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第十七話 「王都ロディアス」

 イラルドには近接戦闘、ゼールからは魔弾と妨害ノイズを教わりながら数日が過ぎた。

 俺達の視界の先には、20メートル程の高さの壁が聳え立っている。


「見えたな。あれがロデナス王国が王都、ロディアスだ」

「壁、に囲まれているんですか?」

「あぁ、そうとも。魔獣や外部からの防衛、王都を出入りする者の管理もしやすくなるようにな」

「にしても、街全体を囲っているんですよね?

 いったいどうやってそんな壁を……」

「そりゃ魔術でさ。土性魔術を使って何十何百という魔術士達が築いた壁だ。

 魔術で作られた壁だから魔術で簡単に修復出来るしな」


 常々思っていた。

 どうしてファンタジーの世界の街は壁で覆われている事が多いんだと。

 そりゃ、防衛だったり管理だったりと理由としては色々あるんだろう。

 だが改めて、理に適っていると痛感した。

 技術が発達していないこの世界では、入口を限定することで出入りする者を管理しやすくし、いつなんどき龍や魔獣が襲ってくるかもしれないことを考えると、壁の存在は心強い。

 魔術で簡単に修復可能ってところもミソだろう。


 壁に近づくと、入口らしき門が開け放たれており、両脇には兵士が数人控えていた。

 どうやら門の裏、王都側には兵士の詰め所の様なものがあるみたいだ。


「開けっ放しなんですね」

「昼間は依頼に行く冒険者や王都に入る商人達なんかで往来が激しくてな。

 いちいち開閉するのも面倒なんでこうして開けてるのさ。

 それに各門に就いている兵士達は皆Bランク相当の実力者達だ。よっぽどの事がない限りは心配要らないんだよ」


 イラルドはそう言いつつ馬車を門の前で止めて、一人で兵士達の元へと向かう。

 帰還と入場の手続きでもしているのだろう。


「先生、イラルドさん達ロディアス騎士団と、門にいる兵士さん達ってなにが違うんですか?」


 お、ルコンよ、いいとこに気付いたな。

 ちょうど俺も聞こうと思ってたんだよ。


「どちらも国に仕えるという意味では本質的には一緒よ。

 簡単に言うと、騎士団は兵士団の上部組織ね。

 兵士団はロデナス王国全体に拠点と人員が存在しているわ。数も多く、仕事も多岐に渡るわね。

 反対に騎士団は王城を含めた王都全体の警備が主な仕事で、今回のように必要があれば王都外部の任務に向かうこともあるわ。

 人員は兵士団のおよそ二十分の一以下とも言われて、選び抜かれた精鋭の集まりといったところね」

「じゃあ、イラルドさんはエリートさんですね!」

「えぇ、そうね」


 流石はゼールモン、何でも知ってる。

 てかイラルド、騎士団長なんて役職だから薄々思ってはいたが……凄い人?

 どうしよ、今からでもかしこまったほうが良いかな?

 そうこう考えている間にイラルドが戻ってきた。


「待たせたな。ゼール殿達の身柄は俺が保証するものとして通しておいた。

 ライル君とルコン君の身柄は弟子としてゼール殿に紐付けておいたぞ」

「ごめんなさいね、助かるわ」

「お気になさらず、我々もゼール殿にはこの数日でお世話になりました。それよりも、3人はこれからどちらへ?」


 戻ってきたイラルドと話しながら俺達は壁の内側へと歩を進めていく。

 そういえばロディアスで何をするのか聞いてなかったような。

 ゼールには何か考えがあるのだろうか?


