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第二十八話 「『力』の提示」

『ならぬ』


 ダルド王は一言、否定の言葉を口にした。

 初めから上手くいくと思っていた訳ではなかったが、いざ正面から否定されるとドッと不安が襲いかかってくる。

 そんな俺の不安を払拭しようとする様に動いたのはイラルドだった。


「陛下、理由をお聞かせ下さい!」

「お前達の言い分は分かる。

 ワシとて、お前達を向かわせ、人も魔族も半魔でさえも平等に暮らせる世を創れるならばそうしたい。

 現にイラルドにゼール、集った冒険者達も合わせれば戦力面でも何ら問題は無いだろう。

 だが、前提が違うのだ」

「前提、ですと……?」

「イラルドよ、お前ともあろう者がわからぬのか」


 ダルド王は目を細め、悲しげにイラルドを見つめる。

 それは失望や落胆ではなく、在りし日の姿を思い返す哀愁の眼差し。


「イラルド、ゼールよ。

 お前たちは本当に、少年の身であるライルを死地へと向かわせると言うのか?」

「「っ!!」」


 ダルド王が言いたかったことはただ単純な一つの良識。

 子どもを戦地に向かわせること、龍の前に進み立たせる事への意味。

 王とは尊大かつ羨望の対象、時に畏怖され、時には崇められ、その力と権威で持って民衆を統治する存在だと思っていた。

 しかし、目の前の王が口にしたのは至極当たり前の常識。

 日本で育った俺からすれば当然の良識。

 この世界に来て、人の命の軽さと死生観の違いを植え付けられた俺が忘れていたモノ。

 この王は、この人は、どこまでもなのか。


「それ、は……」

「イラルドよ、昔のお主であれば十歳程の子どもが命を賭ける事を良しとしなかっただろう。

 ゼールよ、子どもが進んで戦うことを良しとするのか?

 今一度、己が胸に問いかけてみよ

 こやつのしたい事を優先するあまりに、お前達がお前達自身を見失ってはいまいか?」


 王の言葉に二人が固まる。

 正論、正真正銘紛う事なき正論だ。

 けれど、けれどそんな事で、諦められる筈がない!


 意識的に魔力を開放する。

 感覚は掴んでいる。

 後は賭け、あの時の様に暴走するか、制御するか。

 この胸に宿るあの日の、今日まで積み上げた『怒り』を呼び起こす。

 真っ先に反応したのはダルド王の横に控える豹顔の魔族だった。

 俺が魔力を起こすのとほぼ同時に、ダルド王の前に体を挟む形で飛び出る。


「貴様ッ!!」

「待て、パーザ」


 剣すら抜かず、鋭い両手の爪をギラつかせて段上から飛びかかる直前に、制止がかかる。

 ピタリと動きを止め、納得がいかないとばかりに王に振り返る。


「何故です! 奴は――」

「よいのだ。控えておれ」


 声色自体は穏やかに、しかし絶対的な圧と共に。

 王はゆっくりと腰を持ち上げる。


「申せ、ライル・ガースレイ。

 言いたいことがあるのだろう?」

「これは、俺じゃないとダメなんです」


 促され、ゆっくりと、力強く言葉を紡ぐ。

 王は眉をピクリと反応させ、次の言葉を待っている。


「俺を気遣っての御言葉はありがたいです。

 ですが、龍を討つために今日まで積み上げてきました。

 魔術も、体術も、知恵も、経験も、全部足りないのかも知れません。

 でもダメなんです、やるしかない、俺がやらないとダメなんです!

 イラルドさんや先生に煽ておだられたからじゃない!

 俺の意志で、俺は此処に立っているんです!

 この力は、その全ての結晶、あの日奪われたの『怒り』の結晶です!

 大人達が討伐してくれるのを『はいそうですか、ありがとう!』なんて見てられる訳が無いんです!

 俺は、俺はとして戦いに行くんです!!」

「…………」


 理屈ではない、論理的ではない。

 心からの、湧き上がるままの魂の咆哮。

 当初の作戦を冷静に進められるほどの考え等既に無かった。

 俺の言葉に何を思うのか、王は沈黙する。

 永遠に感じられる数秒の後。


「いつの世も、物事を動かすのは確かな『力』だ。

 富、名声、地位、権力、暴力、ありとあらゆる『力』が世界を動かす事を可能としてきた」


 ゆっくりと王は歩を進め、一つずつ階段を降りてくる。

 今まで感じたことの無いプレッシャーと共に。


「お主には何がある?

