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第十話 「才覚の片鱗」

 ゼールが言うには、用事の件と旅費を稼ぐのも合わせてイーラスには一ヶ月滞在するとのことだ。

 確かに、ルコンも増えて必要な資金は多いに越したことはないだろう。


 それはそうと、ルコンはどこまで連れていこうか。


「ルコン、住んでたところってどの辺か分かったりする?」

「え〜っと、魔土の方です」


 真反対、それも目的地のアトランティアのその先ときたか。

 ならば家に返してあげるためにもルコンは終点まで一緒に行動したほうがいいだろう。


「ルコン、どこかでおわかれする……?」

「いいや、僕たちも行く先は同じ方向だから一緒に行こう」

「ほんと? おにいちゃん達も魔土の方にいくんですか?」

「そうだよ、色々あってね……言ってなかったけど、旅をしてるのも強くなりに学校に行くためなんだ」

「がっこう……」

「知ってる?」

「うん、お友だちつくって、みんなで勉強したりするとこですよね」


 まあ間違ってはいない。


「ルコンも、行ってみたいな……」


 任せろ、俺はおにいちゃんだ。


「先生、ルコンも学校に通わせてあげられませんか?家族を探す間だけでもいいんです」

「依頼達成時に貴方が受け取る額だけでは無理ね。

 けれど、旅の道中で依頼をこなして自力で貯める分には、なんの問題も無いわ」

「なるほど、その手があったか……あ、でもギルドに冒険者登録しないといけませんよね?

 子どもって出来るんですか?」

「十才以上であれば登録可能よ」

「よし、早速登録に行きます!」

「その前に、貴方には町に滞在中の課題を設けるわ」

「課題、ですか?」

「えぇ。弟子にすると言った以上、貴方を強くする義務があるわ」


 おぉ、そうだった!

 いよいよか、厳しい修行の日々が幕を開けるのだ!



 ----


「えっと、コレだけですか?」

「そうよ。手が空いてる時、依頼をこなしている時も極力コレを続けなさい」


 ゼールから課せられた課題はただ一つ。

 魔力を一定以上の大きさで練り上げ体の表面を回し続ける、というものだった。

 魔力の大きさは最大出力のおよそ20%程、旋回速度も常に一定にキープ。

 はじめこそ、魔力を体の表面で回すという慣れない行為に手間取ったものだが、コツさえ掴めばすぐに習得出来た。


「うぅぅ〜〜ん!!」


 横ではルコンも一緒に同じことをしている。

「おにいちゃんがするならルコンもします!」と言って聞かなかった。

 魔族というだけあり、魔力量は村にいたブラウ達よりも数段多いのだが、魔力操作には不慣れなようだ。

 そもそも、あまり魔力を使ってこなかったのだろう。


「ルコン、無理しなくていいからね」

「だ、だいじょうぶです……! むぅぅぅ!」


 ユルユル〜っとゆっくり魔力が回りだし、パァっと喜びに顔を輝かせている。


「それじゃあ、私が帰ってくるまで今日はそれを続けることね」


 そう言ってゼールは部屋から出ていく。

 冒険者登録は明日以降、今日一日は課題に集中しろと言われてしまった。


 ちょっと、いや、大分拍子抜けだ。

 課題というのだから、中級や上級の魔術を教わって「使いこなしてみせなさい!」なんて言われると思っていた。

 それが、こんな地味な課題とは。


「ハァ〜〜……」

「おにいちゃん?」

「あぁ、ごめんごめん。何でもないよ」


 ヨシヨシと頭を撫でてやると、ルコンは「ンフフ〜♪」と上機嫌だ。

 ルコンの金髪はサラサラと手触りが良く、大きな耳はモフモフとしてずっと触っていたい程だ。

 おっといかんいかん、課題を疎かにしてる場合ではない。

 気を取り直して、魔力に集中する。




 一時間が経った。


「キュゥゥゥ〜〜……」


 横では疲労したルコンがぐったりと寝転がっている。

 どうやら慣れない魔力操作に相当参っているようだ。


 かくいう俺も、正直そろそろ限界だ。

 舐めていた、と言わざるをえない。

 魔力を練って操作するという単純な作業だが、それだけでもある程度の疲労を覚えることなど今より幼い時から知っていたはずだ。


「ハァハァ……クソッ、きっついな……」


 一度休憩しよう。

 水を飲み、仰向けになる。

 確かにキツイのだが、一体これになんの意味があるんだろうか?

