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第十四話 「慣らし運転」

 三メートルはあろうかという巨体を持つ獣が、大きく咆哮し立ち上がる。

 獅子熊ししぐま

 森や山の奥地に生息するBランク魔獣。

 熊のような身体に獅子の如きたてがみをもつ凶暴な魔獣だ。

 現在俺はこのBランク魔獣と一騎打ちさせられている。

 誰にだって?

 ゼールだ。


『あら、丁度いい相手がいるじゃない。ライル、黒角の杖ノワールケインの試運転も兼ねてアレを倒してみせなさい』


 イーラスを経ち数日、ロデナス王国王都ロディアスへ向かう道中で、たまたま目にした魔獣。

 行く道からは離れた場所でこちらにも気付いていなかったので、スルーは出来た。

 だが、ゼールはそう言った。

 とてもではないが断れる圧ではなかったし、ここで討伐しておけば近隣に被害が出ることも無いだろう。



『遠距離からの三級魔術は禁止とするわ。杖の試運転なのだから、なるべく近距離から中距離で戦いなさい。命の危険が迫れば私が防壁プロテクションを展開してあげるから安心なさい』



 と、こういった流れな訳なのだが……

 近接戦で勝てるのか?コレ

 三メートル近くの巨体に対して、こちらは十歳の約150センチ。

 迫力こそナーロ村を襲った龍に劣るものの、一見すると無謀そのものだ。

 杖を右手に持ち側面に構え、空いた左手は前方に向ける。


 それを合図にするかのように、獅子熊はまっすぐこちらに突っ込んでくる。

 落ち着いて左側にステップしつつ回転し避けながら、その際の遠心力を用いて杖で横腹を殴りつける。


 ボグッッ!っと鈍い音と共に獅子熊がのけぞる。


 杖とは言うが、黒角の杖ノワールケインの本質は刃が無い槍、バトンに近い。

 もちろん魔石を埋め込んである以上杖としての役割も果たす。

 が、打突薙を行いつつその動きに合わせて魔術を発動し敵を翻弄、闘魔の血と人間の器用さを合わせたような戦法を用いれる。

 ゼールには当然半魔の事は話していないが、これまでの過程で俺自身の中途半端な能力を見抜いてコレを用立ててくれるとは……

 本当に頭が上がらないな。


 そんなことを考えている内に獅子熊は体勢を立て直し、二本足で立ち上がる。

 前足を大きく広げて威嚇の姿勢を取ったかと思うと、そのままベアハッグのように飛びかかってくる。


「フッ!」


 大きくその場で跳躍し獣の頭上を取る。

 落下の勢いを杖に乗せ、そのまま後頭部に思い切り振り下ろす。

 あまりの衝撃に獣は正面に倒れ伏す。

 このまま動かなければ楽なんだけど……

 とはいかず、唸り声をあげながら怒りの形相でこちらを振り返る。


(打感はバッチリ、なら後は……)


 四つ足で地を蹴り再び突進して来る獅子熊のルート、丁度俺と獅子熊との間にある魔素溜まり。

 そこに狙いを定めて、タイミングを合わせるように走り出す。

 獅子熊の顔が丁度魔素溜まりに突っ込む瞬間、思い切り杖を突き出し顔面に叩き込む。


 骨が砕けるような、そして水っぽい音が混ざったような不快音が響く。

 突進の凄まじい衝撃と共に嫌な感触が伝わってくるが構う暇はない。

 直撃から間髪入れず術名を口にする。


風槍ウインドランス!」


 コンマ遅れて直撃した杖の先端から術が形成される。

 形成された暴風の槍は杖の先端を起点とし、獣の頭から背中、腰へと真っ直ぐに突き抜ける。


 ビクビクと小刻みに揺れる獣の瞳から光が失われるのを確認して杖を引く。

 正直、直視出来る光景ではないな……

 日本でなら間違いなくモザイクがかけられるだろう。


「Bランク魔獣を相手に完封とは……杖の使いこなしといい、お父さんから棒術でも学んでいたの?」

「え?あーまあ、そんなところです!あはは……」

「おにいちゃん、かっこよかったです!」

「ルコンもありがとう」


 ワシャワシャとルコンの頭を撫でつつ、獅子熊の死体との間に立って視界を阻む。

 こんな子に見せて良い光景ではないだろう。


 と、黒角の杖ノワールケインの使い心地か。

 正直、想像以上に馴染みが良い。

 イーラスを経つ前日とこれまでの数日間で暇があれば練習していたのだが、初の実戦とは思えないほどしっくりと身体に馴染む。

 もちろん、棒術なんて教わってない。

 だが俺の頭には、前世で培った様々なアクション映画やバトル漫画等の知識がある。

 こういった杖の振るい方、魔術と絡めた戦い方は容易に想像がついたのだ。


(これなら……)


