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第十八話 「対魔術士戦」

俺とルコンの動揺などお構いなしに、ゼールとミルゲンはギルド裏手の訓練場へと進んでいく。


「お、おにいちゃん、ルコン達あの人と戦うんですか?」

「そうみたいだな……」


 ゼールはやると言ったらやるし、やれと言ったらやらせる人だ。

 今さら、やっぱり無し! なんて有り得ない。

 腹を括れ、やるしかないんだ。



 王都のギルド訓練場はギアサのものよりも倍は広く、設備も整っていた。

 ギアサでは端の方に散らかっていた武具や備品も、こちらでは綺麗に整備されたうえ明らかに良質な物で揃えられている。

 グラウンドの様な訓練場のところどころには魔術陣が施されており、これはゼール曰く中級治癒魔術が内包された魔術陣であるらしい。

 この魔術陣のおかげで訓練場内では基本的に怪我をしてもすぐに完治、あるいは重症へと至るケースはまず無いという。


「ルールは特に設けないわ。好きなように戦って、三人とも存分に実力を示しなさい。

 私が勝敗が喫したと判断したらそこまでよ。

 それと、ミルゲンは一級魔術の使用は禁止とするわ。いいわね?」

「えぇ、勿論です」

「二人もいいかしら?」

「「はい!!」」


 初の対魔術士戦、イラルドとの近接戦とは訳が違う。

 だが、やってやれないことは無いはずだ。

 俺とルコンも強くなった。

 事前に作戦も立ててあるし、だってある。


「ライル君とルコン君、でしたね?

 この模擬戦が終われば、二人には兄弟子としてお世話になるでしょう。

 どうぞ、これからよろしくお願いします」

「? はい! よろしくお願いします!」


 あ~〜ルコン、違うのよ、今のはね? 盛大に煽られてんの。


「さあ、それはどうでしょうね。

 もしかしたら、ギアサの時みたいに倒れてしまうかもしれませんよ?」

「ハハハハッ! これは一本取られてしまいましたね!

 失礼しました、非礼をお詫びします。

 お二人には負けるつもりは毛頭ありませんが、ゼール殿の弟子である以上、油断する理由もありません。

 先程の宣言通りに、勝たせてもらいます」


 ミルゲンはそう言うとくるりと背を向けて距離を取る。

 こちらも同様に距離を取って身構える。

 互いの距離はおよそ20メートル。

 身体強化で全速力を出せば三秒とかからず距離を詰めれるだろう。

 こちらは二人がかり、やれる。


「用意はいいわね? では……始めなさい!」


 ゼールの合図に合わせてルコンと同時に駆け出す。

 互いに3メートル程の距離を空けて平行に駆ける。

 相手が魔術士として格上である以上、まずは距離を詰めないと話にならない。


「ほう、なかなかの速さですね! ですが……水鞭アクアウィップ


 ミルゲンの杖の先から水の鞭が生成される。

 10メートル以上の長さを持つ鞭を巧みに操ってこちらを全く懐に入れさせてくれない。


「くッ!」

「わッ!?」

「そんなものでは無いでしょう? 水飛沫スプラッシュ!」


 鞭を維持しながらの追加詠唱!?

