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第四十話 「決戦前夜」

 グランロアマウン3000メートル地点キャンプ。

 とうとうここまで来た。

 ここが最後のキャンプ地、人々によって整備された最終地点。

 これより先は文字通りの獣道、人の手が行き届いていない未開拓領域。

 この先に――


「なーに神妙な顔してんだ!」

「うわっ!? 脅かさないで下さい!」

「ライ坊、まさかビビってんじゃねぇだろうな?」

「武者震いですよ……」

「気持ちは分からんでもないけどな、っと」


 横にレギンが腰掛ける。

 山を見つめる彼の顔は、いつもと違い少し元気が無いようにも見える。


「なぁライ坊」

「なんです?」

「俺には王都に家族がいる。

 腰が悪くて働けなくなったお袋と、妹が一人だ。

 妹は王都の魔術学校に通ってるんだが、これがまあ俺に似ててな、魔術の才能はからっきしらしい」

「そう、だったんですね」

「親父は冒険者だったんだが、俺が幼い頃に討伐依頼に失敗してぽっくり逝っちまった。

 んで、残ったお袋と妹の学費を稼ぐためにこうして冒険者になったんだが……何の因果か、親子揃ってこの山に来るとはな」

「親子揃ってって、もしかしてお父さんが失敗した討伐依頼って!?」

「サンガクだ」


 なんということか、レギンの父親はかつてサンガクに殺されていた。

 今回の討伐対象は赤龍だが、彼にとっては奇しくも仇討ちの絶好の機会でもあったのだ。


「勘違いしないでほしいんだが、俺は別にサンガクに対して恨みは無ぇ。

 そりゃあ最初は恨んだぜ? けどな、殺し殺され、狩り狩られは自然界の常だ。

 人だけが一方的に奪う事を許されるってのも傲慢な考えだとは思わねえか?」

「それは、そうかもしれないですけど……」

「俺達がサンガクだと勘違いした個体に会った時も、俺は特に怒りや憎しみってもんは感じなかった。

 ただ障害となるヤツを倒す、私情は挟まねぇ」

「……復讐をするなって言いたいんですか?」

「そうは言ってねえ。どうするかはお前の自由だ」


 レギンは槍を掴んで立ち上がり、こちらに背を向けたまま大きく伸びをする。

 ポキポキと気持ちよさそうに骨を鳴らしながら、全身に異変が無いか確認するように、体の各部を入念に動かしている。


「俺は復讐を肯定もしねぇし否定もしねぇ。

 どう生きるか、何を原動力にするかはそいつの勝手だ。

 ただ、今のお前は復讐にこだわり過ぎてるように見えるんだ。

 何ていうか、生きにくそうだ」

「俺が、生きにくそう、か……」


 生きにくい、か。

 確かにそうだと言えるだろう。

 この世界に来て最初の十年は、憧れのファンタジーに触れて希望に満ち溢れた未来を夢見ていた。

 ところがどうだ、突如襲った龍災、一歩村の外に出れば魔獣が闊歩し、盗賊や奴隷商等の同じ人間を標的にする者、気付けば半魔代表みたいに担ぎ上げられている。

 この世界は俺の想像以上に生きにくいと言えるだろう。


「この戦いが終わればもっと肩の力抜いて生きてみろ。

 お前はまだまだ若ぇんだから、楽しいことはいっぱいあるぞ? そうだ、帰ったら娼館にでも連れてってやろうか?」

「バカ言わないで下さい、俺はまだ十歳です」

「かてぇこと言うなよ! ガキなんだからもっと今を楽しめ、人生はこっからだろ」


 人生こっから、か。

 そうか、そうかもな。

 転生して、文字通りの人生の再スタート。

 龍を倒せば当初の予定通り学校に通うことにもなる。

 なんだ、意外と希望や夢ってのは見えてるものじゃないか。

 レギン、たまには良いこと言うじゃないか。


「レギンさん、ありがとうございます」

「なんの礼だよ、んなもん戦果で返せ。

 お前はもう、立派な戦士だろうが」


 後ろ手を振りつつ、レギンはテントの中へと潜っていく。

 入れ替わるようにして、ルコンがいい匂いのする小皿を持ってやって来る。


「おにいちゃん、ご飯にしましょう!