 もちろんあのゼールが言うことなのだから、無駄なこととは思わないのだが。


 気合を入れて、もう一度課題に取り組む。

 やるしかないんだ。

 やらなければ、強くなんてなれない。



 ----


「いました! おにいちゃん!」

「よし、でかした!」


 逃げた獲物を路地に追い込む。

 獲物は興奮状態でこちらに牙を向けて唸りをあげる。


 なるべく刺激しないように、慎重に歩を詰め……


「キシャアァァァ!!」

「うおぉ!? 防壁プロテクション!」


 勢いよく飛びかかってきたが防壁に阻まれ、そのままズリズリと地面へ滑り落ちる。


「つかまえた!」


 そんな獲物をルコンが滑り込んで抱きとめる。

 ルコンの腕の中で暴れる獲物は、徐々に落ち着きを取り戻し、終いしまにはゴロゴロと喉を鳴らし始めている。




「はい、迷い猫の保護依頼、確かに完了です!

 お疲れ様でした!」


 ニコニコと愛想の良いお姉さんから報酬を受け取りギルドを後にする。


 ゼールからの課題を言い渡されて一週間。

 俺とルコンは課題をこなしつつ、ギルドに冒険者登録を行い依頼をこなしている。

 登録時のランクは最下のEランク。

 受けられる依頼も、こうした迷い猫の保護等の雑事ばかりだ。


 ルコンは本人に聞いたところ、八歳とのことだった。

 本来ならば冒険者登録は出来ないのだが、なにやら登録時にゼールが係のお姉さんとコソコソ話をして融通を聞かせたようだ。

 ゼールはたまにグレーな甘さを出す時がある、と気づいたのは最近の事だ。


「えへへ! やりましたね、おにいちゃん!」

「あぁ、ルコンが匂いで追ってくれたおかげだよ」

「フフン! いつでも任せてください!」


 そう言って得意げに鼻をならし、大きな尻尾をフリフリと左右に揺らしている。

 さすがは狐、イヌ科なだけはある。

 そんなルコンは、こうしている今も課題の通り魔力を体に巡らせ続けている。

 それは俺も同様だ。


 この一週間で、俺たち二人の魔力操作はかなりスムーズになっている。

 同時に、魔力量も目に見えて増加している。

 ゼール曰く、魔力は幼い頃から如何に使い続け体に慣らすかで、将来のポテンシャルに大きく影響するとのことだ。


 ゼールの教えは合理的かつ実践的だった。

 無駄がなく、意味がある。

 こなすことにより、確実に身につく教えだ。

 つくづく、良い師に巡り会えたのだと実感する。


 そんなゼールはというと、彼女は一人で依頼をこなしている。

 別々で依頼をこなしたほうが効率が良いのと、ランク差が二ランク以上開く場合はパーティーを組めないらしい。

 それは依頼受注も同様で、二ランク以上離れた依頼は受注出来ないとのことだ。


 しかし、イーラスには危険度の高いAランク等の依頼は基本舞い込まず、ゼールは渋々Bランクの魔獣討伐や警護の依頼を請け負っている。


 そんな依頼も毎日ある訳もなく、受注出来るようなものが何も無い日には俺たちの指導にあたってくれた。


 先にいったように、ゼールの教えは合理的かつ実践的だ。

 それゆえに、彼女は無意識にスパルタだった。



「先生!! これはッ!! 死ぬのでは!!??」


 今、俺は死の危機に瀕している。

 他でもない、ゼールの手によってだ。


 今日はゼールの手が空いていたので直接稽古をつけてくれているのだが、その内容とは頭上に展開した防壁の上に落とした岩を支え続ける、というものだった。


 この岩、ゼールによって創り出された5mを超える巨岩である。

 バカなのか?


