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第12話

嫁いで七年。私ももう二十六歳。

流石に子どもについて言う人も居なくなった。陰ではわからないが。


そして、私はそろそろ自分が数年前から考えていた事を実行に移そうと考えていた。


「何をやってる?」


久しぶりに公爵様に呼び出された。と言っても、勘違いしないで欲しい。私が色々と諦めただけで、私と公爵様が良い関係性になった訳ではない。

顔を合わせれば言い合いになるので、なるべく避けて過ごす内に、絶妙な距離感を掴む事に成功した。ただそれだけ。


「何を……とは?」


「ふん…、わかっているだろう?離れの事だ」


「なるほど。確かに公爵様の許可を得ずに始めた事ですので、反対されればそれまでですが、良い機会ですので、公爵様にお話したいことが御座います」

と私が静かに言う。

喧嘩腰ではない私に拍子抜けしたのか、公爵様は、


「話とな?珍しい事もあるものだ。いつも勝手ばかりする癖に」

と物珍しそうに、そして嫌味ったらしくそう言った。

その物言いにイラッとするも、今回ばかりは何としても許可を得たいので、大人しくしておく事を心に決めた。


「いつもの話は置いていて下さいませ。今日はきちんとお話を聞いていただきたいのです」

いつもにない私の様子に公爵様も、


「……わかった。話してみろ」

と書類を捲る手を止めて私の顔を見た。


「私がここに嫁いで何年になるか、覚えていらっしゃいますか?」


「馬鹿にしてるのか?覚えているに決まっているだろう?五年…いや、六年だったか?」


「七年で御座います、公爵様」


覚えてないじゃないか!とは言わない。


「もうそんなに経つのか。……で?それが何だ?」


「結婚して初めて公爵様とここでお話をした時、私とは『白い結婚だ』と公爵様は仰いました」

と私がそこまで言うと、


「お、おい!まさか離縁をすると言うのではあるまいな?」

と公爵様は少し慌てた。


この国では『白い結婚』が五年以上になれば、女性側から離縁を申し出る事が出来る。逆に言えば、男性からは何時でも離縁を申し出る事が出来るという事だ。

こんな国だから、公爵様のような『男尊女卑』思考の男性が増えるのだろうな、と思うが。

しかし私は、あぁ!そう言えばそうだった!と今、公爵様に言われて初めて気がついた。


こんなに嫌いな男との結婚だったのに、離縁を考えた事がなかった自分にビックリする。


「いえ。そういえばその手があったか!と今、思い至りましたが、今まで不思議な事に離縁を考えた事はありません。……本当に自分でも不思議な事だと、改めて思っております」


「……では、離縁ではないとしたら、何だ?」


公爵様も離縁を考えた事はなかったのだろうか?先程の慌て様に何となくホッとしてしまった。


「あの時養子のお話をして下さいましたね?とうとう今の今までその人物の名を教えて頂く事はありませんでしたが」


「そ、それは……」


「いえ、別にもうそれが誰であろうと私にはどうでも良いのです。しかしながら、その人物がオーネット公爵を継いだ場合の自分の立ち位置は非常に気になる所でして」


「立ち位置?」


「はい。我が国ではその人物が亡くならずとも爵位を譲る事が可能です」


「まぁ、そうだな。私の場合は父が早くに亡くなったせいで思ったよりも若くして爵位を継ぐ羽目になったが」


「きっと、公爵様もある程度を見計らってその方に爵位を譲る事をお考えなのではないかと思いまして。そうすれば、公爵様はどちらに行かれます?」


「私としては譲位後は領地の本宅に戻るつもりだが?」


「ですよね?そうだと思いました。でも、私は?公爵様はその時、私をどこへやろうと考えておいででしたか?」


「君?……君は……そうだな……」

と顎に手を置いて考える公爵様を見て、私は『やっぱりな』と思った。

この男、自分が引退した後の私の処遇など、今の今まで考えた事などなかったのだろう。そうだと思っていた。


「公爵様も来年にはもう四十歳。いつその人物を養子として迎えるおつもりなのか存知ませんが、そう遠い未来ではないでしょう?」


「まぁ……そうだな」


「では、その後の少し遠い未来に公爵様は譲位して領地へ戻るといたしましょう。しかし、その公爵様の将来像の中に、私を領地へ連れて行くという未来は御座いましたか?」

と私が尋ねると、公爵様はハッとしたかの様に、


「そ、それは…確かに。だが、もし君がどうしてもと望むのであれば、領地へ連れて行く事も……可能ではある」


なんとも微妙な言い回しだ。全くもって連れて行きたくなどないといった雰囲気を犇々と感じる。


大丈夫よ。絶対に『連れて行け』とは言わないから。

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