 今日はシーリアさんとフィネスさんと一緒にルコンも作ったんです!

 竜蜥蜴リザードの尻尾タタキです!」

「えぇ……それ大丈夫なの?」



 ----


「では最終確認だ」


 夕飯も済ませ、日が落ちたタイミングでイラルドからミーティングの合図が出る。


「明日はいよいよ、赤龍が根城にしているとされる4000メートル地点にある窪地へと向かう。

 対象を確認した後、体勢を整えて戦闘開始とする」

「戦場となる窪地の広さは?」

「俺も直接見たことはないが、パーザからの報告では王都の修練場よりも広いらしい。

 そこは遥か昔、特級魔術により抉り抜かれた山の一部だそうだ」


 王都の修練場よりも広いってことは、一般的なグラウンドの数倍はあるってことか?

 そんな広さの土地を魔術で作り出したって?

 馬鹿げている。

 一級を超える規模と威力の魔術、特大指定禁忌級魔術。

 その魔術名は禁忌とされ書に記されることは許されず、口伝によって伝わらぬように厳しく情報統制されている。

 もっとも、魔術名を知ったところで扱えないのだというが。


「それだけ広いのであれば、戦場の端にを置いておけるんじゃないか?」

「あぁ、そのつもりだ。

 戦闘は基本的に一撃奪取、ヒットアンドアウェイで付かず離れずを繰り返して出血による損耗を狙う。

 無論、可能であれば早期の決着を狙って致命の一撃を叩き込む」

「遠方からの一級魔術で仕留めるのが楽じゃないですか?」

「それは勿論そうなんだが……これはゼール殿やミルゲンに説明してもらったほうがいいだろうな」


 イラルドからパスを受けてゼールが語り出す。


「そもそも一級魔術を行使するためには相当量の魔素と時間が必要よ。

 魔素は魔素瓶を使えばなんとか補えるけれど、魔力を高める時間が必要なの。

 先日私が苦も無く一級を使えたのは、貴方達前衛が時間を稼いでくれたからよ」

「じゃあ、前回同様時間を稼げば?」

「撃てないことはない、けれどそれが致命の一撃足り得るかは正直言って分からないわね」

「ゼール殿に同意です。

 等級の高い魔獣には魔術が効きにくいモノが多くいます。

 AやSランク魔獣等は特にこの傾向が顕著で、過去に観測されたSランク魔獣の中には、一級でさえ掠り傷程度の傷しか与えられなかった事例もあります」

「一級は魔力の消費量も莫大、撃った後に魔力切れで倒れてしまうなんてことはザラ。

 であれば、二級以下の魔術行使に留めて魔力を温存し、魔弾等でサポートに徹する方が無難なのよ」

「そう、ですか……」

「魔力切れと言えばライル、気をつけなさいな」

「も、もちろんですって! 今回こそ、死に直結するんですから」

「ライル君、それは気を失うからって意味だけじゃありませんよ!」


 強く主張したのはシーリアであった。

 薄緑の髪に尖った長耳、絵に描いたような妖精族エルフの美少女。

 年齢は十代後半くらいだろうか?

 俺がもう少し大きければ、猛アタックを仕掛けていたかもしれない。

 しかし、今回の道中ではあまり彼女と話す機会には恵まれなかった。


「魔力切れを起こす理由は魔力の枯渇によるものですが、魔力は生命力由来の力である事は知ってますね?」

「は、はい」

「魔力切れによる意識の喪失は、それ以上の魔力の喪失が生命維持に関わるレベルに達した場合に起こる、いわば肉体のセーフティなんです。

 聞けばライル君、その年でもう二回も魔力切れを起こしているみたいですね?

