それはロディアスに残ると決め、ナーロ村の自宅への墓参りを終えた後の事。
「「誕生日おめでとう!」」
「わあ~〜!! ありがとうございます、先生、おにいちゃん!」
九月二日、ルコン九歳の誕生日である。
この世界にも誕生日を祝う風習というか文化というか、まあそういった概念はあるようで。
妹の様な(というか精神年齢では既にアラフォーなので娘に近いのだが)ルコンの誕生日を祝うことにしたのだ。
ナーロからの帰り道で誕生日が九月の頭と聞いた時には焦ったものだ。
なにせナーロからロディアスに戻るまでに、今回は馬を使ったとはいえ約一か月。
聞いた時は既に八月、時間が無かった。
ゼールにはこっそりと、祝いたい旨を相談しておき、ロディアスに戻ってからはすぐにプレゼントを調達。
ルコンが大好きな油揚げやお菓子も用意して、とにかく喜ぶ顔が見たかった。
満面の笑みで用意された料理とお菓子を頬張り、プレゼントに用意したリングのネックレスもハチャメチャに喜んでくれた。
なんでも、俺がグウェスから継いだネックレスが羨ましいらしく、お揃いが欲しかったようだ。
指輪が二個付いてるといっても、流石に一個あげるなんて訳にもいかないので、なんとか似たような物を探してきた訳だ。
午後になると続々と、俺達が滞在している宿舎に顔見知りが訪れてお祝いの言葉とプレゼントを渡してくれた。
イラルドやミルゲン、レギンにハルシィ夫婦、近くの子供なんかも来てくれ、ルコンの愛されっぷりが伺える。
「よかったな……ルコン」
「たまに、あなたの達観ぶりが気味悪く思うわ。
今のあなた、おじさんみたいよ?」
「い、良いじゃないですか! とにかく! ルコンが喜んでくれるのが何よりです」
「えぇ、それはそうね……」
まったく、ゼールだって母親みたいな表情のくせに……
少しして、嬉しそうなルコンがニコニコ笑顔のまま俺達の方にやってきて、こう尋ねてきた。
「先生とおにいちゃんのお誕生日はいつですか!?
ルコン、いっぱいお祝いします!」
「ありがとう、ルコン。でも私は気持ちだけでいいのよ。年を取り過ぎると、誕生日は素直に祝えなくなってきちゃうのよ。
そのかわり、ライルの分はしっかりお祝いしてあげてちょうだい?」
「そ、そうなんですか……? じゃあ先生のお誕生日はいっぱいおめでとうを言いますね!」
ありがとうと、ルコンの頭を優しく撫でてあげるゼールの姿は、母親の様だ。
いや、でも確かにゼールの言う通りだ。
年を取り過ぎると誕生日を素直に祝えない、その通りだ。
二十代前半で段々と億劫になり、後半にはあまり考えたくもなかった。
友達が少ない? 祝い方を知らないだけ? やかましい。
「おにいちゃん! お誕生日はいつですか!」
あぁ、そうだったそうだった。
えっと、確か今の俺の誕生日は――
「九月六日だよ。あぁ、もうすぐだったな」
「!?」
ルコンが変な顔で驚いてる。
前世からの価値観や精神性を継いでるからか、自分の誕生日には無関心だったな。
「わわ、分かりましゃしゃ!」
「めっちゃ噛んでるよ」
「だだ、だいじょぶです!」
あーなるほど、
俺はまあ、自己評価ではあるが鈍感ではない。
よくある漫画やアニメの主人公みたいに、あからさまなヒロインの態度に気づかない、都合よく事情が見えないなんてことは無い、と思う。
だからまあ、分かるんだ。
翌日から、いや誕生日の夜からルコンの様子はおかしかった。
ソワソワとして、あまりこちらの話を聞いておらず、心此処にあらずといった感じだ。
そんなルコンはというと、朝からゼールと一緒に出かけてしまった。
『ルコンは先生と一緒に特訓します!
