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第13話

「安心して下さいませ。公爵様にとって領地の方が安心出来る場所なので御座いましょう?私はその公爵様の安寧を邪魔するつもりは御座いません。

ですが、新しい公爵様にとって私は……何なのでしょうね?あの宣言から七年が経ちました。心当たりのある人物があの時幼子であったとしても、随分と成長なさっている事でしょう。養子に迎えたからといって、私が義母として振る舞うのは、些か難しい気がいたします」


「…………」

答えに迷っているような公爵様の言葉を待たずに私は続ける。


「ですので、全く使って来なかったこの屋敷の離れを改築して、私はそちらに移ろうと思うのです」


「……なるほど。わかった。君がそこまで考えているのなら、好きにしたら良い」

と公爵様は呆気なく私の提案を許可した。

正直『ダメだ、金が勿体無い』と言われるであろう事を想像して、あれやこれやと理論武装してきたつもりだが、拍子抜けだ。


「え?許可していただけるのですか?」

と私が驚けば、


「許可を得る為に話したんだろう?それとも何か?反対して欲しかったのか?」


「いえ!滅相も御座いません!賛同していただき有難い限りで御座います。有難い限りなのですが……ちょっと意外でしたので」

と私が驚いた事を素直に言えば、


「……正直、領地で君とずっと暮らす事を想像したら……いや、想像が出来なかった。脳ミソがそれについて考えるのを拒否しているようだ。ならば、許可するしかあるまい」

と公爵様は言うと、話は終わりだとばかりに、また書類へと目を落とした。


………ムカつくんですけど。


私は何だか釈然としない気持ちで自分の部屋に戻った。


間違いなく、公爵様は爵位を譲った後の私の事など考えていなかったに違いない。私って一応妻よね?


ソニアはそんな私の顔を見て、


「まさか…ご主人様に離れの事、反対されたのですか?」

と心配そうに尋ねてきた。


「いいえ。私の考えを聞いて『好きにしろ』と仰られていたわ」

と私が答えると、


「では、奥様は何故そのようなお顔を?」

とまたもやソニアは私に尋ねる。


「わかってはいた事だけど、私って……公爵様にとって何なのかしらって、自問自答していただけよ」

と私が肩を竦めると、ソニアはますます訳が分からないといった顔をした。


都合よく仕事を手伝わされて、食卓を囲む事もなく、甘い触れ合いもない。


……最初に『ご主人様と呼べ』と言われた理由が良く分かった気がする。

私ってば、間違いなくあの人にとっては『使用人』だわ。



さて、都合の良い使用人兼公爵夫人である私は、公爵様からの許可を得て、堂々と離れの改築に踏み切った。


しかし、高価な物を買おうとすると、今度はギルバートから文句をつけられる。

私としては、ここで人生の最期を迎えるつもりなのだから、ある程度質の良い物を長く使う為に揃えたかっただけなのだが……ケチめ。


しかし、私はふと思う。

公爵夫人になってから、毎日結構忙しく過ごしていたな……と。実家にいた頃には考えられなかったことだ。あの時は、両親や兄になるべく迷惑にならぬ様にと大人しく過ごす毎日だった。刺繍や編み物、読書をして、変化のない日常をこなす日々。


最初は公爵様の鼻を明かす事が目的だったとは言え、やるべき事が明確であるというのは、意外と刺激と充足感があった。


「そう思えば、この境遇にも感謝かしらね」

と私が一人呟くと、ソニアは、


「奥様ぐらいですよ。ご主人様に意見したり、反抗したりするのは」

と苦笑した。



離れの改築の進捗を確認しに来た私とソニア。それにムスカ。

私達の付き合いも、もう七年を過ぎた。


相変わらず、ソニアは私と公爵様の間でオロオロしているし、ムスカは無口だ。

でも、私は二人の存在にとても感謝していた。だって私の愚痴を黙って聞いてくれるのは、この二人しか居ないんだもの。


私は、


「私がここに移り住む様になったら、あなた達はどうなるのかしら?公爵様のお気持ち一つかもしれないけど、出来ればずっと一緒に居たいわ」

と素直な気持ちを吐露した。


ソニアは


「私はずっと奥様にお仕えしたいと思っておりますし、ご主人様にもその様に伝えるつもりでおりますが、私の方が奥様より先に天に召される事になるでしょう。その後が少し心配なのです。今のうちから若い侍女に交代した方が良いのではないかと……」

と少し迷いながらもそう答えた。


「例え……貴女とそういう理由でお別れする日が来たとしても、私はソニアが良いわ。遠い未来の事を心配するより、今は目の前の事に注力しましょう」

と私が言えば、ソニアも、


「正直、そんな遠くない未来なのではないかと思うのですが、奥様にそう言っていただけるのなら、私はずっと奥様のお側におりますよ」

と微笑んでくれた。


私はそっと後ろに控えていた、ムスカの顔を見る。


「私も同じです」

とムスカは言葉少なにそう言った。


ムスカの返事がソニアの『ずっと側に居る』という言葉に同意したのだと勝手に解釈した私は、


「ありがとう」

と一言礼を言った。

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