 だめですよ! 命大事に、です!!」

「はい!! すいません、大事にします!」

「分かれば良いんです。怪我は私が治すので、安心して戦って下さいね!」


 視界の端でグウェスがいたたまれない表情をしている。

 親として何か思うことがあるのだろうか、すまん。


「さて、そんな理由で魔術による一撃必殺も狙いにくい。

 そこで、俺達には例の兵器がある」


 例の兵器。

 それは、今回の龍伐に際し王国から支給された兵器であった。

 対巨獣用たいきょじゅうよう削撃爆破槍さくげきばくはそう、通称『巨獣殺し』。

 巨大な鉄の槍の様な作りの信管の内部に、大量の火性魔石が埋め込まれており、総重量は100キロにも及ぶ。

 信管底部からは着火部となる導線が飛び出ており、導線に魔力で着火後は内部の魔石が段階的に爆発。

 一度目の爆発で槍が射出され対象の肉を抉って突き刺さり、二度目の爆発で内部から槍ごと爆破してズタズタに切り裂く、というものである。

 これであればいくら赤龍といえど大ダメージが見込める。


「序盤はヒットアンドアウェイと魔術により赤龍の損耗を狙い、動きが鈍くなったところで『巨獣殺し』を打ち込む。

 もっとも、『巨獣殺し』はその重量故に有効射程距離は5メートル内と短い。

 取り回しも考えると、これを持って行動できるのは俺かグウェスさん、レギンでギリギリといったところだろう」


 通常であれば100キロの鉄塊を持って戦う事など不可能であるが、この世界には魔力による身体強化がある。

 グウェスやイラルドであれば苦も無く持ち上げることが可能であった。


「おおまかな作戦概要は以上だ。

 実戦では不測の事態等により、その場でのアドリブが求められる。

 各自、自分の役割と出来ることの再確認を怠らないようにしてくれ。

 その他の細かいことは明日の道中でもすり合わせを行う。

 以上だ、ゆっくり休んでくれ」



 ----


「ライル、いいか?」

「父さん?」


 深夜、交代で見張りを立てて眠る中、俺のテントにグウェスが訪れる。

 話したいことがある、そんな顔だ。


「これを、渡しておこうと思ってな」


 グウェスが渡してきたものは、簡素な二つの指輪をツタのような素材で括ったネックレスであった。

 グウェスが付けていたのだろうか? そんなイメージは全く無かったが。


「これは?」

「それは俺とサラが契りを結んだ際の指輪だ。

 二人共、畑仕事をするから無くさないようにと付けずに収めていたんだがな。

 俺が家を出る際、サラの形見として俺の指輪と合わせて作ったものだ」


 つまりは結婚指輪。

 いやいや、なんでそんなものを俺に?


「だめだ、受け取れないよ! これは父さんが持つべきだろう!」

「おまえに持っていて欲しいんだ。

 死ぬつもりは無いが、万が一、俺が死んだ時にはそれがおまえに残せる唯一の――」

「父さん、俺達は死なない。

 母さんにそう誓って家を出た、そうだろう?」

「…………あぁ。そうだったな」


 グウェスは差し出してきていた手を引っこめ、改めて自身の首にネックレスを付ける。


「似合ってるよ。父さん、イケメンなんだからもっとお洒落すればいいんだよ」

「イケ、メン? はよく分からないが、昔からあまりそういう事には疎くてな。

 サラも気にしないと、ありのままの俺が好きだと言ってくれていた」

「うーわ惚気!? やめてよ子供の前でさ。

 あと、さっきの『死ぬつもりは〜』とかフラグだから、ホントにやめたほうがいいよ」

「フラグ?? 最近の言葉はわからないな……」



 決戦前夜。

 小さなテントの中からは親子の談笑が小さく漏れ出ていたのであった。


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