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第二十話 「譲れない」

グウェスが宿泊しているという宿に俺とルコン、ゼールとグウェスの四人で向かう道中、どうしてグウェスがロディアスにいるのかを聞いた。

 龍災の知らせを聞いてすぐにナーロ村に戻って来たこと、俺の手紙を読んだこと、そして自身の手で龍を倒すために家を空けたこと。

 要するに、グウェスの目的も俺と同じく龍の討伐であったのだ。


 宿に着くとまずその外観に驚かされた。

 今まで泊まってきた宿はいわゆる民泊の様な、お世辞にも豪奢とは言えないものであった。

 だが流石は王都、もはや宿ではなく軽いホテルだ。

 綺麗に設えしつらられた外観に、内装もフワリと暖かい灯りに照らされた落ち着いた旅館の様な趣き。

 いっそここに住んでしまいたいほどだ。


「父さん、ここって高いんじゃ……?」

「ん?俺はずっと村にいたからな。あまりそういう相場は詳しくないんだが、確か一泊三金貨だったか」


 三金貨、つまり三千円ほどの宿泊費。

 この世界での一般人の平均的な月の生活費は三剣紙、約三万円程。

 十日も宿泊すれば平均的な生活費にはなるという訳だが、グウェスは既にロディアスには一ヶ月は滞在していると言う。


「ちょちょ、三金貨!?そういえば俺の護衛依頼の報酬金っていくらなの!?」

「そんなことはおまえが気にする事ではないだろう」

「お願い!自分の護衛価値くらい知っておきたいんだ!」


 グウェスは戸惑いながらチラリとゼールを横目で見て、それに対しゼールは『お気になさらず』と手のひらを向ける。


「ハァ……三王紙おうしだよ」

「さ、三王、紙……?」


 王紙おうし、一枚がおよそ百万円ほどの価値を持つこの世界での最高額紙幣。

 つまり俺の護衛依頼の報酬は三百万円という事になる。

 先程の一般人の平均生活費の通り、これがどれだけの大金かは推して知るべしだろう。

 当然だが、王紙なんてナーロ村にいた時に家で見た覚えなんて無い。

 別に家中探し回った訳では無いが、何処かに隠していたという訳か。

 だがどうやってそんな大金を蓄えることが出来たのだろうか?


 宿の階段を三階まで上がって角の部屋がグウェスの部屋だった。

 部屋の内装も同様に設えしつらられており、椅子一つとっても革張りで高級感が漂っている。

 ベッドなど一人部屋なのにダブル、いやクイーンはあるか?


「気にせず掛けてくれ、飲み物を持ってこよう」

「えぇ、お気遣いどうも」


 グウェスとゼールが部屋の中央にあるテーブルを挟む様に椅子を選ぶ。

 この部屋には椅子が三つしか無いため誰かがベッドに腰掛けることになるか。

 そもそも一人部屋に椅子が三つもあるのが変な感じがするのだが。

 込み入った話になるし、申し訳ないがルコンにはベッドで遊んでてもらおう。

 フカフカの大きなベッドを勧めると、ルコンは嬉しそうにダイブしてゴロゴロしている。

 あ、グウェスに許可を貰ってなかったけど、まあいっか。

 グウェス、加齢臭とかしてないよな? ルコンは鼻が良いからちょっと心配だ。


「お待たせした、さて何から話そうか」


 人数分のお茶を持ってグウェスが戻って来る。

 トレーを持つグウェス、似合わないな……


「では、まずはここまでの経過報告をしておきましょう。ギアサでの依頼受注後、ナーロ村にてライルと合流。後にもう一度ギアサに戻って正式受注とし、約一ヶ月程でイーラスに到着。イーラスへの道中でライルが話した通りルコンを保護。イーラスには一ヶ月滞在してライルとルコンの装備を整えた後、また一ヶ月の移動を経てロディアスに到着した次第です」


