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第三十六話 「乱入」

砂閉じサンド


 真っ先に動いたのはゼールであった。

 当初の作戦通りに狙いを付けていた二体のコンドルに魔術を放つ。

 二体のコンドルを纏めて挟むように、両サイドから大量の砂が迫り上がり壁となる。

 そのまま徐々に壁同士が互いの距離を詰め、二体纏めて圧殺してしまった。

 容赦ねぇ……


「上は任せなァ!!」


 レギンは声を挙げ、得物である長槍を手にして跳び上がる。


 レギンは二つの魔具を装備している。

 一つは二メートル近くある長槍、こちらはシンプルな強化を目的とした透明の魔石が埋め込まれている。

 もう一つが『風飛びの靴かぜとびのくつ』、風性である緑の魔石を埋め込んだ二級魔具。

 その特徴は、魔力を流すことにより発生する靴底部からの風によるスラスター効果。

 これによってレギンは瞬間的な高速移動、及び空中での一時的な立体機動を可能にしている。


 跳躍後、飛来するグランコンドルをすり抜けるようにしてレギンは

 一転、地上めがけて靴より風を生み出して急降下。

 そのままの勢いでコンドルの右翼を突き刺し、俺達から逸れた位置に諸共落下する。


「今だッ! トドメを!」

「フッ!」


 言われるまでも無いと、グウェスがコンドルの首に短剣を突き立てて縦一閃にかっ捌く。

 鮮血が噴水のように噴き出し、巨体は痙攣の後に動きを止める。

 残るは六体。

 流石は龍伐の為に選ばれた冒険者、Aランク魔獣を相手にここまでは順調だ。


「よし、ドノア! 馬車を後方に!

 ハルシィ、フィネスは常に動いて奴らの注意を引いてくれ!

 ゼール殿、ミルゲンは中団から魔弾での援護を!

 グウェスさん、レギン、ライル君は俺と共に動きが止まった奴等から片づけるぞ!」

「「「了解ッ!!」」」


 ハルシィとフィネスが隊列より飛び出し、未だ地上にいるコンドル達の中心へと躍り出る。

 仲間が殺されたことにより興奮状態のコンドル達は、獲物を視界に入れた途端に上空に飛び立つ。

 降下による急襲、巨体と筋力を活かしたシンプルかつ強力な狩り。

 一体、二体と急降下してくるコンドルを二人は軽快に避け続ける。


「ミルゲン!」

「はい!」


 ゼールの合図に合わせて二人が魔弾を放つ。

 地上に降りたタイミングに合わせて魔弾が直撃し、一体のコンドルが大きく体勢を崩す。


「「ハアァァァァ!!」」


 一瞬の隙を突き、兎族ラビッツの二人が巨体を駆け上がり両翼を斬り抜ける。

 ズタズタに斬り裂かれて飛ぶことを絶たれたコンドルの喉元に、凄まじい勢いでレギンが槍を突き立てる。

 仲間を助けようと、レギン目掛けて上空よりさらに一体が飛来する。


「だぁぁぁッ!」


 俺だってッ!

 ドゴッッ!! と巨体を打ち付けた杖から、全身に衝撃がのしかかる。

 お、重い……!


「ッ……ぁああぁぁぁッ!!」


 バットをフルスイングするように、思いきり振り抜く。

 打ち飛ばすとはいかないまでも、巨体は突進の勢いを殺されて地上へ降ろされる。


「良いぞライ坊!」

「油断しないで下さいよ!」


 ああクソ、命がかかってるってのに……

 なんでこうも気持ちが昂ぶる!?