「二ヶ月程滞在してギルドで旅費を稼ぎながら、この子達のランクも上げたいわね。

 最終的にはアトラ王国行きのキャラバンを見つけて同行できれば一番ね」


 キャラバン、隊商か。

 たしかに旅慣れしたキャラバンに同行できれば、徒歩でアトラ王国を目指すよりも遥かに安全な旅路になるだろう。

 それに俺達のランクも上げておけば後々の役に立つ。

 旅費も稼いで経験も積んで、その金でキャラバンに同行する。

 正に一石三鳥だ。


「そろそろ行くわ。お世話になったわね、ありがとう」

「ありがとうございました、イラルドさん。

 またお会いすることがあれば、その時は成長した姿をお見せします!」

「ルコンも成長します!」

「おうとも! 二人共、しっかりゼール殿の言うことを聞いて強くなるんだぞ!」


 そう言ってイラルドはワシャワシャと両手で頭を撫でてくる。

 勢いこそあるが、この不器用な感じは少し、グウェスを思い出すな。

 今頃どうしているんだろうか……


「よし、では我々もやるべきことがあるのでな。

 広いと言っても一つの街、また会う機会もあるだろうさ。ではな!」


 イラルドは騎士たちを引き連れて俺達の向かう先とは反対方向へと向かっていく。

 彼らが向かう先、遠方には大きな城が見える。

 凄い……本当にファンタジーの城だ……


「わぁ……すっごい大きいです……!」

「残念だけれど、私達があそこに行く用事は無いわ。いつかまた、ね」


 城とは反対方向へと歩き出すゼールに俺達も付いて行く。

 ゼールは途中で道の端に寄って、自身の杖に布を被せた。

 なんでも、大きな街に来るたびにこうして杖は隠すんだとか。

 本人は『高価な物だから』と言ってはいたが、イラルドから過去の事情を聞いていたためすんなり納得出来た。


 街の様子はさながら大都会といったところか。

 もちろん、こちらの世界の基準でだが。

 人々の数や活気、建物の数に見たこともない品々の露店。

 何より驚いたのは、魔族の多さだ。

 視界に映る人々のおよそ四分の一程は魔族だろうか?

 冒険者のような出で立ちの者、店を構える者、街人の格好をして日々の生活を営む者等様々だ。


「魔族の人達がこんなに……」

「王都というだけあって、ここに住まう人種は多岐に渡るわ。

 三十年前に起こった人魔大戦、なにも人族と魔族の皆が皆、争いを望んだ訳では無かった。

 最初から和平を望んだ者たちは戦後も互いを受け入れ、従来以上の関係を築けるようにと歩み寄ったわ。ロデナスの王もまた、その一人だったのよ」


 そう言いつつ街を眺めるゼールの目は、どこか物悲しさを漂わせている。

 まだまだゼールの過去は謎だらけだ。

 これは恐らく、触れない方がいいだろうな。

 何か話題を逸らせないだろうか?

 すると、


「スンスン……ハッ! この匂いは!!」


 何かしらのグッドスメルをキャッチしたであろうルコンが急に走り出す。

 元々好奇心旺盛な子ではあるが、ここまで勝手に行動するのは珍しい。

 驚きに顔を見合わせ、慌ててゼールと二人で追いかける。

 見つけた。

 トカゲのような魔族の男が立つ露店の前で尻尾を振っている。


狐族ルナルのお嬢ちゃん、こいつが欲しいのかい? 一枚五銅貨だが、持ち合わせはあるのかい?」

「あっ、えっと――」

「俺が払いますよ。ルコン、急に走り出したら駄目じゃないか」

「おにいちゃん!!」

「イーラスとは違って街も大きく人も多い。迷わないように次から気をつけなさいね」

「は、はい。ごめんなさい……」

「えっと、それで? ルコンが欲しかったのは――」


 露天に並べられた品々に目をやるとそこには、金色の輝きを放つ四角い板のような物があった。

 いや、わかるぞ。

 こいつは、油揚げだ。

 イーラスでルコンが『油揚げが食べたいです!』と口にしていた事から、この世界に存在することは知っていたのだが、イーラスではついぞ見つけることは出来なかった。

 それが今、目の前にある。

 油揚げの他にも、何やら天ぷらのように衣がついた揚げ物らしき物が多く並べられている。

 だがなんだろうか、今世で揚げ物を食べていないのでさっぱり見当がつかない。


「保護者さんと、兄弟?かい? まあなんでもいいさ!

