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 第三十七話 「ルコンの空回り」

 グランロアマウン2000メートル地点。


「ここまでは順調だな。

 正直言って想像以上、嬉しい誤算だ」

「ダンナ、俺がいるんだから当たり前だろ!」

「はいはい、僕達が先導して索敵してるんだからあんまり騒がないでよ」


 1200メートル地点でのサンガクとの交戦からここまで、本当に順調に進んでこれている。

 あれからは大きな戦闘も無く、トラブルに見舞われることも無い。

 こうして軽口を叩きながら進む余裕すらある。


「よし、着いたみたいだよ」


 先頭のハルシィがそう呟き立ち止まった先は、2000メートル地点に設けられたキャンプ地であった。

 三人用テントが十個程は設営出来る規模の広さがあるキャンプ地には、水道の様な施設まで見られる。


「あの蛇口が付いてるのって、水道が通ってるんですか?」

「ハハハ、まさか! あれは内部に水性魔石が埋め込まれてて、蛇口から魔力を通せば水を生み出す事が出来るんだ

 原理で言うと火性魔石を使ったコンロなんかと一緒さ」


 この世界には魔石を埋め込まれた魔具と呼ばれる物品が存在し、それらは武具だけでなく、家庭用器具などの人々の生活のあらゆる場面で重宝されている。

 この水道もその一つ。

 このように、生活や冒険の助けになってくれる魔具のお陰で現代日本とまではいかないものの、人々は大きな不自由なく暮らすことが出来ている。


「皆さんは休んでいてください! ルコンがお水を汲んできます!」

「あっ、ちょ! ルコン! も〜、俺も行ってきます!」


 ルコンがペチペチと蛇口を叩きながら魔力を流して水を汲んでいるのを後ろから眺める。

 ルコンはここまでの間、言いつけ通り戦闘には一切参加していない。

 その代わり、というか少しでも役に立ちたいのだろう、こうして雑用であったり、キャンプでの配給や果てはマッサージまで献身的に努めてくれる。

 幼いながらもここまで気を使って周囲の為に体を張る、果たして俺に出来るだろうか? いや、出来ない。

 全く、大した妹が出来たものだ……


「ほら、手伝うよ」

「ううん、大丈夫です! これくらい一人で……よいしょ!」


 水をいっぱいに汲んだ桶を持ってルコンが駆けて行く。

 ああして小さい体で一生懸命に動くルコンは、気付けば討伐隊のマスコットの様な存在となっており、シーリアやフィネスといった女性陣からは特に可愛がられている。

 今も『よく汲んで来たね〜!』なんて言われながら頭を撫でられている。


「分かる、分かるぜライ坊! 妹が兄のもとから巣立っていくその複雑な感情……」

「あぁ……フィネスとの子どもは男の子を、なんて思っていたけど……やっぱり女の子も捨てがたいね! 

 いっそどちらも生まれるまで――」

「いやうるさいです。あっち行って下さい」


 男ってのは何処の世界でも男子高校生みたいなノリをする生き物なのか。

 いやまあ楽しいんだが。

 というかハルシィのはともかく、レギンの口ぶりだと妹がいるのだろうか?

 それならば尚更無事で帰らないとな。



 日も落ちて皆で焚き火を囲っている時に事件は起きた。


「――ん?」

「ハルシィさん?」

「何かいる……小さいな……」

「総員警戒体勢! ハルシィとフィネスは引き続き索敵を!」

「…………! 三時方向、テントの中だ!」


 すぐさま近くにいたレギンがテントを開け放つ。

 そこにいたのは体長およそ70センチ程の猿だった。

 薄茶色の毛並みを持ったその猿は、テントの中の荷物を漁って見事食料を盗んで行くところであったのだ。


「こいつッ! っおわ!?」


 レギンが捕まえようとするものの、猿は巧みに股下をすり抜けてテントの裏側へと回り夜の山へと消えていってしまう。


「あれは手ぐすね猿シーフモンキーか……まあ食料くらいなら多少は融通が――」

「ルコンに任せて下さい! 捕まえてきます!!」

「あっこら!! しまった! 待つんだルコン君!!」

「ルコン! 止まれ!」


 こちらの制止は気にもせずに、ルコンはあっという間に夜の闇へと紛れていってしまう。

 なんてことだ、一刻も早く連れ戻さなくては!


「イラルドさん!!」

「分かってる!

 ドノア、シーリア、ミルゲン、ゼール殿は残ってキャンプと馬車の防衛を!

 アタッカー全員で捜索に出るぞ!」

「「「了解!」」」


 待ってろ、お転婆娘。

 絶対に連れ戻してみせるからな。

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