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第10話

男性の方は自ずと公爵様へと話しかけるが、パートナーのご夫人達はこぞって私の方へと笑顔を向けて、


「ステラ様、次はうちの夜会に来て下さいませ」

とか

「ステラ様、この間頂いた紅茶、どちらでお買い求めになりましたの?どうしても手にいれたくて方々に尋ねたのですが、見つからなくて」

とか

「来週のお茶会には是非顔をお出し下さいませ。前回はタイミングが悪くお会いできなかった事、とても残念に思っておりましたの」

と私との話に花を咲かせた。


それを見たご夫人方のパートナーは、


「いやぁ。公爵も良い細君に恵まれましたなぁ。うちの家内も家では奥さんの話で持ちきりですよ」

と公爵様に皆、笑顔で言った。

公爵様は、


「あ…あぁ」

と言ったきりだ。


私はもちろん、ご婦人方だけではなく、そのパートナーの男性陣にも声をかける。


私は目の前のカールソン侯爵に、


「カールソン侯爵様、もう喉のお加減は宜しいのですか?」

と声を掛ける。


カールソン侯爵は、

「いやぁ、オーネット公爵夫人の薦めてくれた薬草を煎じて飲んだら一発でしたよ」

と笑った。大きなお腹が揺れる。


「主人にステラ様に頂いたのよって言ったら、お礼に夕食へ招待しろって言うの。ご迷惑でなければ是非」

とカールソン侯爵夫人からは夕食の誘いを受けた。


そんなやり取りは、カールソン侯爵夫妻だけではない。


私は挨拶に訪れる貴族に毎回、その家庭でのトピックスを先回りして披露して、その話に花を咲かせた。時には子どもの話。時には祖父母の話、時にはペットについてまで。


これは私の情報収集と記憶力のなせる技だった。

無駄話ほど、無駄ではないものはない。

それを証明してみせた瞬間だった。



「あんな話をどこで……」

帰りの馬車で公爵様に尋ねられる。


「これこそがお茶会の醍醐味です。ご婦人達は他の家庭の秘密をこっそりと教えて下さいますわ。その中に有効な情報が隠れているのです」


「……なるほどな。だが、うちのメリットになっているか…と言われればそれはまだ分からないだろう?という事は、君の行動を制限する権利を得たという事だな」


「はぁ???『パトリシア様と仲良くするように』と言われたんですよ?という事はですね、今後パトリシア様が王太子妃、ひいては王妃になった時、オーネット公爵家にとって、利があるに決まっているではないですか!王家主催のお茶会に招待される事は大きな名誉ですよ?わかってます?」


「君はまだよく分かっていないようだが、オーネット公爵家は王家に阿る必要などないのだ。それほどの力を持っている。そんなせせこましい事をせずとも名誉で困る事はない」


「では、何故王命に逆らって独身を貫かなかったのです?!女嫌いだからと断れば良かったではないですか!」

と私が言えば、公爵様は、言葉に詰まった。


そして突然、まるで何かを誤魔化したいかの様に


「いいか!君には一つ仕事を与える!そうすれば、君が勝手をする時間も減るだろう!話は以上だ!」

と大きな声を出したかと思えば、馬車の窓から外を見た。


今は夜。外の景色など殆んど見えないというのに、何を見ているの?

こっちを見なさいよ!そして私の話を聞いて下さい!




「こちらにございます」

ギルバートが持ってきた大量の書類に私は目を丸くした。


昨晩の夜会の後、黙りこんで私の話を全く聞かなくなった公爵様は今朝も早くから領地へと発ったらしい。逃げたな。


「これは?」


「奥様の新しいお仕事に御座います。ご主人様からお聞きなのでは?」


聞いたと言えば聞いた。いや、命令されたと言えば良いのか?


「仕事を頼まれたのは確かだけど、内容は聞いていないわ」


「左様ですか。鉱山の産出量を記したものなのですが、ご主人様のお仕事が立て込んでおりまして、こちらまで手が回っておりません。綺麗に纏めた物をご主人様が欲していらっしゃいます」


「それで?これを私にしろ……と?」


「流石奥様。この私がみなまで言わずとも分かって下さるとは。ではよろしくお願いいたします」

とギルバートは軽く会釈をすると、さっさと部屋を出て行った。


お茶を淹れていたソニアは、


「これは……本当に今必要なお仕事なのですか?産出量はきちんと記載されているのですよね?わざわざそれを纏め直す必要が?」

と眉をひそめた。


「別に必要ないのよ。私をここに縛り付ける為の口実よ。私が外で色々とやっているのが気に入らないだけ」

と私が言えば、ソニアはますます渋い顔をした。


しかし、私は、


「仕方ないわ。ならば、びっくりするほど見易い資料にしてみせるから。じゃあ、ソニア……」

と言えば、ソニアは心得たという様に、


「はい。私は部屋を出ておりますので、ご用の際にはそちらのベルを」

と言って部屋を出ていった。


私は集中したい時は一人になりたい質だ。それをソニアはちゃんと分かってくれている。


私は、


「さてと。公爵様には悪いけど、こんな嫌がらせに負けてられないわ」

と気合いを入れ直した。


私が作った資料が気に入ったのか、それとも私の行動を制限し続けたいのか、それから私は公爵様の仕事の手伝いのような事をさせられるようになった。


しかし、私はそんな事で負けたりしない。私は私でその合間を縫って、お茶会や音楽会に勤しんだ。


パトリシア様には気に入られ、王太后様のお茶会にまで招待される様になった。

私がオーネット公爵夫人として、社交界での地位を確立するのに二年を要したが、私は社交界で一目も二目も置かれる存在になったのだ。


そして公爵様の仕事を手伝う様になったからか、領地経営や鉱山についても詳しくなってしまった。


といっても、公爵様と肩を並べて仕事をしている訳ではない。

相変わらず食卓を囲む事はないし、夜会も必要最低限しか一緒に参加する事はない。

その上、顔を合わせれば大体言い争っている。決して仲良くなったわけではない。


表面上は上手くいってる様に見えるのか、結婚して時間が経つと周りからは、

「次はお子様ですね」とよく言われるようになってしまったが、こればっかりはどうにも出来ない。しかし『白い結婚』と言う言葉を自ら言いたくはなかった。私にだってプライドがある。

結婚して五年も経つ頃には、私と離縁して他のご令嬢と結婚した方が良いのではないかと言う人も少数だが現れる様になった。

しかし、そんな時は決まって公爵様は、


「私は離縁するつもりはない」

とだけ答えていた。

まぁ…公爵様も『実は白い結婚なんだ』などと自分から言う事はないのだから、私が懐妊しないからといって他の女性を選ぶのはお門違いというものだろう。私には全く非がない。

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