おにいちゃんは遊んでて下さい!』
だとさ。
どちらが子どもなんだか、分かったもんではないな。
適当に依頼をこなし、時間をつぶして夕方に宿舎へ戻る。
二人は既に戻っており、ルコンは余り元気がない。
「
「へっ? あっ、はははい! すっごい疲れたのです!」
「そっか、頑張ったな。偉いぞ〜」
「んへへ」
触れないのが大人の優しさである。
もちろん、この場合の『触れない』対象は頭やモフモフの尻尾の事では無い。
翌日、ルコンは一人で外に行ってしまった。
なにやらゼールと話していたが……
「先生、いくらあげたんですか?」
「…………大した金額はあげてないわ」
「目を、見て、下さい。い・く・ら、あげたんですか??」
「……一騎紙」
「はぁッ!!??」
一騎紙=十万円である。
この世界の住民の、一般的な月の生活費はおよそ三万円(三剣紙)。
親バカならぬ、師バカ炸裂である。
あれ? ゼールってこんなポンコツだったっけ?
「なんであんなちっちゃい子にそんな大金渡すんですか!? もっと刻めたでしょう!? ていうか普通は『お小遣いよ〜』くらいのノリで硬貨でしょ!!」
「お、落ち着きなさい。私もその、少しあげすぎたとは思っていたのよ。本当に……」
「あーもう! 心配だから俺は付いて行きますからね!」
「ライル、
「もちろんです。 こっそりと、バレない様にしますよ」
ドアノブに手をかけ、戸を開ける前に今一度ゼールを振り返る。
ゼールの可愛がりは度を過ぎているが、その理由が繋がる先を理解すると、これは言っておかなくては。
「先生、ありがとうございます。行ってきます!」
「えぇ、行ってらっしゃい」
まだ遠くには行ってないはず!
いや、向かう先はどうせ一つだろう。
――――いた!
そこはロディアス中央市街地にある、露天商の集まる商店街の様な区画。
さながら縁日の屋台の様な光景に、ルコンは来るたびに目を輝かせていた。
何かを買うならきっとここ、その読みは正しかったな。
おっといけない、バレない様にこっそりと後を付けなくては……
気分はまるで、初めてのおつかいを見守る父親だ。
視線の先のルコンは、小さな歩幅でゆっくりと辺りを物色している。
モフモフの尻尾を揺らし、フサフサな耳をピコピコと忙しなく動かしながら、キラキラ輝くルビーの様な瞳は何を探しているのか。
時たま食べ物の匂いに釣られてフラフラと店の前まで行っては我に返る、といった行動を繰り返しているのが実に愛らしい。
「お? ルコンの嬢ちゃんじゃねえか!
こんなとこで何してんだよ?」
「あ、レギンさん! こんにちは!
今日はおにいちゃんの誕生日に渡すプレゼントを買いに来たんです!」
うっ…………分かってた、分かってたのに。
涙が止まらん。
親って、大変ね。
「でも……何を渡せば良いのか分からなくて……」
「あぁ? んなもんそこのライぼ――」
見るな、喋るな。
ありったけの無言の圧力をレギンへとぶつけ、黙らせる。
流石に事情を察したか、冷や汗を垂らしながら下手くそな作り笑いでルコンへ向き直りお茶を濁している。
「まあなんだ、その……ライ坊はきっと、嬢ちゃんからのプレゼントなら何でも喜んでくれるぜ?」
「何でも、ですか?」
「あぁ。俺にも妹がいるからな。
あいつの嬢ちゃんを思う気持ちは、見てて痛いほど良く分かるんだわ」
チラリと視線を寄越し、ニカッと笑うレギン。
ったく、気恥ずかしいったらありゃしないが、まあその通りだ。
ナイスフォロー!
その後、ルコンは様々な露天商を覗き込みながらフラフラと移動し続けた。
ぎゅっと固く握られた高額紙幣が騙し取られないか心配で仕方無いが、自身のために一生懸命駆け回ってくれる様子を見ていると、本当に胸が熱くなってくる。
そんなルコンが行き着いた先は、何の偶然か、俺がルコンにプレゼントを買ったアクセサリー屋であった。
若干店主のおっさんが胡散臭いが、ボッタクられる訳でもなかったし、まあ大丈夫だろう。
「いらっしゃい! って、子どもかい。
嬢ちゃん、何を探してるんだい?」
「えっと、おにいちゃんのプレゼントを探してて……」
「なんだ、また兄妹でプレゼントってか?