 そっちのお嬢ちゃんはこの油揚げが欲しいみたいなんだが、他にもどうだい? オススメはこのロードキャトル揚げだ!」


 まんまじゃないか、もっと捻れよ。


「あーえっと、とりあえず油揚げだけ貰っておきます。先生もいかがですか?」

「いえ、私は大丈夫よ」

「でしたら油揚げ二枚下さい。合計で一銀貨ですか?」

「はい、毎度あり! 算術も出来て大したもんだねぇ! 汁が滲むから、この包み紙で持って食べてくれよ!」

「わぁぁ〜!! ありがとうございます!」

「落とさないようにね」

「はい! いただきますっ!」


 嬉しそうにルコンが油揚げに齧り付く。

 尻尾はブンブンと、耳はピコピコとひっきりなしに動いている。

 そんなに美味しいのだろうか?

 俺も一口食べてみるが、うーん、日本のうどんに入っている油揚げの様な美味しさは感じないな……やっぱり出汁か?


ふぉいひいれふぅおいしいですぅ〜!!」


 あれ?え?まじ?

 俺が馬鹿舌なんだろうか、そんなに美味しいかな?


「ルコン、俺のも食べる?」

「!! いいんですか!?」

「う、うん。はい、食べかけだけど」

「やったぁ〜!! はむっ……はむ……」


 幸せそうに油揚げを頬張るルコンを見ていると、自分の馬鹿舌疑惑はどうでもよくなってしまう。


「魔族にはそれぞれ種族によって好みの食べ物があると聞くわ。

 草食の者もいれば肉を特に好む者、虫だけを食べる者もいれば、食物ではない岩なんかを食べる者もいるらしいわね」

「はぁ〜、それはまた……」


 遺伝子に刻まれた好物、といったところか。

 ルコン、もとい狐族ルナルはそれが油揚げなのか?

 お狐さん、イナリ好きだもんね。


「はぅぅ……無くなっちゃいましたぁ……」

「また買ってあげるから、今は我慢して」

「二人共、もうすぐこの街のギルドに着くわよ」


 活気ある街を歩くこと三十分。

 ギアサやイーラスで見たギルドとは比べ物にならない程立派な外観のギルドが目に入る。

 過去見てきたギルドはなんていうか、大衆酒場に「冒険者ギルド」と書いた看板を取り付けただけ、といったイメージだった。

 だがこのギルドはどうだ。

 構成素材は石材や木材等変わりはしないが、綺麗に整えられた外観はピカピカと輝くようだ。

 看板も整然とした字で、「冒険者ギルド ロデナス王国本部」と掲げられている。

 比べて言うならば、居酒屋と大手銀行支店くらいの違いか? わかりにくい? 知るか。


 明るく綺麗な内部の構造は今まで見たものと特に変わりなく、中央には冒険者達が集まれるテーブル、左右の壁にはボードが用意され依頼が張り出されている。

 正面を抜けると木製のカウンターがあり、中の受付嬢は十人程、皆忙しそうに書類仕事をこなしている。

 受付嬢の数もだが、冒険者の数もこれまでのギルドとは段違いだ。

 今までは多くても一つのギルドに二十人程だったが、ここには五十人以上はいる。

 しかも、魔族が半数近くを占めている。

 獣人じゅうじん虫頭ちゅうとう翼族よくぞく鍛工族ドワーフ等など、見たこともない種族の者もいる。


 ゼールは真っ直ぐにカウンターへと向かっていき、俺達も離れないように付いて行く。

 子どもの冒険者は珍しいのだろう、横を通る際に視線とヒソヒソと何か囁くのが聞こえる。

 無視だ無視、こういうのは関わらないのが吉とファンタジーでは相場が決まっているんだ。

 それに俺達には『全一オールワン』様が付いてんだ、ボコボコにしちゃうぞ?


