「では、遠慮なく。それではこのオーネット公爵家の後継問題はどうなさるおつもりなのでしょう?」
正直、しがない伯爵家の三女に求められている事など、極論、それしかないと思っていた。健康な若い(自分で言うのはちょっと…アレだけど。まだ若い事は間違いない。この強面公爵に比べれば十分に)女性……という事で自分が選ばれたのだと思い込んでいたからだ。
「君がそんな事を心配する必要はない。……と言った所で答えとしては不満だろうから、特別に答えておこう。目ぼしい者をこのオーネット公爵家の養子に迎えるつもりだ。心配せずとも人物については相応しい者に心当たりがある。これが先ほどの君の疑問に対する答えだ」
「……『相応しい人物』ですか。んー。このオーネット公爵家の親戚筋で男児が居る家といえば……ブラウン侯爵家?いや…あそこは嫡男しかおりませんし……なら、シルバー伯爵家?あそこなら、ご子息がお二人。しかしまだ随分と幼かったような。それにシルバー家は元々騎士の家系。少しこのオーネット公爵家の家風とは合わないような…。ならば、あ!バイオレット伯爵家ならば、ちょうどご子息も二人いらっしゃいますし……」
と私が話している最中に、
「あー!うるさい!なんと良く動く口だ。ペラペラと無駄口ばかり!」
とご主人様が声を荒げた。
私はその勢いに唖然と固まった。
ご主人様は続けて、
「これだから、女は嫌いなんだ。集まればピーチクパーチクと実のないお喋りばかり。どこのお菓子が旨いだの、どこのドレスが綺麗だのと。本当に馬鹿馬鹿しい」
と物凄く嫌そうに眉間にシワを寄せて私に言った。
無駄口…て。一応このオーネット公爵家に嫁いだ人間として思った事を言っただけなのに。それに、今はお菓子の話もドレスの話もしていないつもりだ。
「いえ、私は……」
と私が口を開いた途端、
「もう話は終わりだ!出ていってくれ。私は仕事が残ってる。君の様に暇じゃないんだ」
とピシャリと言われてしまう。
カッチーン!
そんな言い方ってなくない?
「わかりました!!私はディーン様と閨はせず、表向きの公爵夫人としての勤めだけ果たせば良いと、そういうことですね!!?」
と私は少し反抗的にそう言い返した。
「ご主人様と呼べと言えと言っただろ?!もう忘れたのか?君は馬鹿か?!」
「ばっ……。馬鹿ではありません!もちろん覚えておりますとも。しかし、ご主人様とは…。私は使用人では御座いません。名前で呼ばれるのが嫌なら、せめて旦那様と」
「…旦那様と君に呼ばれたくない。では、外では名前で良いが、屋敷の中では『公爵様』と呼ぶんだ。例外はなしだ。はぁ……もう出ていってくれ。君と話すのは疲れる」
とこの男は頭を抱えた。
『女嫌いの男好き』そんな噂も強ち大袈裟な嘘ではないのかもしれない。この男、女性を舐めてる。所謂『男尊女卑』思想の男だ。
「……わかりました。それでは失礼いたします。
と私は会釈して執務室を出るべく、扉の方へ向かう。
扉のノブに手を掛けた、その時、
「……ちょっと待て。さっき君はうちの親戚筋の家名をスラスラと答えたな。しかも家族構成まで。どうしてだ?」
と静かに尋ねられた。
「今日、執事のギルバートからこの家の歴史が書かれた本を渡されました。目を通すようにと」
「あれか。しかし……結構な量な筈だが?今日初めて読んだのだろう?」
「昔から、一度目にした物は忘れないんです」
「ほう……。確か学園には通っていなかった筈だが?」
「学園には通っておりませんが、マナー講師が付いていましたし、勉学は兄に教えて貰いました」
「ふむ……。確かに君の兄上は優秀で、特待生だったと聞いた」
「はい。しかし、優秀なのは兄で私ではありません。それと……差し出がましい様ですが、その机の上の書類の二行目。綴りを間違えているようです」
と私は答えると、扉を開けて部屋を出た。
こんな男と同じ空間にもう一秒も居たくない。
「もう!なんなのアレは!!」
と部屋に戻った私は、自分の枕を思いっきり殴った。
確かに些か口を出し過ぎたかもしれないが、急に『白い結婚』と言われて、動揺してしまった。
それを誤魔化す為でもあったかもしれない。
……別にあの男に抱かれたい訳ではないが、自分の役割として覚悟(……怖いな、とは思っていたし、あの男との閨を想像すら出来なかったけど!)を持って嫁いできたつもりだった。
なのに……『お飾り』の公爵夫人になれなどと言われるとは思っていなかった。
女として……とてもプライドが傷付いた事も事実だ。