「防壁を維持し続ければ死にはしないわ。

 ほら、あと五分よ」

「うぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃ!!」


 岩のバランスはゼールによってコントロールされているので、防壁の上から落ちてくるようなことはない。


 彼女曰く、防壁とは戦いにおける基本魔術の一つにして、本人のポテンシャルが最も色濃く反映される魔術だと言う。

 展開速度、強度、同時展開枚数、大きさ、展開時間、これら全てが術者の技量によって左右される。


 確かに、防壁プロテクションの習熟は非常に重要な要素だろう。

 だが、だがしかし。

 もっと他になかったの?


 視界の端ではルコンがアワアワしながら右に左にと駆け回っている。

 ゼールはそんなルコンを時折見つめては、その愛らしさに口角を薄っすらと上げている。

 アホ、目を離すなよ俺が死ぬぞ。


「あっ」


 パリン、と音を立てて防壁にヒビが入る。

 巨岩はそのまま防壁を突き破り、大質量を持って俺を押し潰す。


 なんてことはなく。

 岩はゼールによって空中に停止され、横合いに放り投げられる。


 俺は無様にも尻もちをついて息を荒らげている。

 絶対に、もう、こんな修行はしない。


「息が整ったらもう一度よ」

「……………………」


 地獄が、始まる。


 ----


 あと数日でイーラスを後にする、とゼールは言った。

 どうやら、用事とやらがもうすぐ終わるらしい。

 そんなゼールは、今日はBランクの討伐依頼が舞い込んだらしく、先ほど町の外へ向かってしまった。


 俺とルコンはというと、逆に受注出来る依頼が無かった。

 雑用に近い依頼すら、今日は無かった。


 手持ち無沙汰になった俺とルコンは、先日修行に使った町外れの森へ向かい、各々の課題をこなすことにした。


 そこは、ゼールが巨岩で俺を殺しかけた場所だ。


 俺は防壁の訓練に努めた。

 ゼールがいないと耐久訓練は出来ないので、そんな時は防壁の展開速度を高めることにしている。

 素早く一枚展開し、間髪入れずに別の場所へとまた一枚展開する。

 これを繰り返し行うことで防壁展開のコツを体に馴染ませる。


 ルコンはと言うと、魔族特有の身体能力の高さを活かすべく、身体強化魔術の訓練だ。

 ルコンの成長速度は著しく、出会った数週間前とは比べ物にならない程魔力に馴染んでいた。


 そんな彼女も、高すぎる身体能力に慣れていないせいか、全力疾走をしては「わわわわっ!?」と木に突っ込みかけてを繰り返している。



 数時間が経ち、二人で木陰に座って休憩を取る。


「凄いねルコン。もうかなり速く動けるんじゃない?」

「そうですか? ンフフ、そうだと嬉しいです!」


 ルコンは褒めてあげるとすぐに尻尾をブンブンと振る。

 狐と言うより、犬にみえる。

 ワシャワシャと頭を撫でると、気持ちよさそうにこちらに突き出してくる。


「いいねいいねぇ〜。仲良くデートってかぁ〜?」

「!?」


 突如聞こえてくる不快な声に、慌てて警戒態勢を取る。

 正面の木の後ろから、数人の男がこちらを半円形に囲むようにして姿を現す。

 こいつは……


「このガキか? ヒリー?」


 ヒリーと呼ばれた見覚えのある痩せぎすの男の後ろから、2mはあろうかというスキンヘッドの大柄な男が姿を見せる。

 右手には、身の丈程もある斧を持って。


「そうでさぁボス。 

 こいつらがウチの大事な商品を掠め盗っていったんでさぁ」

「ガキに負けた上に、『全一オールワン』まで一緒にいると聞いたときは何の冗談かと思ったが……こいつは確かにテメェじゃ荷が重いな」


 ボスと呼ばれた男はじっとこちらを睨みつけ、口を開く。


「おい坊主、俺はここらの奴隷商を仕切っているガートンってもんだ。

 先日はウチのもんが世話になったなぁ。

 だが、そんなことは今は目を瞑ろう。

 そこの狐族ルナルを大人しく引き渡せば、こっちも手を引いてやる。

『全一』とは俺達も揉めたくねぇからな。

 悪くねぇ話のはずだぜ?」


 奴隷商……

 こいつら、先生の忠告を無視して俺たちを探してやがったのか。


「悪くない話だって? それこそ冗談だろ。

 手下から先生が言ったことを聞かなかったのか?

