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第三十五話 「グランコンドル」

 現在地点、グランロアマウン500メートル地点。

 ルコンを荷台で発見した後は順調にここまでやって来れた。

 問題は――


「さて、ルコン君」

「はい……」


 イラルドの前に正座してシュンとなるルコン。

 ルコンは与えられた城の自室に閉じこもるフリをして窓から逃走。

 俺達が広場に集められているうちに馬車の荷台に忍び込んだのだった。

 王都からここまで一日半、ずっと馬車に忍び込んでいた事になる。

 まだ年端もいかぬ少女のその忍耐力は褒めるべきだろうか、否か。


「ついて来たことに関してはもうとやかく言わないが、自分がした事の意味はよく考えてくれ」

「…………」

「ルコン、皆に謝るんだ。ほら」

「…………」


 ルコンは黙りこんだまま下を向いている。

 完全に反抗期だ。

 ともかく、発見が遅れてここまで来てしまった以上は安易には戻れない。

 樹海を抜けるにも二時間、おまけに魔獣の危険もある。

 それならば俺達のそばにいて、龍との決戦時には3000メートル地点のキャンプ地で待っていてもらう方が良いだろう。

 とにかく今は皆に謝罪してもらおう。

 もちろん、俺にも責任はある。


「ほら、ルコ――」

「ルコンも!! ルコンも力になりたいんです! 置いてかれて、一人になるのはもう嫌なんです!!」

「っ……」


 ルコンは一人で奴隷商に捕まっていた過去がある。

 それも半年と経ってない前のことだ。

 そんな少女が孤独に怯えてしまうのも無理はない。

 だが、それは俺やゼールも分かっている。

 そのうえで、今回の討伐には危険を考慮して置いていくという結論を出したのだ。


「今回は特に危険なんだ。俺や先生もルコンを危険な目に合わせたくないんだ」

「でもおにいちゃん! ルコンだって戦えます!!

 一緒に戦えるように、ルコンだって強くなったんです!」


 ここまで頑固なのは初めてだ。

 こうなったらテコでも動きそうにない。

 手荒だが、魔術で縛って大人しくしててもらうしかないのだろうか……


「いいんじゃないか?」


 予想外の言葉を口にした人物に全員が注目する。

 その意外な人物とはグウェスであった。


「子どもとは突拍子もなく、制御なんて効くものじゃない。だから俺達大人がいるんだろう。

 つい数週間前の誰かを見ているようじゃないか。

 なあ、ライル」

「父さん、何を言って……」

「道中のルコンちゃんの安全は俺が保証する。

 もちろん、戦闘に参加はさせない。基本的には馬車で待機してもらって、龍との戦闘時には3000メートル地点のキャンプで待機してもらえば良い。

 今さら下山する訳にもいかないだろう?」

「むう、ですが……」

「私からもお願い出来ないかしら」

「ちょ!? 先生まで!」

「ライル、置いていかれる者の気持ちは、おまえが一番分かるんじゃないのか?」


 言われてハッとなる。

 今のルコンは、グウェスに連れて行ってくれとせがんでいたあの時の俺だ。

 力になりたいのになれない、ついて行くことすら許されない歯痒さは俺が一番分かっている。

 でも俺は……


「ライ坊、おまえはもう立派な戦士だが、この嬢ちゃんは違う。

 なら、戦士であるおまえが嬢ちゃんの為にしてやれる事を考えろ。

 難しいこたぁねぇ。そういうまどろっこしいモンは大人に投げときゃイイんだよ」

「そうそう、ライル君はちょっと大人び過ぎているからね! こうやって子供らしく、考えを吐き出すのもいいんじゃないかい?」

「レギンさん、ハルシィさん……」


 俺は――


「ルコンには、危険な目に遭ってほしくない。

 でも、一人で置いていくのも嫌だ……

 だから――俺が、守ります」

「よく言った!! それでこそ男だぜ!!」

「ハァ〜……勝手に盛り上がらないでくれ……

 分かった、同行を認めよう。ただし、戦闘行為には参加しないように。いいな?」

「むぅ~〜……」

「じゃないと連れてかないぞ。グウェスさん達が何と言おうと、リーダーである俺が許さん」

「わわわ!? わかりましたです!」


 こうしてルコンの同行も認められ、皆からは厳しい道中での癒しのマスコット扱いにされるのであった。


 −−−−


 一日後、1200メートル地点。

 そこは本来であれば、キャンプ地として旅の者が休めるよう整備された場所、の筈だった。


「これは……」

「全員、フォーメーションを崩すなよ」


 そこは既に、ある魔獣の狩り場となっていた。

 グランコンドル。

『サンガク』がいなければグランロアマウンを牛耳っていたのは間違いなくこの魔獣である。

 翼を広げると全長は5メートルにも及び、現世では本来重すぎて飛べない筈のコンドルであるが、コイツは魔力で強化された筋力でもって無理矢理に飛び上がる。

 上空から襲いかかり、その重量と筋力で獲物を狩る、大山脈における絶対的制空権保持者。

 冒険者ギルドにおける危険ランクはA。

 そんなヤツが八体もいる。


「どうしてこんなとこに……」

「足元を見ろ、冠山羊クラウンゴートの死体だ。

 元々得物である冠山羊達が龍によって住処を追いやられここまで来たところを……といったところだろうな。

 魔獣除けの香も効かないとなると、奴らも相当興奮しているようだな」

「団長、いかがしますか?」

「迂回は無しだ。

 徒歩ならともかく、馬車では進めん。馬車にはも積んである。

 どっちみち、赤龍討伐後の為にも此処は使えるようにしておかんとならん。

 ゼール殿、ミルゲン」


 イラルドからの呼びかけに応じて二人が側による。

 二人共、呼ばれたことの意味は分かっているようだ。


「…………無理ね」

「同じく、です」

「理由は?」

「まず、魔素が薄い。これでは一級はおろか、二級すら発動出来るか怪しいわね。

 それと奴らの体毛、かなりの耐魔性を備えている。

 魔弾による質量攻撃で怯ませるのが精々でしょうね」

「奴らの位置も問題です。

 それぞれにバラけている以上、広範囲魔術でないと空を飛ぶ奴らを一網打尽にすることは不可能です」

「だがそれも、二級以上を使う魔素が足りない、と……仕方無い、ここは魔素瓶を――」

「けれど、私なら」


 そう言ってゼールがイラルドの言葉を遮りつつ、少し離れた二体のグランコンドルを指差す。

 つがいだろうか? この二体だけは、他のものよりも互いの距離がかなり近づいていた。


「あそこの二体、三級魔術で仕留められるわ。

 他は先程言った通り、条件問題で無理よ」

「なんと……」

「おぉ! 流石はゼール殿! 

 よし、ならば実質残りは六体だな。

 残りは俺とグウェスさん、レギンにハルシィとフィネス、そしてライル君で受け持つ事になる。

 ドノアは馬車の護衛、シーリアとルコン君は後方待機、ミルゲンは中団で魔弾での援護を」

「一人一体ですか!?」

「すまん、言葉不足だったな。

 流石に俺達でもグランコンドル一体は手に余る。

 きちんと作戦を立てて一体ずつ確実に――」

「ダンナぁ!! 上だ!」


 突如、レギンが叫び声を挙げる。

 全員がつられて上を見ると、のグランコンドルが上空からこちらへ降下してきていた。


「くそッ! もう一体いたのか! 総員、戦闘態勢!!」


 初めてのAランク魔獣、それも複数体。

 やるしかない、いや、やれる、やれ、やるんだ。


「来い!!」


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