 これだけで龍に勝てるとは思えないが、確実に成長し力になっている現状を客観的に捉えると、何か嬉しさのようなものが込み上げてくる。


「とにかく問題は無さそうね。これなら安心して先に進めるわ」

「ロディアスまではあと二週間くらいでしたっけ?」

「えぇ。道中小さな村があった筈だから、そこで寝床を貸してもらえるといいのだけれど」

「村まではあとどれくらいなんですか?」

「もう二日もあれば着くはずよ」




 そうした会話から二日が経った。

 目的の村は、無かった。

 いや、無くなっていた。


「え、え……?なに、これ……」

「これは、まさか……」

「…………」


 焼け焦げ、無造作に砕かれた家々。

 地面には大きな三本線の爪痕と足跡が所々に残り、道端には人であっただろう黒炭が転がっている。

 中には捕食されたように、千切れて欠損した遺体もある。


 全てがあの日のナーロ村と重なる。

 怒りに震え、憎しみが込み上げてくる。


「う、えう、うあぁぁ……ひどいぃぃ……」


 泣き出したルコンの声でハッと我に返る。

 彼女にこんな光景を見せる訳には行かない。


「先生、一旦ここを離れま―」

「止まれ!!何者だ貴様ら!」


 俺の言葉を遮るようにして、村の中から鎧を着た数人の男が現れる。

 日本の鎧ではなくプレートアーマー、西洋甲冑と呼ばれる様なモノに近い銀色の鎧。

 兜はなく、腰に剣を携え、数人は馬車を引いている。


「魔術士に、魔族の子どもが二人……珍しい組み合わせだな」


 男達の中央からリーダーと思しき男がゆっくりと歩み寄ってくる。

 短めの黒髪をかきあげ、顎髭を伸ばしたフットボーラーの様な体格の偉丈夫。

 年齢は四十代半ばといったところだろうか。

 彼の鎧だけは他の者と少し造りが違い、厚めの装甲の所々には装飾のようなものも見て取れる。


「安心してくれ。何もアンタ達を犯人だと思っている訳じゃない。俺はロデナス王国ロディアス騎士団のイラルド・バーキンだ。アンタ達が死体漁りでないというのなら、大人しく身分を明かしてくれると助かる」


 その言葉に敵意は感じられなかった。

 恐らくゼールもそう感じとったのだろう、こちらを一瞥するとゆっくりとその口を開いた。


「私はゼール・アウスロッド、Aランク冒険者よ。こっちの少年はライル・ガースレイ、ナーロ村の出身で、狐族ルナルの少女はルコン、二人共Eランク冒険者よ。私達はロディアスに向かう道中で、今日は宿を取りたかったのだけれど来てみたら、といったところね」

「!ゼール・アウスロッド……それにナーロの出身とは……」


 返答を聞いたイラルドは数秒考え込んだ後に口を開いた。


「ありがとう、その答えで十分だ。それに、ライルといったか。君も辛かったろう、ナーロが龍災に遭ったのは聞いている。既に気付いているかもしれないが、この村も龍災に遭ってしまってな……俺達は生存者の捜索にロディアスから来たんだ」

「お気遣い、どうも……ところで、その、生存者は?」


 イラルドは首を横に振るのみだった。


「もしかしたら俺達が到着するまでに、生き残った村人達がここを離れた可能性はある。少なくとも、村の中には、というだけの話だ」


 そう話すイラルドの顔には悔しさと怒りの感情が見て取れる。

 握った拳は微かに震え、今にも何かに叩きつけたいのを堪えているかのようだ。


「疑いが晴れたのなら、私達は先に行っても?見ての通り、子どもを連れているの。こんな場所に長居はしたくないわ」

「あぁ、これはすまない……確か、ロディアス

 に行くんだったか?よければ俺達の馬車に乗っていかないか?見ての通り、空きはあるんだ」


 そう言ってイラルドは、これみよがしにグイっと親指を立てて馬車を指す。

 どうする、信用できるのか?

 ロディアス騎士団を騙る偽物の可能性も考慮しなくてはならないんじゃないのか?


「そうね、それではお言葉に甘えようかしら」


 ゼールはあっさりと、そう言ってルコンを連れて騎士団の元へ歩いていく。

 いやいやいや、もうちょっと慎重になるシーンなのでは?


「安心なさい。イラルド・バーキンと言えば、人魔大戦終結後の各地での小競り合いを平定するために凡人土を駆け回った英傑よ。その名を騙る無謀は愚者でもしないわ」


 困惑する俺を諭すかのようにゼールは説明する。

 なるほど、ゼールがそう言うのなら心配ないのだろう。


「おっと、あの『全一オールワン』殿にも知って頂けているとは!いや~これはお恥ずかしい!」

「……その呼び名はあまり好かないの。ゼールでいいわ」

「これは失敬、ではゼール殿、そしてライル君にルコン君。王都ロディアスまでは我々が責任を持って送り届けよう!」


 そうして、ロディアスまでの道中はイラルド率いる騎士団の世話になるのであった。



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