 威勢や良し。だが、それだけだ」


 階段を降りきって、俺とダルド王との距離は三メートルと離れていない。


「示せ。

 欲しければ勝ち取ってみせろ。

 お主が積み上げたその『力』で、ワシを動かしてみろ」

「ッ!」


 ダルド王は泰然と、右手を前に突き出す。

 大きく開かれた手の平からは見えないプレッシャーが、凄まじい重圧として全身に降りかかる。

 ゼールのような魔力による威圧ではなく、単純な迫力。

 ダルド・ロデナスという一人の男が放つ、積み上げられた『力』であった。

 潰れそうになるほどの重圧の中、俺の心に灯ったのは絶望ではなく希望だった。

 単純な話だ。

 示せば変えられる、それだけのことだ。


「……いきます!!」

「来い」


 この際不敬罪なんて知ったことか、言い出しっぺはダルド王自身だ。

 一撃、一撃でいい。

 持てる力の全てをぶつける!

 右手の拳に全身を覆う魔力を集中させる。

 一点集中、今出せる最高の一撃。


 力強く床を蹴り出し、僅かな距離を瞬時に潰して拳を突き出す。

 拳は空を鳴らし、空間を震わせる程の衝撃となり直撃する。


 ズドンッッ!!!! と音を立てて直撃した筈の拳はあっさりと、何事も無かったかのように王の右手に収まっていた。

 間違い無く、渾身の一撃。

 ウルガドの時よりも洗練された一撃の筈。

 それが、呆気なく。

『力』を示せなかった事に、今度こそ絶望が心を染め上げようとする。


「…………ふ」


 ん?


「ふっふ……ハッハッハッハッハッハ!!」


 あ、あれ!?

 もしかして思いの外効いてた?

 どうする!? 王様壊れちゃったか!?


「ハッハッ……ハァ〜、なるほど、よく分かったわ。

 よかろう、此度の赤龍討伐への同行を認めよう」

「え!? いいんですか!?」

「お主が勝ち取った結果だ、誇れ。

 だがしかし、これより先は子どもとしてではなく、一人の戦士として扱われる事になる。

 肝に銘じておけ」

「覚悟の上です」

「ふむ。 ではゆけ、出発まではまだ三週間はある。

 イラルド、ゼール! それまでの残りの時間はお前達が責任を持ってライルを鍛え上げてやれ!」

「「はっ!」」



 部屋から出る際に、振り返って深々と頭を下げる。

 ダルド王は変わらぬ位置からこちらを見つめ、『さっさと行け』と言わんばかりに手の甲を振っている。

 扉を閉め、こちらを見つめる人達と目を合わせる。

 まだだ、まだ喜ぶな、ようやくスタートラインだ。

 これからが本番、ここからが本当の始まりだ。

 いよいよ俺は――――



 −−−−


「よろしかったのですか?」

「よくないわ」

「では何故……」


 隣に降り立ったパーザが納得いかんとばかりに聞いてくるが、そんなことは分かりきっとる。


「見ろ」


 振り返って玉座までの階段をコツリと蹴やる。

 蹴突いた拍子に階段の下から上まで、大きな亀裂が走る。

 無論、


「これは……」

「いつの世も、『力』が動かすこの世界。

 最も人を動かす『力』は何だと思う?」

「暴力、ですか?」

「違うわアホ」

「ぐっ……」


 頭の堅いパーザのことだ、この光景を見てそう答えたのだろう。

 ある意味、暴力は正しい。

 だが、それでは人々はいずれ離れる。

 それ以上に人々を惹きつけ、動かす『力』。


「『想い』だよ。

 感情が、強烈なまでの、迸る激情こそが人々を惹きつけ、動かす『原動力』となる」

「……些か論理に欠けますな」

「そんなもんだよ。

 堅苦しい論理や根拠を求め続けた世界とは生きにくいもんだ。

 イラルド達はそんな今の世界を、半魔の現状を変えるのはあの少年だと言った」


 改めて、閉まった扉を振り返る。

 先程まで目の前に立っていた少年を思い出しながら、高く造られた筈の、いつの間にか低くなってしまった天井を見上げる。


「世界を変えていくのは枯れた老いぼれではなく、ああした若者なのだろうな」





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