 追ってくれば、支払いはたんまりするってな」

「おっと、威勢のいいガキだな! 嫌いじゃねぇぜ!もちろん、聞いてるさ。

 だがなぁ、それで引き下がれる程、そこの狐族ルナルは安くねぇのさ。

 そいつを欲しがる貴族連中は腐る程いやがる。

 それこそ、俺達なんかが一生遊んで暮らせるような大金はたいても構わねぇって言ってな!」


 後ろ目でチラリとルコンを見る。

 ルコンは俺に隠れるようにして、小刻みに震えている。

 きっと、捕まっていた時の恐怖を思い出してしまっているのだろう。


「ルコンを渡す気は無い。

 俺達に手を出せば、先生も黙っていない。

 大人しく帰るのはお前たちの方だ」

「強がっちゃいけねぇなぁ〜?

『全一』は町の外ってのは知ってんだぜぇ〜?」

「そういうことだ。

 さぁ、大人しく狐族ルナルのガキを渡しな」


(クソ、知ってた上で狙ってきたか。どうする? 正面突破か? やれるのか、ルコンを連れた状態で……)


 服の裾を強く握られる感覚がある。

 ルコンが、涙目になりながらこちらを見つめる。



「おにいちゃん……」



 必ず、守る。

 もう、あの時のように。

 失う訳にはいかない。


「合図をしたら、全力で走って町のギルドに向かうんだ。いいね?」

「でも……おにいちゃんは?」

「俺は大丈夫! あいつらはこの前もヤッつけたんだ。今回だって楽勝さ!」

「で、でも……!」

「いいから、わかったね?」


 小声でルコンに囁き、強く肩を握る。

 ルコンだけでもこの場から逃がす。

 こいつ等はここで片付ける。


 こちらの気持ちを汲んだのか、ルコンは涙目になりながらも健気に頷く。


「別れの挨拶は済んだか? とっとと渡してもら……」

「走れッ!!」


 合図を出すと同時に、正面放射状に氷結を放つ。

 ルコンも合図に合わせて駆け出し、町へと向かう。

 氷結で動きを封じられたのはガートンとヒリーを除く者達だけ。

 この二人を捕らえられるとは思っていなかった。

 むしろ、それ以外を捕らえられたのなら御の字だろう。


 風を切り、ナイフが飛来する。

 魔術では弾かず、上半身を捻ってこれを躱す。

 目前には大斧を上段に構えたガートンが迫る。


防壁プロテクション!」


 自身とガートンとの間に壁を展開し、振り下ろされた斧を受け止める。


 バギィ!! と音を立て壁は簡単に砕かれてしまう。


「なっ!?」

「何驚いてんだぁ!? こんなもんで止められるとでも思ったのかぁ!!」


 振り下ろされた斧は地面につくことなく、そのまま横薙ぎに振るわれる。

 しゃがみこんで斧を躱し、ガートンの腹部に目掛けて魔術を放つ。


風撃矢ウインドバリスタ!」


 風性三級魔術。

 風弾エアショットよりも上位の風性魔術。

 魔力で編まれた豪風の矢が、男の腹に突き刺さる。


「ぼっ!?」


 男は衝撃に海老反りしながら靴を滑らせ後退する。


「ハッハァ! やるじゃねえか坊主! 気に入ったぜ! ウチで働く気はねぇか!?」

「!?」


 バカな、効いてない?

