翌朝、目が覚めた私は自分の気持ちを切り替えるように大きく伸びをした。
嘆いていても始まらない。このオーネット公爵家を継ぐ、新たな人物をここに招かなければならない。
結局、公爵様から養子について話を聞く事は出来なかった。
その人物がどんな人なのか私には知る由もないが、公爵様が心に決めていたのだ。この家に相応しい人物である事は間違いないだろう。
私がこの家を見守るのは養子縁組みの手続きを終えて、その人物が公爵を継ぐまでだ。
私とこのオーネット家との繋がりは、公爵様だけ。子どもの居ない私にはもう居場所はないように思えた。
当初の予定通り離れに移るか……或いは……パトリシア様には申し訳ないが、どこか知らない土地へ旅に出るか……と私は考える。
未亡人である私が故人と離縁をすれば実家に戻る事も可能だが、今さら実家に戻るつもりは微塵もなかった。
朝の支度を終え朝食を食べる。
いつもと同じ日常が戻ってきたような錯覚を覚えるが、この家は主を失ってしまった。
私はギルバートに養子の事を尋ねるつもりで声をかけようと彼を探すが見当たらない。
「アーロン、ギルバートはどこかしら?」
「今朝早くに領地へと発ちました。向こうにも墓を建てると言ってましたので、その件かと」
オーネット家の墓は代々王都にある。しかし、公爵様は領地をとても愛していた為、向こうにも墓を……と生前から言っていたらしい。
養子について尋ねるのは、少なくともギルバートが帰ってからになるだろう。それまでは自分に出来る事をしよう。私はそう心に決めて、
「アーロン。私に出来る仕事があるなら手伝うわ。元々帳簿は私がつけていたんだし」
と私が言えば、アーロンは少し嬉しそうに、
「いつもの奥様に戻られたようで……安心しました」
とそう言った。
「そう?私、何か違ったかしら?」
と私が少し驚いたように尋ねれば、アーロンはちょっぴり困った様な顔をした。
ギルバートが戻ったのは翌々日の夜の事だった。
ギルバートはその足で私の部屋を訪れたようだ。
「あら?意外と早かったのね。お墓の件はもう片付いたの? もう少し時間が掛かると思っていたのに」
「そちらの件については、まだ手をつけておりません。場所についてはご主人様の希望していた所へと考えておりますが。
しかし、それよりも先に奥様に見せておかなければならないものが御座いまして」
とギルバートはそう言うと、私の前のテーブルに二通の封筒を置いた。
「これは?」
「ご主人様の遺言状で御座います」
「遺言状?どっちが?」
「……とりあえずこちらを」
とギルバートは私の問いに答えることなく、向かって左側に置かれた封筒を私に差し出した。
私は手渡された封筒から遺言状を出して広げる。
「こちらは私が前々からご主人様より預かっていた物で御座います」
というギルバートの言葉に促されるように、私はそれを読んだ。
『 遺言書
遺言者 ディーン・オーネットは次の通り遺言する
遺言者は遺言者の有する全ての財産、権利を我が子 テオドール・オーネットに相続させる』
……ん?『我が子 テオドール・オーネット』とは?
私の疑問は黙っていてもギルバートに伝わった事だろう。だって見覚えのない言葉が並んでいるのだから。
察するにこの『テオドール』という人物が公爵様が養子に迎える予定としていた男性である事は間違いなさそうだ。
しかし、養子にする人物をわざわざ『我が子』と書くのだろうか?
ギルバートはそんな私に、もう一通懐から書類を出して広げて見せた。
「テオドール様というのは、ご主人様であるディーン様の実子で御座います」
とギルバートは私に言った。
…………はい?『実子』?!
「どういう…こと?」
私は驚き過ぎて何故か小声で聞いてしまった。
「少し長い話になりますが、お聞き願いますでしょうか?」
というギルバートに私は頷く事が精一杯だった。
「テオドール様の母親はアイリスという平民の女性です。アイリスとディーン様は幼い頃からの幼馴染みで、想い合っておりました。しかしアイリスとディーン様では身分が違う。このオーネット公爵家に平民であるアイリスは相応しくありません。
二人の結婚など誰にも許されない。それはディーン様も重々承知しておりました。
しかし……そんな中アイリスは身籠りました。もちろんディーン様の御子である事は間違い御座いません。そして、アイリスはディーン様の血を引く子を産みました。それがテオドール様です」
淡々と話すギルバートには申し訳ないが、衝撃的過ぎる事実に話が頭に入ってこない。
「えっと……公爵様は女嫌いなのでは?」
と私は今じゃなくても良いだろうという質問をしてしまう。本当に今じゃなくて良い。
「女嫌いなのは事実です。強いて言うなら『アイリス以外の』女性という事です」
「では……前公爵様はテオドール様の事を?」
「ご存知ありませんでした。前公爵様はご主人様の女嫌いにほとほと頭を悩ませておりました。何と言ってもディーン様が片っ端から婚約話を断っていくのですから」
「でも……それはアイリスさんの事があったからでしょう?」
「左様で御座います。例えアイリスと結婚出来ずとも、他の女との結婚など耐えられないと仰っておいででしたから」
「ギルバートはその女性との事を……」
「知っておりました。私にとってご主人様は唯一無二のお方。ご主人様を裏切るつもりは毛頭御座いませんでしたから、この秘密は私だけが」
ギルバートの妄信的な公爵様への忠義が窺えた。