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第三十話 「作戦会議」

 集められた場所はロードス城内にある会議室の様な部屋であった。

 二十名弱は座れそうな大きな円卓が置かれ、部屋の隅には黒板が用意されている。

 黒板、あるんだ……なんて感傷に浸っていると、入口から足音と共に豹顔の魔族と、黒の長髪を七三に分けたいかにも理系ですよといった男が入ってきた。


「どうやら全員揃っているようだな。

 それでは早速だが、此度の赤龍討伐における作戦会議を執り行う。

 私はロディアス騎士団第二師団長のパーザだ。

 討伐には参加しないが、この二週間での我々第二師団の調査により、赤龍の居場所は概ね見当が付いている。

 それらの情報も踏まえて、作戦会議には私も参加させてもらう」

「はじめまして、私はシベルディア・アーノットと申します。

 現在は冒険者ギルドの副ギルド長を拝命しております。

 私も討伐には参加しませんが、ギルドが保有する過去に行われた龍種の討伐記録等を元に、皆さんの御力になれればと思います。

 まあそうは言っても、あまり参考になるものではないのですがね」


 パーザとシベルディアの二人が挨拶を済ませ、会議の幕が開ける。

 現在会議室には二人以外に、俺とグウェスにゼール。

 イラルドと、同じく騎士団の者と思われる男女が二人。

 男性は人族の戦士職のようだが、女性は薄緑の髪に尖った長耳を持っており、非常に美しい見た目をした魔術士だ。

 あれは、エルフだろうか?

 その他は恐らく、依頼を見て応募してきた冒険者達が四人。

 中にはあのミルゲンもいた。

 会議が始まる前に少し声をかけたのだが、『グウェスさんから話は聞いていました。役に立つかは分かりませんが、御力添えしますよ』と言って今回の討伐に参加してくれていた。

 もっとも、驚いていたのはミルゲンの方であったが。

 なにせ俺が参加しているのだ。

 事情を説明するとこれまた驚いていたが、すぐに納得して受け入れてくれた。


「ちょっと待ってくれ。

 どうして今回の討伐に、こんなガキがいるんだ?」


 椅子の背もたれに大きく体重を預けながら腕組みをしつつ、目で射る様に視線をよこす男が声を挙げた。


「そうだな、その件については一度皆に説明しておこう」


 俺が何か言うまでもなく、パーザが事情を全体に説明してくれる。

 王の間では終始警戒の色を放っていたパーザであったが、一切の私情を挟む事なく淡々と説明していく。

 正に仕事人だ。


「――――という訳だ。

 説明通り、この件はダルド王ならびにシベルディア殿冒険者ギルドも容認なさっている。

 異論は受け付けない」

「半魔のガキ、だぁ……?

 おい坊主、何の魔族との半魔だ?」

「闘魔族です。

 それと、ガキや坊主ではなく、ライル・ガースレイです。

 これから共に戦う仲です、よろしくお願いします」

「フン、肝は座ってるみてぇだな。いいぜ、レギンだ」

「すまないが、個人的な挨拶は後程各自で済ませてくれ。

 時間は有限だ、切り詰めていくぞ」

「まぁまぁパーザさん。

 こうして最初にわだかまりやしがらみを解くのは大事ですよ。

 しかし、集まって頂いた皆様は中々に粒揃いですね。

 Sランクの方や『大陸五指たいりくごし』の方々がいらっしゃらないのが不安でしたが、これならば何も案ずる事は無さそうです」

「シベルディア殿、貴殿こそ士気を下げるような事を言ってどうする……」


 今、『大陸五指たいりくごし』という聞き覚えの無いワードが聞こえたが、一体なんだろうか?


「ゴホンッ……すまない、脱線したな。

 まずは赤龍の居場所から話しておこう。

 奴は現在、超大山脈グランロアマウン内を根城にしており、その居場所は標高四千メートル地点と推測される」

「よ、四千!?」

「高いな……」

「これは、我々第二師団が魔具や魔力探知等を用いて取得した生体反応を元に割り出したおおよその地点だ。

 グランロアマウンの峰は二つあり、龍がいるとされる四千メートル地点はちょうどこの峰同士の間の窪地だ。

 この窪地は広く、魔素も安定して滞留している。

 岩壁や傾斜道での戦闘にならない事から、我々にとっては好立地と言えるだろう」


 淡々と説明は続くが、ちょっと待って欲しい。

 四千メートルといえば我ら日本人が誇る富士山よりも高い地点だ。

 しかも、そんな高さまで登りながら道中には魔獣までいるとなると、とても現実的な討伐作戦とは思えない。

 急に不安が襲いかかってくる。

 どうして皆んなはそんなに冷静に話を聞いていられるんだ?