 鞭が振るわれながらも、同時に何十もの大粒の水滴が襲いかかってくる。

 黒角の杖ノワールケインを振るって水滴を弾きつつ、鞭をなんとか避ける。

 バチチッ!!っと水滴が弾ける音が横合いから聞こえて来ると同時にルコンの叫び声が上がる。


「キャアッ!?」

「しまっ」


 横に首を振った瞬間、身体が後ろへと突き飛ばされる。

 何だ!? 詠唱は聞こえなかった、鞭で打たれた訳でもない……これは……


「ゴホッゴホ……魔弾か……」

「御名答。流石はゼール殿の弟子ですね」


 クソ、教わっていたのにいざ実戦となると思考と身体が追いつかない。

 イラルドからも目線を外すなと散々言われていたのにな。

 実戦不足、改めて痛感するな。


「イタた。おにいちゃん! まだやれます!」

「あぁ、当然。全力だ、行くぞ!」

「はいッ! 二本セカンド!!」


 ルコンが二本セカンド状態へ移行するのと同時に、俺も全身の身体強化を先程よりも一段上げる。

 ルコンの二本セカンドは現在二分程しか維持できない。

 二人で戦う以上、長期戦は既に度外視。

 速攻で決める。


「道を開ける、突き進め! 風斬ウインドスラッシュ!」


 真空の刃を飛ばして鞭を切断しつつ、ルコンの進路を切り開く。

 ルコンは現状、有効打となる魔術を習得していない。

 そのため、九尾励起ナインライブズによる身体強化を利用した近接戦闘こそがルコンの真価となる。


「その齢で! 素晴らしい……ですが、寄らせません! 水砲弾アクアキャノン!」


 人体を軽く吹き飛ばす質量の水の大砲。

 狙いをルコンに定め、砲弾は真っ直ぐに飛来する。

 だが、ルコンは構わず突き進む。

 そう、それでいい。

 障害は、おにいちゃんが払いのける!!


「させるかぁぁぁ!!」


 身体強化をしているのはルコンだけではない。

 全力で跳躍してルコンに向かう砲弾との間に割って入り、杖へと魔力を流す。


風衝破エアバーストッ!」


 砲弾に向かって魔術ごと杖を叩きつける。

 杖の衝撃と魔術による暴風が炸裂して砲弾は弾け飛び、半径数メートル内にシャワーとなって降り注ぐ。


「行けぇ! ルコン!」

「はいッ!!」


 弾丸の如く、ルコンがシャワーの中を突き抜ける。


 ――――


 変わった杖だとは思っていた。

 まさか、打撃武器にもなり得るとは。

 いや、感心している場合ではない。

 こうしている今も、狐族ルナルの少女が獣の如くこちらへと猛進して来る。

 魔術を唱える暇はない。

 一撃目。

 接近されてからの最初の一撃を躱し、カウンターの魔術で再度距離を取り少女を拘束する。


「来い!」


 少女は懐に飛び込んで来ると、勢いのままクルリと身を捻る。

 これは、か!

 移動の勢いを乗せた尾を、二本重ねての叩きつけ。

 小柄な手足とは裏腹のサイズの尾を利用しての奇襲。

 悪くない、だが間に合う!

 一歩後ろに下がれば……


「ッ!?」


 不意に、魔力が接近してくるのが視界に映り込む。

 魔弾か!?

 いや、魔術!?

 少女を巻き込むことを考えれば、恐らく前者!

 ならば、最小限の動きで避けつつ一歩後ろに下がって少女とも距離を取る!

 接近する魔弾は首を捻って避け、一歩下が―

 ドンッ! と背中が壁に触れる。


「なッ、防壁プロテクション!?」


 先程の魔弾は『魔弾だと思い込ませ、避けられた先で展開するための魔術』だった!?

 続けざまに左半身を衝撃が襲う。

 逃げ場を失ってから、急いで身体強化に魔力を回してダメージを軽減する方向にシフトしたつもりだったが、予想以上の衝撃だ。

 衝撃に足を滑らせた先で、またも背が壁に触れる。

 驚きに顔を上げると、目の前の少女の背後からはの尾が揺らめいていた。



 ――――


 

 それは、ルコンの三本サード目。

 ロディアスまでの移動中、遂に三本目の顕現に成功したものの、その維持時間は大幅に減少してのわずか六秒。

 二本セカンドよりもさらに強化された身体能力を得る上での諸刃の剣。


 条件は整った。

 わずか六秒、最大限に活かす!


