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第四十二話 「山の化身」

 殴りつけた龍の体は鋼の様に硬く、しかして弾力のあるサンドバッグのような感触だった。

 一撃離脱。

 すぐさまグウェスと共に隊列に復帰する。

 レギン達も同様だ。


「硬ぇな。正直胴体や足は狙うだけ無駄かもしれねぇぞ」

「身体に傷が見えるよ。そこを重点的に狙っていこう」

「よし、それでいこう。

 ドノアッ! シーリアとミルゲンを連れて、周囲に魔素がある場所をさがせ!

 シーリアはいつでも治癒魔術を発動出来るよう準備しておけ!

 ゼール殿は隊列後方にて待機、隙があれば魔弾か魔術での援護を!」

「「了解ッ!!」」


 騎士団の二人と、かなりの魔力を消耗したミルゲンが隊列から離脱する。

 シーリアの治癒魔術は俺達にとっての生命線。

 救護班を先に死なせる訳にいかないのは戦いの常だ。


 龍がこちらを睨みつける。

 口からは白い煙が立ち昇り、怒りからか瞳孔は大きく開かれている。


「来るぞ!」


 予備動作を察知したイラルドが叫ぶ。

 右前足を振り上げての薙ぎ払いが来る。

 範囲が広く、このサイズであれば建物すら容易く引き千切ることも可能だろう。

 反面動きは遅く、しっかり冷静に対処すれば避ける事は容易だ。


「作戦通りだ、かかれッ!」


 レギンとハルシィ、フィネスが突出して敵意ヘイトを買っている。

 グウェスは『巨獣殺し』を担ぎ直し、なるべく近くでスタンバイし、イラルドと俺が一撃離脱で攻撃を浴びせる。

 着実にダメージは入っているが、倒れる気配はまるでない。

 前足での薙ぎ払い、尻尾を使っての振り払い、おまけに噛みつきまで行ってくる。

 攻撃は苛烈を増し、立ち止まる暇は無く、グウェスが『巨獣殺し』を叩き込む隙など存在しなかった。


 不意に龍が翼を動かす。

 まさか


「飛ぶつもりか!?」

「逃がすなッ! 翼へ攻撃を集中させろ!」

「ッてもよぉ!」


 羽ばたきにより生じた凄まじい風圧で近寄る事すら出来ない。

 そうして龍の体は空中へと舞い上がり、俺達の周囲を旋回し始める。

 ナーロ村でゼールによって穴開きにされた左翼も、どういう理屈か翼としての機能は失っていないらしい。


「逃げ、ない?」

「こういう時は急降下からの突進って決まってるんですよ……」

「そうなのか? 皆、油断するな!」


 ゲームの知識だけど……

 いや、合ってたか、来る!


 狙いを定め、一気に勢いのまま突っ込んでくる。

 体全体を使っての突進。

 範囲が広く、当たればミンチになってしまうだろう。

 落下の衝撃で石礫いしつぶてが跳ね上がって二次被害となる。

 地味に痛いが、身体強化をしていれば大したことではない。

 龍はもう一度飛び上がり、旋回を始める、と思いきや。

 俺達の頭上十メートル程の位置で留まっている。

 ホバリング……? いや、まさか。


「ブレスが来ますッ!」


 俺の言葉とほぼ同時に、龍の口に炎が灯る。

 放射まで数秒、上空からの地上一帯を焼き尽くす必殺の範囲攻撃。

 止められるのは――


「先生、お願っ」


 振り返ってゼールを頼る。

 が、ゼールは右のこめかみを抑え、杖も手放し膝を付いている。

 まさか先程の石礫いしつぶてが当たって!?


「あっ、そんな……」

「万事休すか……!」


 炎が吐き出される。

 その瞬間、龍の体は真横からの衝撃を受けて地上へと弾き落とされる。

 誰が、いや、やった?


 答えは否応無しに視界に刻まれる。

 龍を落としたもの、それは――



 ――――


 燻ったような白き毛並み。

 長きを生き、多くを戦い抜き、鍛え上げられた強靭な肉体。

 群れの長たちとは一線を画す、同種の生物としての枠組みを超えた超越者。


 頭に頂くは血濡れの王冠。

 身体に刻まれしは歴戦のきずあと


 其は超えられぬ山のたけ

 其は全て突き崩す山の角。

 其は山乱す者にむごたらしき死をもたらすあぎと


 人よ、恐れよ。

 龍よ、立ち退け。


 其は――――『サンガク』。

 山脈駆けし、山羊達の王。

 山の化身なり。


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