最近の子どもはマセてんね〜。ほら、こんなのはどうだい? キレイなネックレスさ、五銀貨だよ。
っと、それよりもお嬢ちゃん、お金持ってるかい?」
む、なんか俺の時とは違ってテキトーだな。
もしルコンの純情を踏み躙るような事をすればその時は……
「はい、お小遣いもらいました!」
自慢気に手の中の紙幣を見せるルコン。
騎士が描かれた紙幣を見て唖然とする店主。
しかし、流石は商売人。
すぐさま笑顔を作り、机の下から木箱を取り出してくる。
「よーし! プレゼントを探してるんだったね、それなら取っておきを出してあげよう!」
取り出したのは、十個程の魔石が散りばめられた銀のブレスレット。
魔石の他には装飾も無い、シンプルな作りだ。
「こいつはうちで取り扱ってる中でも最高の逸品さ! この魔石一つ一つが一剣紙はするものなんだよ!」
「はわ〜〜! すっごく綺麗です……!」
「本来であれば一王紙はするこのブレスレット!
だけどおじちゃん、お嬢ちゃんの熱意に胸打たれたから特別サービスしちゃうよ!」
んん? 待て待て、なんかもう怪しいぞ。
「今ならなんと!! お嬢ちゃんが持ってるそのお金で売ってあげるよ!」
「へ? これ一枚でそれが買えるんですか!?」
「そうとも! 今だけの特別価格だよ!
さあ、どうする!?」
断れ! 断るんだルコン!
いくら魔石が付いてるからってブレスレット一つが一騎紙(十万)もする訳無いだろ!
「買いますっ!!」
「毎度あり〜!!」
余りの純粋さに頭を抱えてしまう。
でも見てくれ、あの笑顔を。
明後日には俺のために一生懸命選んだプレゼントを渡してくれるんだ。
今出ていって止めるのは簡単だが、ルコンの頑張りを無駄にしたくはない。
ここは我慢だ、そう、まだね。
ニコニコ笑顔で買ったブレスレットを持って帰るルコンを見送り、露天商へと近づく。
「ヒヒヒ……馬鹿な嬢ちゃんだぜ……あんなもん三銀貨としないガラクタだってのによ!
さて、と。親が来る前にとっととずらかって――」
「ごめんくださ〜い。さっき女の子が来たと思うんですけど〜」
「んあ? 坊主は確か……この間ネックレスを買ってった……」
「えぇ、その節はどうも。ところでさっきの女の子ね。
僕の大事な、それはもう目に入れても痛くないくらい可愛い妹なんですよ」
「は?」
「いや、どうやら妹が
「あ、いやその……別にうちはやましいことなんか何も――」
「お話、しましょうよ?」
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「ただいま戻りました」
「おかえり」
「あ、おにいちゃん! おかえりなさい!」
「おっと、ずいぶん機嫌が良いじゃないか。何かあった?」
「なんにも無いです〜!」
言葉とは裏腹に尻尾はブンブン揺れている。
こんないたいけな子を騙すなんて、許せる訳がない。
あの後はちゃんと
もちろん、本来の適正価格である代金は支払ってきた。
結果的には自分のプレゼントを自分で買ったことになるのだが、大事なのはその過程だろう。
「大丈夫だった?」
「まあ、なんとか……はい、これは返しておきます。
もう大金は渡さないで下さいよ?」
「えぇ。ごめんなさいね、迷惑をかけたわ」
「いいですよ。こっちこそ、ありがとうございます」
大金を渡した事は間違いであろうが、裏を返せば俺へのプレゼント代としてそれだけの予算を割いてもいいというゼールなりの想いだろう。
そう考えると、怒るに怒れない。
本当に愛されてるなと、改めて実感した一日だった。
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「おにいちゃん、お誕生日おめでとうです!」
「おめでとう、ライル」
「二人共、ありがとう」
そうして誕生日当日、俺は十一歳を迎え、二人からの心よりの祝福を受ける。
ドヤ顔でブレスレットを差し出してくるルコンを目一杯可愛がりつつ、大事に右手に付ける。
「また来年も、その次も、皆でお祝いしましょうね!」
「あぁ、またしよう。何度でも、ずっと」