 殺すつもりはなかった。

 だが、意識を奪い無力化させる程度の威力は出した筈だ。


 男の衣服が破れ、腹部がキラリと光る。

 破れた衣服の下からは鎖帷子かたびらの様なものが肌を覆っているのが見て取れた。


(アレのせいか……攻撃を加えるなら胴体以外、手足か頭部……)


 考える暇もなく、男は距離を詰め一撃二撃と斧を振るう。


「そっちで、雇ってくれるんじゃ、なかったのか、よ!」


 身を捻って斧を躱し、懐に潜り込んで強化した拳を鳩尾に叩き込む。


「甘えぇ!」


 横薙ぎの拳を躱して、再度距離を取る。


(やはり効かない……おまけに防壁プロテクションも破られる程の膂力……それなら)


「これならどうだぁ!!」


 魔力を練り上げ、両手を正面に突き出し照準を定める。


吹雪ブリザード!」


 風撃矢ウインドバリスタと同階級、水性三級魔術。

 氷結フリーズは地面を起点に対象を凍結させるが、こちらはその名のとおり巻き起こした吹雪に接触した対象の動きを封じる。


「ぐおぉぉぉ!?」


 首から上を守るようにして両手を交差する男だが、その身はみるみるうちに氷に覆われていく。

 首から下が凍りついた頃合いで吹雪を止める。


「ここまでだ。勝負あったな」

「確かに、ここまでだな……」


 気味が悪いほど潔いな。

 そう思うや否や、男はニヤリと笑みを浮かべる。

 まて、ヒリーと呼ばれた男はどこだ?

 まさか


「おっとぉ! 動くんじゃねぇぞお?

 可愛い可愛い妹ちゃんが傷物になっちまうぞぉ?」



 やられた。



 ――――


 少女は全力で駆けた。

 しかし、先刻の鍛錬で疲弊した身は既に十全の運動能力を発揮出来ずにいた。

 後方から迫る男に捕まるのは、時間の問題であった。


「動くなよぉ? 大人しくボスの拘束を解きなぁ。

 さもないと……」

「ご、ごめんなさ……おにいちゃ……」


 後ろ手を掴まれ、首にナイフを当てられて泣きじゃくりながらも、少女は健気に謝り続ける。

 少年はそんな少女を優しく見つめ、その後ヒリーと呼ばれる男を睨みつける。


「クズめ……」


 少年は要求に従ってガートンを含む周囲の男達の拘束を解く。


「よくやったヒリー。

 今度しくじったら首をハネてたとこだ」

「へ、へへ……これでチャラってことで……」


 ヒリーは調子よく少女をガートンに引き渡す。


「テメェら! このガキを縛って連れてくぞ!

『全一』が追ってきた時の交渉材料だ!」

「「「へい!」」」


 指示された男たちが少年の手足を縛り上げる。

 少年は無抵抗のまま男達を睨みつける。


「ムカつくなぁ〜。その目ぇ……」


 ヒリーは少年にゆっくりと近づく。


「うぼぉっ!?」


 無抵抗の少年の腹部に、大振りの右足がめり込む。

 少年は痛みに胃の中の物を吐き出し吐血する。


「おれの! 痛みは! こんな! もんじゃ! なかった! ぞぉ!」


 一回、二回、三回、四回と男は少年に蹴りを叩き込み、その度に少年は痛みにうめき声を漏らす。


「やめて! やめてください! おにいちゃんをいじめないで!」

「おいヒリー! 殺すんじゃねぇぞ!!」

「へへへ……わかってまさぁ。

 ちょいとイラついちまっただけでさぁ」

「おねがい! おねがいします! 

 ルコンが、ルコンがついていきますから!」

「わかってないねぇお嬢ちゃん。

 お嬢ちゃんが付いて来るのは当たり前なんだよぉ」


 そう言って男は振り返り、再度少年を痛めつける。


 この場には、少年を助けられる者はいなかった。


 ――――


 ごめんなさい……ごめんなさい……!

 ルコンが、ルコンがちゃんとにげれなかったから……

 おにいちゃんが、おにいちゃんがぁ……


「だい……じょう……ルコ……」

「まだそんな元気があんのかぁ!? オラぁ!」

「がぁ……!」


 やめて! もうやめてください!

 もうおにいちゃんをいじめないで!


 種火が起こる。

 種火は、小さな火へと変ずる。


「……いちゃ…………る……な」

「ん?」


 火は炎に変わり。

 炎は勢いを増し、内より溢れる。


「そぉら!」

「あがっ……」


 おにいちゃんを……


「おにいちゃんをいじめるなあァァァァ!!!!」



 少女の内で、魔力が爆ぜる。



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