 無駄の無い事務的なゼールの報告にグウェスは黙って聞き入る。

 流石はゼール、どんな時も誰に対してもそのクールっぷりは崩れることはない。


「成る程、ありがとうございます。いやしかし、どうやらこれまでの道中にゼール殿にはかなり鍛えて頂いたみたいだ。村にいた三ヶ月前とは別人の様に強くなっているな。流石は大戦でその名を轟かせた『全一オールワン』殿といったところか」

「失礼ながら、その呼び名はあまり好ましく思っていませんので、どうかゼールとお呼びください。それに貴方は依頼主、かしこまらず崩して下さい」

「む、そうでしたか。それではゼールさんと。それと御言葉に甘えさせて頂こう。種族は言い訳だが、あまりかしこまった言葉遣いは得意でなくてな」


 いや待て待て、今の会話でサラッと凄いこと話してなかったか?

 ゼールが大戦で名を轟かせた? 

 大戦は三十年は前のことだぞ、ゼールはどう見ても二十後半か三十前半。

 それに、そんなことを知ってるグウェスだって同じくらいの外見年齢だ。


「えっ、ちょ!先生って今おいくつなんですか!?」

「なんだ藪から棒に。失礼だぞ」

「いえ、いいのですよ。そういえば話してなかったわね。今年でもう五十になるわね」

「ご、ごじゅう!?せ、先生って人族じゃなかったんですか!?もしかしてエルフだったりするんですか?」

妖精族エルフ?ふふ、妖精族エルフで五十であれば、もっと若々しく美しいでしょうね。私は正真正銘人族よ」

「え、な……」


 バカな、あり得ない。

 人族の平均寿命は約七十歳前後だ。

 五十になる人が、この若々しさだと?


「ライル、魔力が生命力ということは知っているか?」

「え?それはまあ……」

「優れた魔力量を持ち、魔力の操作に熟達した者はそれだけ生命力に優れるということだ。人族は魔族に比べて老いるのが速いが、魔力に優れる者の中には老いが遅い者もいる。ゼールさんは正にその模範例だ」


 魔力が生命力由来ということは知っていたが、まさかそんな秘密があったとは知らなかった。

 つまりゼールは今年でアラフィフもとい五十路、二十の頃には大戦を経験しているという事か。

 そしてその頃に轟いた勇名が『全一オールワン』、その由来はイラルドからも聞いた通り四元素魔術を一級まで高めた故。

 知れば知るほどゼールの経歴には驚かされる。

 本当に、凄い人を師に持ったと痛感する。

 それはそうと、グウェスのことも気になるな。

 ついでに聞いてしまうか。


「俺の年齢だと?細かくは覚えてないんだが、確か……八十五、いや六か?」

「八十??」

「闘魔族の寿命は二百近くもあるのよ。そもそも魔族の寿命は人族に比べて長命。外見と実年齢が合ってないなんてことは当たり前よ」

「な、なるほど。じゃあ父さんは、三十年前の大戦には先生みたいに参加してて、七十過ぎて母さんと結婚したってこと!?ロリコンじゃないか!!」

「その、ロリコン?とやらはよくわからないが、そういうことになるな。どうしたライル?変だぞおまえ」


 そういうことになるな、じゃない! なるんだよ! ロリコンなんだよ! 犯罪だ!!

 七十過ぎて十代後半の女捕まえて子ども作って……見損なったぞグウェス! でも俺を産んでくれてありがとう! あと羨ましい!!


「えーっと、もしかして父さんは大戦での稼ぎがあったから俺の依頼金を用意できたの?」

「それもあるが、元は魔土に住んでてな。こっちに移ると決めた時に冒険者になったんだが、その頃の稼ぎもある。大戦での影響か、当時は今よりも危険な依頼も多く報酬も高かったんだ」

