私の公爵夫人としての教育が早速始まった。
手始めは、
「こちらに目を通しておいて下さい」
とギルバートさんが私の目の前にドン!っと分厚い本を三冊程置いた。
私はそれを眺めながら、
「これは……?」
と尋ねる。
「我がオーネット公爵家の歴史で御座います。この家の女主人として必要な知識ですので、しっかりとお勉強なさって下さい」
とギルバートさんはそれだけ言うと、さっさと部屋を出ていった。
私はソニアに、
「えっと……必要な時には声を掛けるわ。私、これから、これを全部読む必要があるみたいだし、一人の方が集中出来るから」
とヘラっと笑ってみせた。 ソニアは
「ではお茶だけでもお淹れしましょうね。御用の際にはそちらのベルを鳴らして下さい」 とお茶を私の前に置くと、少し後ろ髪を引かれるように部屋を出て行った。
「さて……と。さっそく読みましょうか」 と私は気合いを入れて、その分厚い本の一ぺージ目を開いたのだった。
『コンコンコン』 と控え目なノックの音に私は、本から顔を上げる。 「どうぞ」 の声で、ソニアが顔を覗かせた。
「奥様、そろそろ昼食のお時間ですよ」
と言う声に私は本をテーブルへ置いた。
もうそんな時間か。 私は集中すると周りが見えなくなる。これは昔からだ。
昼食後も、黙々と本を読む。気づけばもう夕食の時間になっていた。
すると、ギルバートさんが部屋に来て、
「ご主人様がお帰りになりました。お話があるそうなので、執務室へとお越し下さい」 と私を呼びに来た。
「お帰りに?予定では明日……」
と私が言いかけると、
「ご主人様をお待たせする訳にはまいりませんので、早くいらっしゃって下さい」
と私の言葉を遮って、急き立てた。
私は急いでギルバートさんの後を付いて歩く。
執務室へと案内された私は、結婚して初めて、自分の夫になったオーネット公爵と対面した。
「オーネット公爵様、お帰りなさいませ。お出迎えもせず、申し訳ありません」
と私が謝罪を口にすると、執務机を挟んで私と対面した公爵様は、
「私の事は『ご主人様』と呼ぶように。それと君の出迎えなど必要ない。これからもずっとだ」
と不機嫌そうに私にそう言った。
『ご主人様』?『旦那様』ではなく? 私、この人の召し使いか何かかしら?
「あ、あの……」
という私に、
「まずは私の話を最後まで聞くように。口を挟むな。質問は最後にしろ」
と冷たく言い放つ。 椅子を勧められる事もなく、私は椅子に座る公爵様…ではなくご主人様の前に立ったまま、話を聞く。
なんだか、叱られているみたいだ。
「婚姻証明書が受理された事は聞いた。まぁ、この結婚は国王に頼まれた事だ。大司祭もそこの所は良く分かっていたとみえる」 というご主人様の言葉に私は、 (国王に頼まれた?この結婚が?) という疑問が頭に浮かぶが質問は最後だと言われた為、その疑問を飲み込んだ。
「さっそく君にこの結婚の意味を説明しよう。私に隣国の王女との縁談が持ち上がりそうだった。我がオーネット公爵領の鉱山について、隣国に情報を掴まれる訳にはいかないと考えた陛下は私に至急結婚相手を見つける様にと命令してきた。 私は一生結婚などするつもりはなかったのだが、王命とあればしかたない。 君には公爵夫人としての教養と立ち振舞いを学んで貰い、公爵夫人としての役割を務めてもらいたい。
夜会やお茶会、その他諸々の参加に、この屋敷を女主人として取り仕切る事、公爵夫人の仕事は多岐に渡る …が、しかしだ」
とご主人様は言葉を切ると、私の目を見て、
「私は君と子作りをするつもりはない。それについては、全く必要ない。所謂『白い結婚』と言うやつだ」
とアッサリと告げた。
さっき、私の頭に浮かんだ疑問は、先ほどのご主人様の説明で理解した。うん、それは理解した。しかし、私を選んだ理由は分からないので、納得はしていない。納得はしていないが理解した。私の役割も。
しかし『白い結婚』とは? 私は思わず、
「え?!それでは……」
とつい言葉を口に出してしまっていた。
そんな私をご主人様はキッと睨む。 ……不味い。まだ質問タイムではなかった。
私は咄嗟に自分の口を手で覆った。だからといって、もう遅いのだが。 その様子に、
「……ふん。まぁ良い。粗方私が言いたい事は言った。質問があるのなら、聞こう」
とご主人様は椅子の背もたれに自らの体重を乗せ私を見上げた。
『ふんぞり返る』を体現するとこんな感じだと言う見本だろう。