目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第四十六話 「愛、送り出して」

 一つに重なった衝撃が、龍の体を突き抜ける。

 吹き出す血と、断末魔のうめき声。

 今度こそ、確実に、その命を終わらせる。

 力無く倒れ伏し、黄玉の瞳は開かれたままに、その光を失う。


「ハァッハァッ……父さん、今度こ――」


 横にいるグウェスに言葉をかけ終わる前に、グウェスは糸が切れた人形の様に、受け身も取れず仰向けに倒れる。


「父さんッ!? しっかり! 父さん!!」

「ヒュッ……ヒュッ……」


 息が短く、呼吸も浅い。

 目は虚ろで焦点が定まっておらず、こちらの声が届いているかも分からない。


「ライル君、下がってください! 私が診ます!」


 押し退けるようにしてシーリアが割って入る。

 他のみんなも続々と駆け寄って来て、いつしかグウェスを囲むように全員が揃っていた。


 サンガクは、気づけば大量の血痕を残してその場を去っていた。

 あの傷では、恐らく……


 意識をグウェスに戻したところで、シーリアが言葉を漏らす。


「これは――もう……」

「なんですか!? 早く治して下さいよ!」

「ライ坊……落ち着け」

「落ち着ける訳ないでしょう!? どうして皆はそんなに! そんなに落ち着いてられるんですか!」

「ライル君、グウェスさんはもう……」

「黙れぇ!!」


 どうして、どうして皆!

 もうグウェスが助からないみたいな顔してるんだ!!


「ライル君……もうグウェスさんには、魔力が残ってないんです……」

「それがなんだって言うんだよ!」

暴狂魔バーサクによる過剰な魔力生成によっての魔力の損耗。

 そして龍気による全身火傷、サンガクからのダメージ。

 度重なるダメージによる肉体の損傷と、魔力の枯渇による生命力の枯渇。

 ライル、分かるでしょう」

「先、生……でも……でも……」


 治癒魔術とは、被術士の魔力を活性化させて肉体の治癒を行う。

 その為に必要な魔力が、グウェスには無かった。

 理屈は分かる。

 だが、これでは、あまりにも――


「ラ……イル……」

「!」


 それは、最後の力を振り絞った、父からの呼び声。

 親子としての、最期の時間の訪れ。



 ――――


 体が動かない。

 視界はボヤケて、意識も朦朧としている。

 だが、やるべき事がまだある。

 使命感が、死に行くこの身を動かす力をくれる。


「ライ、ル……顔を……」

「父さん! しっかりしてくれ!」


 あぁ、我が子の顔だ。

 あっという間に成長し、いつの間にかこんなにも逞しく育ってくれた。

 、自慢の息子だ。


「頼りに……なら、なくて……すまん」

「何言ってるんだよ! ずっと、ずっと頼れる父親だったじゃないか!!」

「ルコン、ちゃんと……仲、良く……」

「当たり前だろ! 父さんも可愛がってあげてくれよ! ルコン、父さんのこと実の父親みたいに思ってるんだぞ!?」

「娘も、増え……たか……それは――いい、なぁ……」

「おい……!? お……と……ん!! しっ……ろ!」


 あぁ、もう殆ど聞こえない。

 殆ど見えない。

 死は怖くない。

 人生の半分は、死と隣合わせの戦いであった。

 ただ唯一、気がかりなのは。

 愛する息子の未来を。

 この目で見届けられないことか。

 悔いはある、サラの墓前で誓った約束も果たせそうにない。


「すま、ない……サ、ラ」


 弱々しく、自分でも呆れるほどの力無さで右腕を上げる。

 ダメだな、数秒と保っていられない。


 ガシリと、力強く握り返す感触が伝わる。

 小さくも硬く、温かい。

 見えずとも分かる。

 この手は。


「父さん……今、まで!! ありが……どう!!」


 最期にハッキリと聞こえたのは、息子からの感謝の言葉。

 天からの慈悲だろうか。

 ほんの一瞬だけ、視界が鮮明に映し出すのは、涙に濡れながらも、ぎこちなく笑いかける息子の顔。



「あぁ……サラ、見てくれ……俺達の子は、こんなにも――――」





『ねぇ。もしもライルが、村の外に出たいって言ったらどうする?』

『その時は、ライルが生きたいようにさせてやればいいさ』

『でも……ライルは半魔なのよ?』

『分かってて産んだ時点で、俺達がこの先、あの子の将来を縛り付けることなんて出来やしない。やってはいけないんだ』

『それは……そう、よね』

『だがまあ……たまには帰ってきてもらわないとな。

 数年に一回で良い。三人揃って、食事をしよう。

 何処かに出掛けるのも悪くないかもしれない』

『あら、珍しい。やっぱりグウェスも親バカになってきたわね、ウフフッ!

 その時は、腕によりをかけて美味しいご飯を作らなくちゃ!』

『あぁ、楽しみだよ。おっと、噂をすれば……』

『ふぁ〜あ……今日はブラウとミリーが森に行きたいんだってさ。

 夕方には帰ってくるよ、行ってきます!』



『『いってらっしゃい、ライル』』




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?