「父さん冒険者だったの!?ランクは!?」

「Aだ。冒険者証があるから、期間が空いてもまた活動出来て助かったよ」


 あー駄目だ駄目だ、新情報が多すぎる。

 王都入りして初日で初の魔術士戦に師と親の過去話、もう腹いっぱいだ。

 でもこうしてまたグウェスと親子の会話が出来るのは素直に嬉しかった。

 別れてからたったの三ヶ月。

 それだけの期間なのに、この三ヶ月はとても大きな空白に感じられた。


「さて、そんな話はもういいだろう。本題に入るとしよう」


 グウェスが真面目な面持ちで話し始め、空気が少し張り詰める。

 そうだ、過去の事を聞いてばかりでまだ何も始まっていなかったのだ。


「俺は龍を追ってここまで来たんだが、ゼールさん達は今後どうするんだ?」

「ひとまずはロディアスに滞在しつつ、ライルとルコンの冒険者ランクの引き上げと実力向上を。期限内には必ずアトランティアまで送り届けますのでご安心を」

「そうか……ライルの事は引き続きゼールさんに一任するので、今後ともよろしく頼む。ルコンちゃんも、ライルのことを頼むよ」

「はいっ!おにいちゃんの事はルコンに任せて下さい!」


 言われてベッドからピョンと立ち上がってルコンが胸を張る。

 先程までは蚊帳の外だったため、頼られたのが嬉しいのだろう。


「龍を追って、と仰ってましたが何か手がかりが?」


 ゼールが口を挟む。

 確かに『龍を追って』と言っていた。

 闇雲に探してここまで来た訳ではなく、何かしらの目処があってのことだろう。

 ロディアスに一ヶ月滞在しているのも関係しているのか?


「そうだな。手がかりと言うより、居場所の目処はついている。問題はその場所と、討伐のための戦力だ」

「っ!!父さん、俺も連れて行って!母さんの仇は俺たちで討つんだ!」

「駄目だ、座れライル」

「父さん!!」

「落ち着きなさい。グウェスさんもあなたのことを想って言っているのよ」

「っ……!」


 龍の居場所が分かったと聞いた時、体中の血液が沸騰するかのような熱に襲われて、気付いた時には立ち上がって我を忘れかけていた。

 ゼールに諭されて少しは落ち着きを取り戻せた。


「まず、おまえは連れていけない。サラの仇を討つというおまえの気持ちはありがたいが、親としてむざむざ危険な場所には連れていけない。このままロディアスでやるべき事を終えたら、ゼールさんと一緒にアトランティアへ向かえ」

「でも父さん!」

「ハッキリ言おう。足手まといだ。今のおまえでは死にに行くようなものだ」


 ギロリと睨みを利かせてグウェスは言い放つ。

 分かっている、強くなったとはいえ、未だ龍には及ばないということくらいは。

 だけど、だけど!


「納得出来ない。俺だって何もしない訳にはいかない!足手まといかもしれないけど、俺だって強くなった!父さんだって、さっきの模擬戦は見たんじゃないのか!?」


 グウェスの指摘は事実だが、同時にわざと突き放す様な言い方をしているということくらいは俺にも理解出来る。

 だからといって、俺にも譲れないものはある。

 龍の討伐だけは、誰にも譲れない。


「……分かった。それなら明日、俺と戦ってみろ。おまえの実力を改めてみて、それから考えるとしよう」

「父さんと?だけど―」

「出来ないと言うならこの話は終わりだ。どうするかはおまえの好きにしろ」

「っ、分かった、分かったよ!戦えばいいんだろう?俺だって手加減出来ないからな!」


 感情的になって答えてしまう。

 だが、実力を示せなければグウェスは俺を連れて行かないだろう。

 恐らくそれはテコでも動かせない考えだ。

 ならばやるしかない。


「ならまた明日、ギルドの訓練場で会おう。今日はもうゆっくり休め」

「父さんこそ、負けた言い訳は聞かないから。それじゃあ、おやすみ」


 そう言ってゼールとルコンを置いて部屋を出るが、自分達がまだ部屋を取ってないことに気づく。

 廊下の壁にうなだれて溜息をつく。

 はぁ、情けない。

 グウェスが俺のことを想っての行動だというのは分かっているのに、感情的になってしまう自分がいる。

 だがこれだけは譲るわけにはいかない。

 たとえそれが父親だろうと。


 これだけは、譲れないんだ。

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