『俺を弟子にして下さい!』
勢いで口をついた言葉。
何となく、答えは見えていた。
「嫌よ。坊やはあくまで私が受けた依頼の護衛対象。危険には晒さないよう努めるけれど、坊やの師になるつもりはないわ」
うん、知ってた。
いや、待てよ。
だったら俺もいっそ……
「でしたら、僕もさっきの人みたいに無理やり〜」
「その時は貴方の両手足を縛り付けて王都まで運ぶしかなくなるわね」
ダメだわ、この人本気だ。
よし、ゼールに対して強行突破は無謀だ。
ライルは賢さのステータスが一上がった!
「ただし、私の行動から坊やが勝手に学ぶのを止めることはしないわ」
そう言ってゼールはスタスタと歩いていく。
なるほど、見て盗めってことか。
現代日本であれば「そんなの古い!」とすぐに炎上してしまうだろうが、ここは違う。
面白い、それならやってやるさ、やらなきゃいけないんだ。
その後俺たちは街の一角にある宿屋へと到着した。
これまたファンタジー世界でよく見かける、何の変哲もない宿屋だった。
ゼールと俺は隣同士の別室にわかれて部屋を借りた。
「何かあれば壁越しで構わないから知らせなさい。
それじゃあ、おやすみ」
クールだ、なんのフラグも感じない。
いやいやサラを亡くした今、同じくらいの年齢のゼールに対してそんな感情は抱けないんだが、だが……
せめて同じ部屋だと思っていたんだ。
だってほら、俺って護衛対象だし。
「ウダウダ言ってもしょうがないか……」
一人ゴチって部屋のベッドへと背中から倒れ込む。
思えば、あの日から三日ぶりのまともな寝床だ。
あと一日はギアサに留まることになるが、そこからはどうするんだろうか?
結局、旅の進路はゼールに任せきりだ。
もしかすると、ギアサを出てからは一ヶ月、はたまたそれ以上は野宿生活なんてこともあり得る。
今日は少しでも休息を取らなくては。
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次の日にはゼールと共に必要な物を買い揃えて、これからの進路について相談した。
ギアサを出てからはそのまま街道を西に進んで、ロデナス王国の王都ロディアスへと向かうことにした。
ロディアスへは少なく見積もっても二ヶ月はかかるという。
道中には小さな村や町があるようなので、物資の補充には事欠かないだろう。
街道は途中で無くなるので盗賊や魔獣等に襲われることもあるという。
まぁ、ゼールがいるからなんの心配も無いだろうけど。
そうして次の日にはあっさりとギアサを後にした。
街道は安全で退屈なほど何も起こらない。
ゼールもこちらから話しかけなければ一言も発さないのでは? と感じさせる程口を開かない。
なので煙たがられない程度に質問を振る。
どうすれば強くなれるのか?
ミルゲンが使っていた魔術は何級だったのか?
『
『全一』と口にした瞬間、これを聞いたのは間違いだったと気づく。
それまで丁寧に答えてくれていたゼールはピクリと眉を動かし
「坊やには関係の無いことよ」
と言って少しだけ早足になる。
やってしまった、ミルゲンへの反応を見ていただろう。
自分を殴りたくなるがやってしまったものはどうしようもない。
少し気まずい空気のまま夜を迎えて眠りにつく。
次の日には何も無かったようにいつものゼールに戻っていた。
それからはなるべく余計なことは口にしないように気をつけながらゼールと旅を続けた。
会話はするが、ゼールの中身については分からないことだらけだ。
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ある日、小さな町の近くまで来たところで十人程の
馬車の窓枠には鉄格子が取り付けられており、周囲の人相も相まってか非常に物々しい雰囲気を醸し出している。
「あれは何でしょう?」
「おそらく、奴隷商ね。それもあれだけの護衛。
彼らでいう
奴隷、か。
この世界では奴隷商がいて、奴隷が当たり前に商品として売買されている。
日本で生きた俺からすればそんなものは受け入れ難いが、ゼールが無関心なところを見るにこの世界では常識なのだろう。
俺がとやかく口を出して揉めることではない。
「たすけてください!」
馬車とすれ違う瞬間、声が聞こえた。
幼い少女の声。
年端もいかぬ少女の、透きとおったか細い声だった。
横に目をやると、格子越しに少女と目が合う。
綺麗な赤い瞳に、金色に輝いて見える髪の毛。
頭には、耳だろうか? 格子でうまくみえないが、大きな動物の耳が見える。
「おねがいします! たすけてくださキャッ!?」
「うるせぇぞ!! 黙ってろ!」
声をあげる少女に対して、馬車の横に付いていた男はムチを振るって脅しをかける。
もちろん助けてあげたい。
だが、おれにはどうすることも
「わぷっ!?」
前を歩いていたはずのゼールの背中にぶつかる。
ゼールは歩みを止め、過ぎゆく馬車を見つめていた。
「ゼールさん?」
「……………………………………」
待つこと五秒。
ゼールは口を開き、意外な言葉を口にした。
「あの子を助けてみせなさい。
そうすれば、坊やを弟子にしてあげるわ」
なんだって?
