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第二話 「出だし不調」

 あっという間に時は過ぎ、俺は三歳になった。

 髪色は母親譲りのサラサラした黒髪に青の瞳、パーツは父親に似て今からでも成長すれば男前になることが予想出来る。

 そして、額には左右から生える一センチほどの角。

 やはりハーフとして生まれた以上、父グウェスの特徴も出てきている。


 すでに言葉も話せるし、歩くことも出来る。

 二歳を超えたあたりから、俺の行動範囲はグッと広まった。

 両親から話を聞き、文字を習い、違和感がない程度に会話をして情報収集をする。


 正直、全く新しい言語を一から覚えるのはとても大変なのでは? と不安に駆られていたが、転生して脳もスッキリリセットされたからか、はたまたそういう仕様に生まれ変わったのかは不明だが、一年もかければ十分に覚えることは可能だった。


 問題は会話だった。

 両親に違和感を覚えさせることなく、あくまでも幼児として振る舞って会話をする。

 これが大変だった。

 なぜそんな演技をって?


『すいません母さん。この本に書かれていることについてなのですが、イマイチ理解が及ばなくて……詳しく解説して頂けないでしょうか?』


 こんな聞き方をする三歳児がどこにいる。

 俺が親でも不気味に感じる。

 転生した以上、一番に頼れる身近な人物は両親だ。

 その二人に不審感を持たれてしまうことは避けたい。

 なので、あくまでも幼児として接し、遠回りになるが徐々に情報を聞き出すしかなかった。


 だが丸々三年間を情報収集に充てられたのは大きかった。

 家にこの世界についての伝記や歴史について記された本があったのも幸いした。


 時代風景はよく見る転生モノの中世ヨーロッパ風で、いざ来てみると現代日本で暮らした俺には不便でしかない。

 本で見たこの世界の地図は驚くことに、超広大な一枚の大陸のみで成り立っていた。

 その名も『ヴァダル大陸』。

 一枚の大陸のみとは言ったが、世界の北端、北極に位置する場所には小さな島々があるらしい。

 ヴァダル大陸の大きさは、ユーラシア大陸と北アメリカ大陸を合わせたほどの長大さを誇る。

 このヴァダル大陸を包むようにして、外縁に海が広がっている。


 世界史の様な本もあり、これによると二十年前に『人魔大戦』という人族と魔族との戦争が起こったらしい。

 十年に及んだ大戦、その結果は和平という形で終結したようだ。

 終結後は大陸を人族と魔族とで折半、東側が人族の『凡人土はんじんど』、西側が魔族の『魔土まと』に分かれたようだ。

 和平を結んだ後も交流自体は続いており、互いの領土は許可さえあれば行き来が可能で、魔土で暮らす人族や凡人土で暮らす魔族もいるらしい。


 凡人土は主にロデナス王国とアトラ王国の二国が統治している。

 広大な大陸に対して国が極端に少ないのは文明が発達していない影響か、はたまた大戦で何かしらの国が滅びたのだろうか?

 これに対し、魔土側は常に細分化された種族や一部の『魔王』と呼ばれる強者が率いる小国が覇権争いを繰り返しており、終戦後も一定の大きな国は定まっていない。

 大戦の時点では統一されていたようだが、これは一時的に人族という強大な敵を前にしての苦肉の策であったのだろう。

 互いの領土は許可なく横断する事は禁じられているのだが、逆を言えば許可さえあれば国境を渡ることは可能なようだ。


 また、俺にとって最も重要な要素である事。

 そう! 魔術が存在する。

 グウェスが使っていたのも魔術だという。

 魔術の行使には、体に巡る魔力を使い、大気中の魔素に干渉して、現実に起こしたい事象を引き起こすのだという。

 詳しいことは本を読んだだけではサッパリなのだが、存在が分かっただけでも良しとしよう。


 とりあえず、世界観がわかったことと、魔術の存在がハッキリと証明されたことはありがたい。

 まだまだ俺は幼い。

 これからもっと理解を深めればいいさ。


 ----


 さらに歳月は過ぎ、俺は五歳になった。


「ねぇ父さん。俺も魔術を使ってみたい!」

「…………」


 ある昼下がり、庭で農作業をしようとしていた父を呼び止め、懇願する。

 明らかに渋そうな表情だ。

 そんなに嫌なのだろうか?


「ライル。まだお前には早い」

「どうして?」

「魔術ってのは危ないんだ。簡単にいろんなことが出来るが、うまく使えないと危ない目にあう」

「父さんが教えてくれれば大丈夫でしょ?」

「ウッ……」


 ニコッと会心の笑みを浮かべる。

 たじろぐグウェス。

 ここ数年でグウェスが意外にも子煩悩だということは判明している。

 汚いが、愛息子の会心スマイルで瞬殺させてもらおう。


「ハァ……少しだけだぞ?」

「ヤッター! ありがとう!」

「あら、どうしたのライル?