 戦闘への高揚? 違う。

 団結し、共通の脅威へと向かうこの瞬間。

 スポーツの団体戦やゲームのマルチプレイに近い、それの極限バージョン。

 今だけは何となく、レギンが楽しそうにしている気持ちが分かる気がする。


「フンッ!!」


 俺が仰け反らせたコンドルに、イラルドが跳躍からの一閃をお見舞いする。

 胴体を大きく裂かれ暴れ狂うところを、続けてグウェスによるインファイトが襲う。

 ドッドッドッドッとドラムを打つような重低音と共に打撃が叩き込まれる。

 五メートルを超える巨体に拳とは……グウェスの教育方針に鉄拳制裁が無かったことに、今ほど感謝したことは無い。


「あっちは大丈夫そうですね。後は――」


 レギンもトドメを刺し切り、残りは四体。

 そう思った矢先


「総員後退ッ!!」


 突如ハルシィから発せられた指示に、アタッカー全員が瞬時に飛び退く。

 こういった瞬間的な判断が必要なシーンで、経験の差が出る。

 俺にはパーティでの戦闘経験が無いため、他者からの指示に対して瞬時に体が追いつかない。



 ズダンッッッッ!!!!



 遅れた、と思った時には既に。

 目の前には、上空を飛んでいたコンドルの内の一体を踏みつけたまま落下して来た乱入者がいた。

 冠山羊クラウンゴート

 しかし、その体長は通常の個体と比較しても倍以上の5メートル超、角の大きさも1.5倍はあるだろうか。

 体毛も通常個体よりも少し長く、身体や角のあちこちには古傷が見られる。

 何より、風格オーラが違う。


「こい、つは……」

「マズイ、ライル君ッ!」


 こいつがイラルドの言っていた『サンガク』。

 サンガクは自身の足元でもがくコンドルを一瞥もせずに踏み潰し、横に長く伸びる瞳孔を持つ眼をこちらへ向けている。

 その眼を向けられて本能が叫ぶ、怖い、と。


「ずえぇぇあぁァァ!」


 サンガクの横腹にグウェスが拳を叩き込む。

 衝撃に怯みつつ仰け反るものの、あまりダメージは無さそうに見える。


「ライル、一旦下がれ」

「っ、ごめん父さん。でも、やるよ」


 ブルってなんかいられない。

 こいつに怯んでいるようじゃ、龍になんて勝てる訳が無い。


「そうか……ヤツの体毛は硬く物理ダメージは通りにくい。

 狙うなら頭部だ、いいな」

「わかった」

「注意は僕とハニーが引く、ライル君達は隙を見て一撃を」

「グウェスのダンナ、いいとこ取りはさせないぜ!」


 もう一度隊列を固め、各々の役割を確認したところで、残りのコンドル達が飛び去っていることに気づく。

 どうやらサンガクまで来たことによる状況不利を感じて逃げたようだ。

 これで残るは目の前のサンガクのみ。


「全員、どきなさい」


 勢い付く俺達を押しのけるようにしてゼールが進み出る。


「先生?」

「ゼール殿、まさか……!?」

「目障りな鳥も消えたなら、懸念であったSランク魔獣は早々に片付けてしまいましょう」


 ゼールがローブの懐から一本の試験管のような瓶を取り出し、地面へと落とし割る。


 それは『魔素瓶』と呼ばれる魔具の一種。

 読んで字のごとく、容器の内部に魔素を詰め込んだ瓶。

 本来魔力でしか干渉出来ない魔素を特殊な方法で容器に詰め込むことで、魔素が薄い場所での高位の魔術行使を可能とする。

 しかし、生産にかかる難度とその希少さから一本が三騎紙(日本円で三十万円、この世界でなら庶民の一年分の生活費相当)と破格のアイテムでもある。

 今回の龍伐に伴い、ロデナス王国からの援助として魔素瓶を三本渡されており、ゼールとミルゲン、そしてシーリアの三人の魔術士がそれぞれ携帯している。


 虎の子であるその一本が今、ゼールの手により解放された。

 試験管程度の大きさながら、内包されていた魔素はあちこちで見かける魔素溜まりの倍程の量はある。

 これならば――


「――空断裂ヴァンアウト


 紡がれる一級風性魔術。

 かつて俺が使った暴風太刀ハリケーンブレイドより数段研ぎ澄まされた風の刃は、通過した空間を切り裂いていく。

 切り裂かれた空間は僅かな時間、レンズを通したかのように屈折し、その光景は文字通り断裂している様にも見える。


 サンガクは魔術のに瞬時に反応し横に跳んで回避するものの、真空の刃を精確に捉えることは出来ず胴体、横腹を一文字に切り裂かれる。


 メエェェェェーー!!!!