驚いた。
いや、驚いたのは提案ではなくゼールが少女を助けろと言ったことにだ。
「どうするの? やるの、やらないの?」
「…………やります!」
少し、嬉しかった。
真意は分からないが、ゼールは血も涙もない人間ではなかった。
ただその一点の真実が、嬉しかったのだ。
「殺しは無しよ。極力無効化に努めなさい」
「わかってます。僕だって、殺したくなんかありません」
「……坊やは魔力のコントロールが魔族のわりには比較的上手よ。
威力の調節に意識を集中してみなさい」
「わかりました、やってみます」
深呼吸をして、過ぎ去った男たちを見据える。
不意打ちとはいえ、初の対人戦。
緊張して手汗が滲む。
これから人を傷つけるという事実が重く胸にのしかかる。
切り替えろ、この世界ではこれが当たり前になるんだ。
…………よし。
「
馬車の最後尾、自身に最も近い人物に狙いを定め風の弾丸を撃ち込む。
「ぐへぁ!?」
後頭部に直撃した男はそのまま地面に突っ伏してピクピクと震えている。
こ、殺してないよね?
そんな心配をする時間は与えられなかった。
「なんだ!?」
「敵襲だ!さっきすれ違った奴等だ!」
「絶対に商品を渡すな!」
襲撃に気づいた男達がこちらに殺到する。
来た!
落ち着いて対処しろ、こんなの龍に比べたら何も怖くない。
手を正面の男達の足元へ向けて魔力を飛ばす。
「
着弾した魔力は魔素と結びつき、周囲の地面ごと男達の足を凍りつかせる。
「つぁッ!? なんだぁ!?」
「クソッ! うごけねえぞ!」
「おい押すな!」
どうやら効果は
このまま一人ずつ意識を奪って―
ヒュッと風を切る音と共に、男達の間を縫ってナイフが飛んでくる。
「しまっ」
カンッ!とナイフは音を立てて、突如として俺の目前に現れた薄緑色の壁に弾かれる。
振り返ると、ゼールが人差し指をこちらに向けて防壁を展開してくれていた。
危なかった。
本当に、死んでいたかもしれなかった。
遅れて冷や汗が出てくる。
死というものは唐突に降りかかるものなのだと、改めて痛感する。
「呆けてないで前を見なさい」
言われて意識を正面に戻す。
ナイフを投げてきた者の正体は、一人だけ氷結から逃れた男だった。
周りの男達に比べて少し小柄で痩せぎすな、両の手にナイフを携えた壮年の男。
「いるんだよなぁ〜。
正義感ってやつに突き動かされてぇ、自分に何かが救えるって思い込んでるやつがさぁ〜」
粘着質な、不快感を煽る喋り方。
手の中でナイフをクルクルと回しながら、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。
「だれの差し金だぁ〜?
