ギルバートが私に見せてくれた書類は、養子縁組の書類。そこには公爵様のサインとそのテオドールのサイン、その上すでに国王陛下のサインまであった。
実子を証明する書類も揃っている。オーネット公爵家の権力を垣間見た感じだ。
この用意周到さ……私との婚姻証明書の一件を思い出させる。
「テオドール様が十八歳になられたらこの書類は効力を発揮するようになっておりました。もちろんご主人様に他に子が居ない事が条件でしたが、それは果たされておりますので」
とギルバートは付け加えた。
私はふと疑問に思った事を口にする。
「このアイリスさんとテオドール様は、今、一体どちらにいらっしゃるの?ギルバートは知っているのでしょう?」
「……はい」
ギルバートは少し間を置いて一言、そう答えた。
私の頭の中にある考えが浮かぶ。
「ここからは、私の推測だけれど。
このアイリスさんは……多分、オーネット領にいらっしゃるのではない?
そして、彼女はパン屋を営んでいたのではないかしら?ねぇ、そうでしょう?」
私は確かめるように、そう口にした。
「流石は奥様でいらっしゃいます」
とわざとらしく恭しい口調でギルバートはそう言った。
何だか馬鹿にされてるように感じるんだけど。
「これで分かったわ。本宅のパン代が異常に多かった理由。公爵様はパンの代金として彼女と…ご自分の息子を金銭的に支援していたのね。そして、公爵様が領地に足繁く通っていたのは、彼女が居たから。そういう事ね?」
と私が言えば、ギルバートは
「そこは想像にお任せいたします」
と明言を避けた。そして続けて、
「しかし、一つ問題が御座いました」
とギルバートは難しい顔をした。
「問題?」
「はい。テオドール様が養子になれるのは十八歳……成人を迎えてからです。これはアイリス様のたっての願いで御座いましたのでご主人様はその様に計らいました。しかし……テオドール様はまだ十七歳になったばかり」
「では……最低でも後一年はまだ養子になれない。そういう事ね」
「そういう事です。そこで……こちらの遺言状が有効となるのです」
とギルバートは私にもう一つの封筒を手渡した。
私はそれを確認する。そして……
「これは……どういう事?」
とギルバートに向けて目を丸くした。
「この遺言状は、葬儀の後ご主人様の机で見付けました。内容はそちらに書いてある通り。『万が一私ディーン・オーネットがテオドール自身の満十八歳の誕生日を待たずして、この世を去るような事があった場合はテオドールが十八歳になるまでの期間、遺言者ディーン・オーネットの有する財産及び権利の一切の管理を妻ステラ・オーネットへと委託するものである』という事です」
と言うギルバートの顔は何故か不満気だ。
「ま、待って!私?私が?」
動揺が隠せない。
「そうです。貴女です。……不本意ですが」
またもやギルバートは不満気だ。そんなに私が嫌い?
「どうして私?」
「そんな事、私の方が知りたいですよ。どうもご主人様は……貴女の能力を買っていたようだ」
「それに……この遺言書……まるで公爵様は自分が亡くなるのを予想していたみたい……」
と私はその遺言書に書かれた公爵様の字をジッと見つめる。そこに何かヒントが隠されていないかを探るように。
すると、ギルバートは溜め息をついて、
「あの日は……テオドール様のお誕生日でした。ご主人様は毎年テオドール様のお誕生日は一緒に祝うと約束をしていたのです。しかし今年はあの大雨で……ご主人様も諦めていたんです。
そんな中、アイリスのパン屋に被害が。その報告を受けてご主人様は居ても立ってもいられなくなった様でした。それでも私がもっと強く引き留めていれば……」
と項垂れた。
私はあの日の事を思い出す。
私が『明日でも良いじゃないか』と言った時のあのピリッとした空気感。あれは愛する女性を心配する公爵様に私が水を差すような事を言ったせいだったのか……。
「でも……例え息子の誕生日だとしても、例え愛する女性の営む店に被害が出たとしても……命を掛けるのは間違ってるわ」
「もちろんです。ご主人様だって……こんな遺言状を書き残していたとしても……死ぬつもりなどなかったに決まっています。今回の事故は……偶々なのです」
ギルバートはとても悔しそうに唇を噛み締めた。