 痛みによる絶叫が響く。

 裂かれた胴体からは赤黒い血が大量に零れ落ち、内臓の一部すらはみ出ている。

 このまま放っておいても既に死は決定的であるが、サンガクの目からは未だ闘志は消えていない。

 こいつはまだ戦える、それがハッキリとした俺達の共通認識だった。


「「四足断ちしそくだち!!」」


 ハルシィとフィネスは既にサンガクの足元に潜り込んでおり、得意の連携で動きを封じようと試みる。


「ッ!?」

「硬いっ!」

「任せなぁアアァァァ!!」


 二人が斬り損ねた右前足目掛けてレギンが渾身の突きを放つ。

 前のめりに躓く形で体勢を崩したところを、さらにグウェスとイラルドが追撃する。

 あと一撃、反撃の暇は与えない!


「父さん!」

「!」


 俺の意図を汲み、グウェスが両手を結んで足場を作る。


「決めてこい!」


 グウェスの手に足を乗せた瞬間、勢い良く上へと跳ね上げられ、あっという間にサンガクの顔よりも高い位置に到達する。


暴狂魔バーサク――」


 増大した魔力を右拳に一点集中。

 落下の勢いも乗せた最高火力。

 食らえ――


怒り狂う鉄槌イーラスレッジッ!!」


 振り下ろした拳はサンガクの額に直撃し、落雷の様な音を立てて衝撃が炸裂した。

 脳を揺らした一撃は断末魔を上げることさえ許さず、意識と命を完全に刈り取った。


「よぉぉぉぉし!!」

「よくやったライル君!」

「勝っ、た?」


 尻もちをついて座る俺に手が差し伸べられる。


「よくやったな、ライル。おまえは自慢の息子だ」

「ぁ……ハハ、そうでしょ!」


 何だよこれ、めちゃくちゃ嬉しいじゃないか。

 トドメを刺したとか、役に立ったとかじゃなくて、今この瞬間、俺はグウェスや皆に本当の意味で一人前と認めてもらえたのだ。

 ちくしょう、嬉しすぎてニヤケが止まらない!


「良い一撃だったわね。でも……怒り狂う鉄槌イーラスレッジ……だったかしら?

 ただの振り下ろしに名前なんている?」

「うぐッ!? 先生、それは禁句です……」

「アッハッハッハ! ゼールさんは男ゴコロってもんが分かってねぇや! なぁライ坊!?」


 中ボスを倒したと思ったら予想外の裏ボスによる攻撃。

 あと痛い痛い、背中をバシバシ叩くな。

 いいじゃない、固有のネーム技が欲しかったんだよ。

 勝利の余韻に浸りながら皆が笑顔を咲かせる。

 ま、笑ってもらえてるならいいかな。



 −−−−


「…………」

「先生、どうかしたんですか?」


 キャンプ地の安全を確保した晩、一人で夜の山脈を見つめるゼールに声を掛ける。


「あのサンガク、想像よりも手応えが無かった……

 私達が思っていたよりも弱かった、あるいは――」


 ゼールの言いたいことは分かる。

 Sランク魔獣、しかし結果は完勝。

 もちろん、ゼールの初手一級魔術による致命傷が大きいだろう。

 けれど、ゼールが言いたいことは恐らく。


「弱っていた……?」

「龍と一戦交えて逃げてきた後、という可能性も十分にあるわ。

 あくまでも憶測に過ぎないけれどね。

 あなたももう寝なさい、本番はこれからよ」


 そう言ってゼールはキャンプへと戻っていく。

 一抹の不安を抱きつつも、キャンプから聞こえるルコンの呼び声で我に返る。


「おにいちゃ〜〜ん!? どこですかー!」

「ごめんごめん、もう戻るよ!」



 ゼールの言う通り、本番はこれからだ。


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