 どうする、声を挙げるか?


「どうした坊主? 怖くなったか? 辞めて帰ってもいいんだぜ?

 帰ってママに慰めてもらいな」

「貴様――」

「父さん、大丈夫だよ」


 不安が顔に出ていた俺のことをレギンがからかってくるが、おかげで冷静になれた。


「母はもういません。赤龍に殺されました。

 帰りません、俺は龍を討つ為にここにいるんです。

 俺は、ライル・ガースレイ。龍を殺す男です!」

「へっ……そうかい」

「話を戻すぞ。

 知ってる者もいるかと思うが、三千メートル地点までは安全に登れる登山道が整備されている。

 道中にはキャンプも設営されており、魔獣避けの術式が働いている為比較的安全に進めるだろう」

「あの、比較的って言うと?」

「例外は有る、ということだ」


 ……不安だ。

 だが三千メートル地点までの登山道があるのは有り難い。

 獣道を進むのかと覚悟していたが、それならば多少は楽できそうだ。


「三千メートル地点までは馬車を使って進むことが可能だ。

 そこまでは君達討伐隊とは別に騎士団員を付ける。

 直接龍との戦闘には参加しないが、道中の助けにはなってくれるだろう」


 馬車か! それは有り難い。

 積み荷の負担や、交代で馬車に乗れば休息も取れる。

 思ったよりも道中は楽かもしれないな。


「それでは、赤龍について話を進めましょうか。

 まず、龍種とは我々人族、魔族、そして魔獣や魔物といった生物の枠組みからは外れた生き物です。

 一説によると、全ての生物の祖とも言われてますね。

 そんな龍種ですが、彼らは非常に高い知能を備えており、過去に観測された個体の中には人語を解する個体も記録されております」

「人語を!? 今回の赤龍はそんな様子はありませんでしたよ」

「全ての個体が人語を解する訳ではないようです。

 しかし、いずれも高い知能を備えている事は明白。

 そして、今回の赤龍は龍種の中でも特に獰猛かつ好戦的な種です。

 ゼール殿から頂いた情報によると、まだ成体には至っておらず、片翼も負傷しているとの事ですが……

 どうやら飛行能力自体は失われて無いようですね」

「龍については分からないことの方が多いわ。

 翼が見た目通りの機能を有していなくとも、何ら不思議ではないわね」


 たしかに、龍と言っても翼の無い飛べる龍は現代でも描かれていた。

 なんていうか、蛇みたいなシルエットの龍だ。

 シェン◯ンとでも言おうか。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今、ゼールって言ったか!? 

 あの『全一オールワン』のゼール・アウスロッドか!?」

「えぇ、私がそうよ。

 それと、その通り名はあまり好ましくないの。

 ゼールで構わないわ」

「マジかよ、……! あの『全一』も一緒に来てくれんのかよ!」

「これなら楽できそう♪」


 数人の冒険者達がゼールの存在を認知して色めき立つ。

 やはりゼールはそれだけ凄い存在なのだろう。


「言っておくけれど、私はあくまでもライルの護衛よ。

 いざ赤龍との戦闘が始まればそこまでの支援は期待しないことね」


 今度は冒険者達が目に見えてシュンとしている。


「よろしいですか?

 龍種の特徴として、まずは体表を覆う龍鱗が挙げられます。

 これは生半可な武器や魔力強化では到底傷を与える事は出来ないため、戦闘時には龍鱗の薄い場所、主に脚の関節や首への攻撃が有効とされています。

 そして、尻尾にも警戒が必要です。

 顔や手足に気を取られ、尻尾の一撃に斃れた冒険者は数多くいます。

 尻尾は非常に頑強な体組織で構成されており、切り落とす事は至難の業となります。

 戦闘時には回避に注力してください」


 ということはやはり、脚への攻撃で地上での機動力を削ぐ事に専念するべきか?

 いや、忘れていた。

 龍にはがある。


「そして最も警戒すべきは、ブレスです。

 発生も早く、範囲も広大。

 直撃すれば間違い無く絶命に至る攻撃です。

 今回確認された赤龍は炎によるブレスとのことですので、魔術士の方々による水性魔術での防御、または土性魔術による防壁等が有効とされます。

 脚部への攻撃に気を取られ、頭上からブレスが……なんてことにはならぬ様、こちらも頭に入れておいて下さい」

「おいおい、そんなことは皆分かってんだよ。

龍気りゅうき』についてはどうなんだ?」


 レギンが説明に口を挟む。

 また知らない単語だ、『龍気』?