防壁プロテクション!」


 ミルゲンが怯んだ今、再度の防壁によってルコンごと壁で囲う。

 前後左右そして天を防壁プロテクションで、足元は大地で囲われたおり


「やああぁぁぁ!!!」


 檻の完成と同時に、ピンボールの様にルコンが檻の中を猛スピードで縦横無尽に跳ね回る。


 跳狐跋扈ちょうこばっこ

 九尾励起ナインライブズによるわずかな強化時間と能力を最大限に活用するための環境を利用した、いわばルコンの必殺技。

 対象とルコンごと防壁で閉じ込め、閉鎖空間内を駆け回って翻弄しつつすれ違いざまに爪や尾での連撃を浴びせる。

 初披露はイラルドに対してだったが、流石のイラルドもこれには舌を巻いていた。

 そんな歴戦の戦士が唸る必殺技を、さて魔術士はどう捌く?


「ぐあァッ!?」


 突然壁で囲われ、その中を目にも留まらぬ速さで動き回る獣による縦横無尽の攻撃。

 される側はたまったものではないだろう。

 しかし


「ッ! 水流アクアストリーム!」


 自身を中心とした大量の放水。

 溢れ出る水流は跳ね回るルコンを飲み込み、更には小さな檻の内部を溢れさせ、ヒビを入れて氾濫させる。

 割れた檻から流れ出たルコンからは既に尾は消失しており、これ以上の継戦は不可能だろう。

 十分だ、後は……

 一気にミルゲンまでの距離を詰める。

 あと10メートル!


「ハァッハァッ……ッ!」


 こちらに気付いたミルゲンが真っ直ぐに魔力を放つ。

 狙いは恐らく、俺との間にある魔素溜まりだろう。

 真っ直ぐに杖を突き出す。

 狙い通り、練習通りだ。

 こちらも魔力を放つ、

 互いに重なる魔力は、混ざり合って霧散する。


「なッ、妨害ノイズ!?」


 ミルゲンが驚きに声を上げるが、もう遅い。

 黒角の杖ノワールケインは杖の両端に魔石が埋め込まれている。

 つまり、上下や前後という概念がない。

 真っ直ぐに突き出している杖の後端に魔力を流す。


風衝破エアバースト!」


 杖から発生した暴風を推進剤にして一瞬で距離を詰める。

 もう逃げることも、魔術を唱える隙も与えない。

 ここは、俺の距離だ。

 勢いのまま杖を振りかざし―


「そこまでよ、勝負あったわ」


 何度も聞いた圧力のある声に動きを止める。

 振りかざした杖はあとコンマ数秒で振り下ろされて、ミルゲンの首に突きつけられていただろう。

 ミルゲンもゼールの言葉の意味を理解してその場に崩れ落ちる。


「完敗、ですね……認めざるを得ないでしょう」

「勝った、のか? 俺達が?」


 言葉にすればするほどイマイチ実感が沸かない。

 だが、満足そうにこちらを見つめるゼールと、嬉しそうに尻尾を振りながら「やったぁ〜!」と抱きついてくるルコンによって徐々に感情が沸き立ってくる。

 やった、やったぞ!俺達、Aランクの魔術士相手に―


「すげぇぞ坊主たちーー!!」

「やるじゃねえか〜〜!!」

「今度は私達とも戦いましょうー!」


 うわ、いつのまにか訓練場の周辺に野次馬が集まっている。

 戦闘に夢中で全然気づかなかったが、五十人はいるか? 

 ほとんどギルドの中にいた人数じゃないか。


「すまない! 通してくれ! すまない、道を開けてくれ!!」


 何だ? 野次馬の中をかきわけてくる人がいるな。

 今は疲れてるんだ、また訳の分からない奴が来たなら今度こそゼール先生の出番……って、この声は……


「ライルッ! ライル!! 俺だ!!」


 その声の主は、もういつ会えるか分からないと思っていた人であった。

 群衆をかきわけ現れたその人物は。


「父さんっ!?」



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