「君! そこの、額に角を持つ君だ!」


 はぁ、早速ボコボコにされたい奴が出て来たか……

 そんな物好きはいったい誰だ?

 さあ、ゼール先生! やっちゃって下さい!

 って、こいつは……


 声に振り向いた先には、冒険者のお手本のような軽装に緑のマントを羽織った眼鏡をかけた優男。

 手には身の丈ほどある杖を持ち、先には青い魔石が収まっている。

 そう、ギアサのギルドでゼールに手合わせを吹っかけてきたAランク冒険者のミルゲンだ。


「間違いない、ギアサでゼール殿といた子だね?」

「貴方はたしか、ミルゲンさん、でしたっけ?」

「覚えていてくれたのかい?いや、それよりもまずは謝らせてくれ」


 ミルゲンはそう言うと深々と俺に対して頭を下げた。

 突然の謝罪に困惑してしまう。


「え、ちょ!? やめて下さいよ!」

「すまなかった! ギアサではゼール殿に会うことが出来て気が昂っていたんだ。

 どうしても手合わせをしたく、君に危害を加える真似をしてしまった……許してくれとは言わないが、このとおりだ!」

「おにいちゃん? その人は?」

「どうしたの、ライル?」


 立ち止まった俺に気付いてゼール達が戻って来るが、ミルゲンの顔を見るなり怪訝な表情を浮かべてしまう。


「……いったいどういう状況かしら?」

「ゼール殿、やはりご一緒でしたか。

 ギアサでの一件、ゼール殿には大変なご迷惑をおかけ致しました。そしてこちらの子にも。

 本来であればあの後すぐに謝罪したかったのですが、目が覚めた後には行方は知れず……」


 魔力切れで気を失ったんだったか、そりゃあ仕方ないよな。


「ですが、こうしてお会いすることが出来て本当によかった。ゼール殿にも、改めてお礼とお詫びを」


 ミルゲンはそうしてゼールにも俺にしたように、深々と頭を下げた。

 あまりの誠実なその行動に、ギアサでの一件に対する怒りはとうに消え去ってしまっていた。


「あの、俺はもう気にしてないので頭を上げてください。それにほら、周りが……」


 人目を気にせず頭を下げるミルゲンを見て、周りがざわつき始めた。

 マズイ、これではゼールが杖を隠した意味がない。


「ハァ……私ももう気にしていないわ。謝罪は受け取っておくから、用が済んだならもういいかしら?」

「いえ、一つ頼みがあります」


 なんつーメンタル、はがねタイプか。


「弟子に、して頂けないでしょうか?」

「嫌よ。見ての通りこの子達の面倒で手一杯。

 それに私は弟子は取らない主義よ。

 この子達は例外、それだけのこと」

「そうですか……いえ、そうでしょうね。

 失礼しました。今回ばかりは潔く諦めます。」


 結果は見えていた。

 こいつも懲りないな。


「…………いや、いい機会ね」


 ボソッとゼールが呟く。

 何がいい機会なのだろうか?


「待ちなさい。弟子の件、考えてもいいわ」

「なっ!?」

「本当ですか!?」

「? お弟子さんが増えるんですか?」


 思わず俺も声が出る。

 いったいどういうつもりだ?


「ただし、条件があるわ。ここにいるライルとルコン、二人と模擬戦をして勝てば弟子にしましょう」

「「えぇぇぇぇ!?」」


 今度はルコンと揃って声が出る。

 ミルゲンはこちらを見ながら困惑した表情を浮かべている。


「こ、こんな幼い子達と模擬戦ですか?

 その、申し出はありがたいのですが、私もAランク冒険者です。そちらの勝ち目は薄いかと」

「そんなことは百も承知よ。でも、だからこそね。

 二人とも、初の対魔術士戦、見事勝ってみせなさい」


 スパルタな微笑みをゼールが向けてくる。

 こうして俺とルコンの、初の対魔術士戦が幕を開ける。





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