「龍気については、ゼール殿の報告からでは確認出来ていません。

 恐らくは未だ幼体、もしくは成長過程にあるためだと思われます」

「あの、龍気ってなんですか?」

「はぁ!? テメェそんなことも知らねぇのか!

 いいか、龍気ってのは龍種が放つ固有の魔力だ。

 固有の魔力って言っても、ある程度成長した個体からしか放たれない、言い換えれば『年取ってくうちに身についた臭い』みたいなもんだ」

「ははは……ちょっと補足しますと、龍気は個体ごとに固有の特徴を持ちます。

 過去に観測された龍気の中には、周囲の温度を極端に下げるものや放電現象に似たものまであるようです。

 ですが、これらは常に垂れ流しにされている訳ではなく、あくまでも龍にとっての奥の手ようなものと考えて下さい」

「なるほど……龍の特徴は何となく分かったんですけど、過去の討伐例から参考に出来ることは無いんですか?」

「あぁ、それなのですが……

 過去に討伐された龍種は計四体。

 内三体は成体かつ、いずれも単独での討伐なんです」


 は? 単独だって?

 しかも成体ってことは、今回の赤龍よりも成熟した個体で、今言っていた龍気も備えている個体だったということか?


「た、単独って、いったい誰が……」

「『大陸五指たいりくごし』が二体、残る一体はSランクの冒険者がそれぞれ討伐しています。

 ただ、それぞれ『脆かった』『不味い』『柔いな……』といった感想しか残されておらず、全く参考に出来ないのです。

 残る一体の討伐例も今回の赤龍同様、成熟しきってない個体だったため龍気は確認されず。

 戦場も平地であったため物資や魔具の供給も容易で、脚部への攻撃と魔力強化した鉄網を駆使して動きを封じ討伐に成功したとのことです」


 なるほど、全く参考にならないことだけはハッキリ分かった。

 なんなんだ、その『大陸五指』やらSランクの連中は。

 完全に人辞めてるだろう。


「ですが、そう落ち込むこともありません!

 今回集まったメンバーはどなたも実績豊富!

 安心して送り出せる冒険者の方々を、私も面接で選び抜いたのですから。

 おまけにゼール殿と『凱剣がいけん』のイラルド殿もいるとなれば、こんなに心強いことはありません」

「ん? いや〜ハッハッハ……」


 言われてイラルドが照れくさそうに頭をかいているが、本当に大丈夫だろうか……

 レギンとやらもチンピラにしか見えないし、ミルゲン以外の冒険者もパッと見で強そうには見えない。


「おい、坊主。 今、頼りねえって思っただろう?」


 ヤバ、顔に出てたか!?


「いや、そんなことは――」


 ヒュンッ! と風切り音が鳴った時には、既に首元に槍の尖端が突きつけられており、その尖端と俺の首との間にはグウェスが手刀を挟み込んでいた。


「あっ……な!?」

「覚えとけ。 

 ここにいる俺を含めた誰もが修羅場を潜って来ている。

 お前に心配される様な奴は一人もいないんだよ」


 槍が首元から引かれ、男は元いた椅子に腰掛ける。

 そうだ、何を考えているのだ。

 ここにいる誰もが俺より格上、それも数段上のだ。

 なんて思い上がりだ、心配されるのは俺の方だ。


 そんな俺の考えをよそに、今しがた腰掛けたレギンの方から空気を叩くような破裂音が響き渡る。

 見ると、グウェスが拳をレギンの鼻先で寸止めしているではないか。


「お前こそ覚えておけ。ライルは俺の息子だ。

 次に手を出すことがあれば容赦はしないぞ」

「けっ……! 分かった分かった」


 親バカ、炸裂。

 レギンは確かに気に食わない奴だけど、今回は俺が悪いんだから大人しくしててくれ〜! なんて言えるはずも無く、こうして黙って親の愛情を感じるしかない我が身が情けない。


「席につけ。

 両名とも、次に勝手な事をすれば出ていってもらうぞ」

「へいへい」

「あぁ」

「ハァ……では、本格的な討伐作戦についてだが――――」



 こうして半日ほどを会議に費やし、ある程度の作戦が固まった。

 会議後はそれぞれの紹介を終え、出発までの残りの六日間は、各自準備の為の時間として充てられることになった。

 会議中は険悪だったグウェスとレギンも、会議後は両者とも大人の対応で何事も無く握手を交わしていた。

 強者同士、なにか通じるものがあるのかもしれない。



 そうして六日間を準備と鍛錬に費やし、遂に、出発の時がやってくるのだった。

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