こいつはよぉ、だいぃぃじな、だいぃぃじな商品なんだよぉ。
そうやすやすとくれてやる訳にはいかねぇなぁ〜」
油断するな、この手のやつは油断を誘って隙をついてくるって相場が決まってる。
まだか? まだ……
突如、男がナイフを真っ直ぐにこちらへ投擲する。
虚をついたであろう一撃に、冷静に対処する。
「
弾丸がナイフを弾く。
弾かれたナイフ越しに、男が消えていることに気づく。
視界に影が降りかかる。
「ヒャアァァ! もらったあ!!」
鋭利な尖端が勢いよく交錯する。
一瞬、一撃であった。
「アッ……アガッ……!」
突き出した掌底は男の鳩尾へと深々と突き刺さり、手からは力無くナイフが落ちる。
グウェスとの体術の成果だ。
約五年間、こんなものとは比べ物にもならない相手と組手をし続けたのだ。
落ち着いて身体強化を施せば、この程度は造作も無い。
男は意識を失い、ダラリとこちらに体を預けるようにして倒れ込む。
「見事よ。よくやったわ」
ゼールはそう言って、ゆっくりと横を通り過ぎ残った男達へと近寄る。
「なんだテメェ! やろうってのか!?」
「フザけたマネしやがって!」
「顔は覚えたぞ!! 絶対にこの借りは……」
男達は突如として黙り込む。
ゼールの直上に掲げられた、煌々と輝く炎を目にして。
「そう。覚えたのなら結構。
ついでに覚えて行きなさい。
私は『
お代は要らないわね?
もちろん、追ってきても結構よ。
その時は、たんまりと支払ってあげる」
男達が息をのむ。
誰一人として口を聞けない。
「分かったのなら行きなさい。
あちらで倒れている男も連れてね」
そう言うと、男達の足元の氷は瞬時に水と溶ける。
慎重に、ゼールを刺激しないように、そそくさと倒れた男を担いで町とは反対方向に男たちは消えていく。
ゼールと俺は揃って馬車へと近づく。
扉へ近づくと、中で少女が怯えているのが伝わってくる。
鍵を壊し、ゆっくりと扉を開ける。
幻想的な程に可憐な少女がそこにいた。
見た目はおよそ七、八歳。
体格も年相応に幼い。
和服をアレンジしたような、踊り子の様な衣装に身を包んでいる。
金色に輝くような髪は短く切りそろえられ、顔の右側だけ少し長くした毛が内側へカールしており、瞳はルビーの様な美しい赤色で、見るものを吸い込んでしまいそうな美しさだ。
何より目を引いたのは、窓からも見えた頭部の耳と、相対して初めて見えた大きな尻尾だ。
尻尾も綺麗な金色で、毛先は少し白く染まっている。
モフモフと音を立てそうな50cmはあろうかという大きさ。
耳は10cm程の大きさでピコピコと前後に動いている。
この毛の感じは……狐か……?
「あ……あ……あの……」
完全に怯えてしまっている。
よし、ここは前世で培った営業スマイルの見せ所だ。
「大丈夫、もう怖くないよ。
怖い男の人達はみんな追い払ったから!
僕はライル。君の名前を教えてくれる?」
「ル……ルコン……です」
「ルコンちゃんだね。
お父さんやお母さんはどこにいるかわかる?」
「わからないです……ずっと、ルコンひとりで……あの人たちにつかまってて……」
「そっか……それじゃあ、お兄さんたちと一緒に来る?」
「へ……?」
目でゼールに合図を送る。
ゼールもどうぞ、と手のひらを向けて応えてくれる。
「こっちのお姉さんもいいってさ! ほら、おいで」
「あ……うん」
恐る恐る、こちらに一歩踏み出す。
少女からすると、小さく、とても大きな一歩だった。
馬車から降りた少女は広がる光景に目を輝かせて、さっきまでの表情が嘘のようだ。
ふと、横のゼールの口角が少し上がっていることに気づいた。
心なしか、目つきもいつもより数段和らいで見える。
あぁ、そうか。
ゼールは、きっと子どもが好きなんだ。
視線にきづいたゼールがこちらを見る。
「まだまだ荒削りだけれど、とりあえずは及第点ね。私はあまり優しくないけれど、強くなりたいのならついてきなさい、
「!?」
あれ、今
「返事は?」
「ッ、はい、師匠!」
「…………師匠はやめてちょうだい」