少女の内から溢れた魔力は爆発の如き衝撃を生み、隣にいたガートンを弾き飛ばす。
「うおぉぉぉ!? なんだぁ!?」
3mほど弾かれた場所で体勢を立て直し、
『
元から持つ実体ある尾とは別に、体内から漏出した魔力が質量を伴った状態で尾として表面に表れている状態。
尾の増加に伴い戦闘能力が飛躍的に向上される。
個々の才能とポテンシャルにより、徐々に尾の数を増やしいずれは九尾に至る、と言われるが歴代
(バカな!? こんなガキが三本だと!?
どうなってやがる!)
男は驚愕していた。
知識として、自身が扱う
狐族がそういった特徴を持つことも当然知っていた。
だが、これは
(クソッ! これじゃあ買い手に引き渡したところで……それどころか、こいつは……!)
「フウゥゥゥゥ……フウゥゥゥゥ……」
瞳孔は獣のように見開かれ、両手の爪は鋭く伸び、口元からは先程までは無かった大きな犬歯がその姿を見せる。
腰からは、元からあった美しい金色の毛先を黒く染めた一本の尾と、それを挟むように薄紅色の半透明の尾が左右に一本ずつ揺れている。
ふと、少女と目が合う。
「ばっ」
その場に声を置き去りにして、男の体は猛スピードで横合いの木に弾き飛ばされる。
一瞬で距離を詰めた少女が、尾を振るい男の体に叩きつけたのだ。
ぶつかった木はへし折れ、男の体は更に奥へと転がってく。
「ボスゥ!?」
ヒリーがその光景に驚き声を上げ、それに反応し少女の首が動く。
「ヒィッ!? お、おまえらぁ! やっちまえぇ!」
ヒリーの指示に反応して、周囲の男達がそれぞれの武器に手をかけ少女へと距離を詰める。
「ガァァァァァ!!」
獣のような咆哮と共に、少女の尾から薄紅色の炎が舞い踊る。
それは厳密には炎ではなく、実体化した魔力が可視化されたモノ、いわば魔力弾であった。
射出された魔力弾は取り囲む男達の体を容易に弾き飛ばす。
「うがぁ!」
「ぐはぁ!?」
「うげっ!?」
「な、なな、な………」
圧倒的だった。
つい数十秒前まで泣きじゃくるだけだった少女に、荒事慣れした男達が簡単に薙ぎ払われていく。
獣が、男を向く。
「く、来るなっ」
「アァァァァァァ!!」
――――
何だ? どうなってる?
あれが、ルコンなのか?
いや、違う。
アレでは、ただの獣だ。
獣は馬乗りになって、ヒリーを爪でズタズタに引き裂いている。
「ああぁっ! だ、だれか!
いだ、いだいぃぃあがっ……!」
「シャアァァァァ!!」
違う。
あんなものは、ルコンでは
『おにいちゃん!』
歯ぎしりと共に、気づけばルコンへと駆け出していた。
「やめろぉ! ルコン!」
タックルのようにルコンの体を抱きとめる。
ルコンは体のなかでバタバタと暴れ、その力は半魔の体と身体強化を以てしても長く抑えられるようなものではなかった。
「アァァァ! ガァァァ!」
「大丈夫! もう大丈夫だ! 戻ってこい、ルコン!!」
「アァァァ、アァ、おにぃ……、ガァァおに、い……」
「そうだ、俺だ! おにいちゃんだ!
もう大丈夫だルコン、ありがとう、だから、だから戻ってこい!!」
徐々に抵抗は弱まっていった。
それに合わせて優しく頭を撫でて声をかけ続ける。
いつしか抵抗は完全に無くなり、薄紅色の尾はシュウゥゥと音を立てて消え去っていた。
戻った、戻ってきた。
よかった、また、また失ってしまうのかと
「よかった……本当に、本当によかった…………」
さっきまでの姿は嘘のように、腕の中の姿はいつものルコンであった。
今はスヤスヤと寝息を立てて意識を失っている。
ホッと胸を撫で下ろし、優しく、優しくルコンの体を横にする。
まだだ、まだ終わっていない。
「いてぇぇ! いてぇよぉ! クソおぉぉ! ころす、殺す! ぶち殺してやるぁぁ!!」
「
「つぁ!? な!?」
叫び激昂する男をその場に釘付けにし、ゆっくりとその目の前に立つ。
「テメェ、よくもルコンを人質にしたな?」
「ヒッ」
こんなに怒りを覚えたのは初めてだった。
知らない感情に、心が塗りつぶされかける。
人間であった頃には無い感覚だ。
だが、どこか、身を任せてしまいたくもなる。
この衝動に身を任せれば、一体どれほどの。
「オラァ!」
「ぐっ!?」
突然横腹を強く蹴られる。
振り向くとガートンが、自身の左脇腹を押さえて呼吸を荒くして立っていた。
「くそっ、予想外だぜ……まさかこんなガキが、『
いや、そんなことは今はいい。
今はこいつを
「動かないで。全員よ」
重圧がその場を支配する。
指先一本曲げることすら許さぬ絶対の圧力。
視界の先、男達の後方の木々の間から。
『
――――
町へ帰ったのは依頼に出てから三時間程が過ぎてからだった。
何てことはないBランクの魔獣討伐。
自分でなくても、一端の冒険者を名乗るものであれば何ら問題の無い依頼であった。
宿へと戻り、子どもたちが居ないことを確認する。
驚きは無い。
おおかた、依頼をこなしているか森で修行をしているかだろう。
宿を出て、森へと向かう。
子どもたちがいるならば稽古をつけてやり、いないならいないで一人で静かになれる。
そう思い、森が近づいたところで異変に気づく。
(魔力の高鳴り……ライル?)
恐らくは、中級以上の魔術行使による余波。
洗練された者のみが感じ取れる波動。
(まさか……)
脅しはかけている。
来るはずがないと、高を
「舐められたものね」
その一言には、確かな怒りが滲み出てしまっていた。
いや、もはや隠そうとはしていなかった。
視界に映るのは傷ついた二人の教え子と、見覚えのある男達。
震える男達を素通りして教え子に近寄る。
「
傷ついた教え子に下級治癒魔術を施す。
痣だらけの身体はみるみるうちに元の健康体を取り戻す。
「あ、ありがとうございます……」
「いえ……ごめんなさい。また、私の落ち度ね……」
少年の隣で眠るルコンを見つめる。
外傷は無く、スヤスヤと寝息を立てる姿に安堵する。
この意識の失い方は、魔力行使による疲労だろうか?
「あなたはルコンを連れて宿に戻っていなさい」
「で、でも!」
「お願い、ライル」
「ッ、わかり、ました……。先生、お気をつけて」
「えぇ。大丈夫、誰も、あなた達を追わせはしないわ……」
納得はしてくれていないが、少年は渋々と少女を担いで森の外へと向かっていった。
さぁ、やるべきことがある。
「お、『
お、落ち着いてくれ、争う気は無いんだ! まず話を」
「黙りなさい」
一歩前へ。
「伝えていたはず。
追ってくるのは構わない、支払いはたんまりする、とね」
二歩前へ。
「約束よ。お望みの物をあげましょう」
三歩、は無く。
「受けとってちょうだい」
静寂のみがその場に残った。