 なにか良いことでもあったの?」


 庭の反対側でガーデニングをしていたサラがこちらに近寄って来ていた。


「あ、あぁ。ライルが魔術を使いたいというからな。少しだけ教えてやろうかと思って」

「そう……」


 グウェスの返答を聞いたサラは、どこか悲しげな表情だ。


「ねぇ、ライル。

 お父さんの言う事をよく聞いて、気を付けてね?」

「? うん、わかったよ!」


 しゃがんで頭を撫でながらサラが言う。

 どうしたのだろうか、魔術を習うと聞いてからのサラの様子が少し変だ。


 魔術の練習は家から少し離れた空き地で行われることになった。

 道中で、俺はグウェスにいくつか質問をしたがあまり実のある返事は得られなかった。

 グウェスは心ここにあらずといった様子だ。

 到着してすぐ、グウェスはこう言った。


「ライル、魔力を感じたことはあるか?」


 ある。

 魔術という存在を知ってから自分でも使おうとした時の事だ。 

 使い方もわからなかったが、ドラゴン◯ールの様に力を溜め込もうとしたときだ。

 風が体を包むような、はたまたシャワーを浴びた時のように雫が肌を這うような、そんな感覚だ。

 その時は何も起こらず失敗に終わってしまったが、謎の疲労感に襲われたのは覚えている。

 それからは将来魔術を使う時のため、日々こっそりと謎の修行を続けている。


「うん! ある! なんかね、体をこう、ブワーッて風が包んでるみたいなの!」

「そうか……なら話は早いな。

 今からその、ブワーッてできるか?」

「? うん!」


 促されるまま魔力を高める。

 全身を風のようなものが包む感覚。


「よし、もういいぞ」


 フッと力を抜いてグウェスを見る。

 見つめ返すその目は、どこか寂しさを帯びている。


「ライルは才能があるな。すごい魔力量だ。

 これならすぐに魔術が使えるぞ」


 ポンポンと頭を撫でられる。

 その手はほんの少し、震えていた。


「いいか? 魔術を使うには、まずは大気中の魔素に干渉して〜……あー、その、魔素っていうのはだな……」


 グウェスが子どもにもわかるように言葉を選んでくれているのが伝わってくる。

 ぶっちゃけ、中身はアラサーサラリーマンなのだから気にせず続けてほしいが。


「魔素っていうのは、空気の中にある魔術を使うために必要な力を持った粉のことだ。

 この魔素は、魔力を目に通せば見えるようになるんだ。

 魔術を使うには、魔力を使ってこの魔素に触れる。

 そして、自分が起こしたい現象をイメージして、現実に呼び込む」


 グウェスはそういって目を閉じ、手を水平にかかげて自身の前方にある岩へと向ける。


岩の槍ストーンランス


 グウェスが呟くと同時に、目前の岩の真下から、槍のように尖った岩が勢いよく突き出した。

 それは元からあった岩を粉々に砕いた後に、まるで最初からそこにあったかのようにそびえ立っている。


「すご……」


 感嘆の声をあげる。

 家の中で普段から目にしているものとは大違いだ。


「いいかライル、これが魔術だ。

 父さんが普段から家の中で使っているのは、あくまでも魔術の応用であって、正しい魔術ではない。

 魔術とは戦うために作り出されたものだ。

 決して安易な考えで使ってはならない、わかったな?」

「大丈夫だよ! それよりも、早く俺も使ってみていい!?」


 グウェスはハァッと一息ついて頷いた。

 もう我慢できなかった。

 早く、早く魔術を使いたい。

 待ち望んだファンタジーだ。


 グウェスが説明した通り魔力を練りあげ、瞳に集中させる。

 視界が徐々に魔力で満たされ、段々と見えていなかったものが映る。

 魔素は小さく黄色い光を放って見えた。

 視界の中で色が濃い場所と薄い場所がある。

 恐らくは密度の問題だろうか。

 とりあえず、少し離れた色の濃い場所に向かって手を向けて言い放つ。


岩の槍ストーンランス!!」


 勢いよく岩の槍が突き出る。

 ことはなかった。

 何も起きない。


「あ、あれ? えと、岩の槍ストーンランス! 岩の槍ストーンランス!!」


 何度唱えても何も起きない。

 それどころか唱える度に、全身を疲労感が襲う。


「ライル、もういい」


 ポンと頭に手を置かれる。

 グウェスは少し安心した顔をしてこちらを見ている。


「やっぱり少し早かったな。また練習しに来よう」


 グウェスはそう言うと俺のことを抱き上げて肩車する。

 正直、疲れた今の俺にとってはありがたかった。

 額からは汗も垂れ落ちてくる。


 悔しい。

 俺はこの世界にきて、ファンタジーのような魔術に触れて、自分もすぐに使えるものだと思っていた。

 漫画やアニメの主人公のように、自分はどこか特別だと勝手に思い込んでいたのだ。

 しかし、現実はそんなに甘くはなかった。


 ----


 その日の夜、夕食を食べ終えて自室からトイレに行く途中で両親の寝室から話し声が聞こえてきた。

 どうやら俺のことのようだ。


「ライルはまだ魔術は使えなかったよ。少し、意地悪な教え方だったけどな」

「そう、それは……よかったのかしらね」

「わからない。

 だが、幼いあの子にはまだ早すぎると俺は思う。

 実際ライルの魔力量は異常だ。

 現時点でB級の魔術師レベルだろう。

 そんなあの子が魔術を使えたらどうなる?

  きっと戦いか、危険な冒険に出るだろう」

「そんな魔力量を? 

 やっぱり、あなたの子なのね。

 魔族のあなたとの子どもだもの、覚悟はしていたわ……」


 なるほど、両親は俺に魔術を使えて欲しくないようだ。

 理由は恐らく俺が半魔族として持って生まれた素質と、その力による危険に巻き込まれることを危惧してのことだろう。


 気持ちは分からなくもない。

 自身の子どもが危険に巻き込まれることを、誰が望む?

 そんな両親の想いはよそに、気になった部分がある。


『ライルはまだ魔術は使えなかったよ。少し、意地悪な教え方だったけどな』


 グウェスは始めから俺に魔術を教える気はなかった?

 いや、ならば断ることは出来たはず。

 ようは教えはするが最良の教え方ではなく、それでマスター出来てしまえばその時は、という考えだったのだろう。


 面白い、やってやるさ。

 俺は必ず魔術を使いこなしてみせる。

 でなければ、転生した意味は無いのだから。


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