなり私と結婚した理由はテオドール様の為。陛下と公爵様の間には……密約の様なものがあったという訳だ。
私の言葉に、
「そういう事です。言葉は悪いですが陛下に弱味を握られていたという訳です。アイリスの事も陛下はご存知です」
とギルバートは答えた。
「でも、何故十八まで待つ必要があったのかしら?実子である事が証明されているのなら、さっさと養子にしてしまえば良かったのでは?」
とつい私は言葉に出していた。
「アイリスがどうしても成人までは自分で育てたいと。ご主人様はアイリスの願いを叶えたかったのでしょう」
とギルバートは頷きながらそう言った。
私には子どもは居ないが、母親とはそういうものなのかもしれないと、私も、
「そういうものなのね……」
と頷いた。
いや、待て。問題はそこではない、
「と、そんな事よりも、私よ!私の事!」
と元々の問題である公爵様の代理について私はギルバートに詰め寄った。
「先ほど陛下からお返事をいただく事が出来ました。特例として……奥様が公爵代理を勤める事をお認めになって下さるそうです。私としては大いに不満ですが、ご主人様の遺言は私にとっては絶対。私はご主人様の言葉に従うまでです」
と、とても不本意そうにギルバートはそう言った。
いや…しかし。許可されても困るのよ!
私がこのオーネット公爵を?無理よ!無理に決まってる!!
「む、無理よ!」
と言う私の言葉などギルバートは丸っと無視した上で、
「ただ、テオドール様の存在はまだ秘密です。命を狙われでもしたら今までのご主人様の苦労が水の泡です。
今回、私が領地へ行ったのはアイリスへご主人様が亡くなった事を伝える為。
そしてあと一年は旦那様が支援していた金額を同じように支払い続ける事を伝えて来ました」
と私にそう言うと、続けて、
「きっとテオドール様の存在を知らない者達がこのオーネット公爵家に入り込もうとやって来るに違いありません。その者達からこのオーネット公爵家とテオドール様をお守り下さい」
と言った。
「そんな……。そんな重大な事……私……」
と小声で呟きながら私は俯く。
すると私の頭の中に公爵様の声で
(君の事は信用に値する人間だと思っている)という言葉が甦ってきた。
もう!何で今、そんな言葉を思い出すのよ!
もっと私がムカついた事とか、頭にきた事柄を思い出せば良いのに、何でよりにもよってあの夜のあの言葉なのよ!
あんな夜もあったと思い返すには……まだ少し早くない?数日前の話よ?懐かしむのはまだ先でしょう?
私は目の前のギルバートの不機嫌そうな顔を見る。
公爵様が私を認めた事が気に入らないのだろう。自分と公爵様との間の絆を私に邪魔されたとでも思っているのかもしれない。
私がここで弱音を吐けば、ギルバートを喜ばせるだけなのではないかと思うと、それはそれでモヤッとする。
私は目を閉じて大きく深呼吸をした。
……やってやろうじゃないの。
「わかりました。公爵様の遺言に従います。後、約一年ギルバートには私をサポートして貰いますが……私の執事にはアーロンを指名するわ」
と言った私をギルバートは鋭い目でキッと睨んだ。
「アーロンはまだ半人前です」
と吐き捨てるように言ったギルバートに私は、
「今後テオドール様を支えるのはアーロンよ。もしや……公爵様が居なくなったからと言って自分がそのまま執事でいるつもりだったの?」
と私はギルバートに問う。
ギルバートは図星だったのか、目を少し見開いたが、
「……いえ。滅相も御座いません」
と悔しそうにそう言った。
「アーロンにはテオドール様の事を伝えて。これからアーロンの主になるのはテオドール様よ。心構えをして貰わねば」
と私が言えば、ギルバートは小声で、
「やはり選ばなければ良かった」
と呟いた。
……聞こえてますけど?