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第六話 「旅立ち」

 炎が迫る。

 死が迫る。


「ハッッ!?」


 目を覚ますと雲一つ無い青い天井が広がっていた。

 どこだ、外で寝ていたのか?

 悪夢を見ていたのか。



「起きたのね」



 透き通るようで、一本芯が通ったような綺麗な声だった。

 声の方に目を向けると、薄紫の髪を腰まで伸ばした女性がいた。

 二十代後半ほどに見える、とてつもない美女。

 身長は170cm程はあるだろうか、スレンダーな体型で、妙な色気を感じさせる。

 服装は高級そうな白を基調としたローブを羽織り、下は黒のパンツスタイル。

 手には身の丈程もある純白の大きな杖。

 杖の先には透明なガラス玉のようなものが付いており、その内部には赤・青・黃・緑の宝石が円を描くようにして浮かんでいる。


「昨夜は大したものだったわ。

 幼子おさなごとは思えない、高出力の魔術。

 龍の角を切り落としたのも納得ね」


 龍、だと?

 いや、まて、まて。

 そうだ、何で一瞬だろうと忘れていたんだ。

 龍が、村を襲って、


「村は!? 村はどうなって!?

 みんな、みんなも生きてるのか!

 サラが、母さんだってッ」

「少し、落ち着きなさい」


 全身の毛が逆立つ。

 女性から発せられた魔力は、俺の全身を抑えつけて身動き一つ許さない。

 冷や汗が出てくる。

 逆らうな、と本能が訴えかける。


「まずは落ち着いて、お話をしましょう。

 坊や、名前は?」

「…………ライル・ガースレイ」

「そう、貴方が…… 私はゼール・アウスロッド。

 ゼールで構わないわ」

「ゼールさん、村は、どうなったんですか」

「そうね、まずはそこから話しましょうか。 

 龍は逃げたわ。

 左翼は潰したけれど、まさか片翼だけでも飛べるとは思わなかったわ。

 これは私の落ち度ね、ごめんなさい」


 意識を失う前に目にした魔術の正体はゼールだったようだ。

 龍の左翼を簡単に潰す程の威力を誇った魔術の使い手。

 そんな彼女は、自分の非を認め謝罪してくれた。


「村はおおよそ半分以上の家が焼失。

 住人もそれに近い、あるいはそれ以上に亡くなったようね」


 淡々と、ゼールは状況を説明していく。

 感情を感じさせない、氷のような印象を与えてくる。


「ここはどこですか?」

「村から少し離れた場所よ。

 龍が報復に引き返して来たらまた村が巻き込まれるから、距離を取らせてもらったわ。

 坊やは半日ここで寝ていたのよ」


 そんなにも寝ていたのか。

 前回魔力切れを起こした際は六時間だった。

 倍の時間をこんなところで気を失っていたとは。

 その間は、ゼールが側にいてくれたのか?


「その、ありがとうございました。

 貴方のおかげで、助かりました」

「礼なら不要よ。

 私はあの村に用があったし、なによりこうして依頼対象を保護できたのだから」


 依頼対象、だと?

 まさかこの人、グウェスが依頼した俺の同伴者か?


「あ、あの! もしかして、依頼主は」

「グウェス・ガースレイ。貴方の父親のようね。

 改めて、ゼール・アウスロッドよ。

 これからアトラ王国王都アトランティアまで貴方を送り届けることになるわ。よろしくね」


 あまりに突然の出来事に混乱する。

 龍に故郷を焼かれ、友達を殺され、母親を殺された。

 目を覚ますと、知らない女性がいて、さらには「これから旅をしようねよろしく」なんて言ってくる。

 まずは、やらねばならないことがある。


「村に戻ります。母の、遺体を埋葬します」

「そう。好きになさい」


 ゼールはすんなりと受け入れてくれた。

 正直、却下されると思ったのだが。


「その前に、一ついいかしら?」

「? は、はい」

「その額の角、貴方は魔族でいいのね?」

「!?」


 しまった、昨夜の最中に巻いていた帽子が落ちてしまったのか。

 どうする、ゼールはこちらをただの魔族だと思ってるのか?

 それならば魔族で押し通せばなんとかなる。


「そ、そうです。闘魔族です。

 村では怖がられるので角は隠していました」

「闘魔族……確かに特徴とは一致するようね。

 ただ、髪の色が変わるというのは初耳ね」


 どうやら、五歳の時にもそうであったように今回の魔力切れでも髪色が変化してしまったようだ。

 手元に鏡がないので確認が出来ないのが悔やまれる。


「もっと幼いときにも魔力切れを起こして、その時にも髪に変化はあったんです。

 恐らく、今回も同じことかと」

「そういえば、坊やは今いくつなの?」

「今年で十歳です」

「十? 驚いた、その年齢であれだけの魔術を扱えるとはね。

 魔力量も立派な一人前と呼べるだけの量、少々魔力操作はおざなりではあるけれど、その若さならばいくらでも矯正できることか…………」


 ゼールがブツブツと一人の世界へ旅立ってしまった。


「あ、あの……そろそろ村へ向かっても?」

「あら、ごめんなさいね。えぇ、そうしましょう」



 ----


 村の惨状は昼の明るみに晒され、昨晩とは違った地獄を視覚に叩きつけてきた。

 焼け落ちた家々。

 飛び散った血痕。

 恐らくは人であったろう黒炭や、肉塊。


「ウプッッ!?」


 思わず吐き出してしまう。

 嗚咽と、涙が混じり呼吸が荒くなる。

 昨夜の出来事がフラッシュバックし、頭がクラクラする。


「落ち着いて、ゆっくり呼吸なさい」


 ゼールが隣に来て声をかける。

 ゼールもこの惨状には顔をしかめていた。


「すいません、もう大丈夫です……行きましょう」


 向かうのは、自身が気を失った路地。

 サラが焼かれた場所。


 目的地の路地につくと、すぐに分かった。

 道の真ん中に、かろうじて人だとわかる黒い塊が丸くなっていた。


「あっ……くぅぅぅ……!」


 サラとの思い出が蘇る。

 優しく、いつも笑顔で接してくれ、深い愛情を注いでくれた。

 特別何かを教わったわけではなかったが、彼女の存在はグウェスと同じく、この世界での心の支えになっていた。

 溢れる涙を止める事はできなかった。


「お墓を作ってあげるのでしょう。

 どこにするかは決めているの?」

「……家の庭にします。

 家は村から少し離れた場所なので、龍の被害にはあってないかと」


 黒炭を抱きかかえようとすると、足のほうからボロボロと崩れそうになる。

 慎重に、崩れないように、優しく抱き上げる。



 ----


 家は無事だった。

 急いで飛び出したのだろう、玄関は開け放たれたままだった。


 墓は庭の一角、サラがガーデニングしていた花壇の側に作ることにした。

 土性魔術を応用して穴を掘り、埋める。

 墓石も魔術で作り出し、指先から風性魔術の応用で刃を出力し文字を刻む。


『愛しき家族、サラ・ガースレイ ここに眠る』



 家に入り、あらかじめ用意しておいたバッグを背負う。

 ボストンバッグ程の大きさのバッグには、地図やコンパス、少量ではあるが旅の資金に非常食等必要なものが入っている。


「一応聞いておくけれど、父親は待たなくていいのね?」

「はい。父は出稼ぎのついでに依頼を出したので、村が襲われたことを知っても、帰ってこれるのは一週間は先でしょう。

 手紙を残していきます。

 今は両親が残してくれたこれからの未来を糧に成長していくことが、俺にできる最大の親孝行だと思います」

「貴方がいいのなら、構わないわ」

「はい、これからよろしくお願いします」


 ここで出来ることはした。

 グウェスには悪いが、俺は先に行く。

 やることは決まっている。

 成長し、いずれ、龍を討つ。



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