燃えた、死んだ。
大切だったもの、ことごとくが簡単に奪い去られた。
望んだ世界は理想と違い。
願った力はこの身に無く。
欲しかったのは退屈しない日々。
夢にまで見たファンタジーを謳歌すること。
しかし、それは叶わず。
どんな場所であろうと、生きる以上は。
そこは厳しく、辛い現実なのだ。
――――
ファンタジーの世界に行きたかった。
生まれた時から父はおらず、女手一つで育ててくれた母は俺が大学を出て二年後に亡くなった。
兄弟や親戚もいないので正真正銘の天涯孤独。
幸いというか、生きるのには苦労していない。
大学を出た後は一般企業に就職。
あっという間に五年が過ぎてアラサーになっていた。
昔から運動も勉強も可もなく不可もなく、器用貧乏にはこなせたので仕事で困る事も少なかった。
ただ、そんな日々は虚しく、退屈でつまらなかった。
『ワンダーミラクルファンタジー! 好評発売中!』
ビルのモニターにデカデカと映されているのは、現在世間を賑わせているゲームの広告であった。
魔法や奇跡が溢れる世界を旅する、夢と希望に満ちた大冒険! というのが謳い文句である。
正直、出来るものならしてみたい。
行けるものなら行ってみたい。
この退屈で、つまらない世界から連れ出して欲しい。
「ただいまっと……誰もいませんがね〜」
一人暮らしのワンルームアパートに帰ってボヤきつつ、撮り溜めていたアニメを消化していく。
昨今の流行りは異世界転生に異世界転移、どれもこれも我らオタク達の願望をそのまま描いた様な作品ばかりだ。
「生まれた時から最強ね……いいなぁ〜俺もそんな風になってみたいよ……」
今見ているのは、主人公が転生したら最強の力を持っていた、というあるある転生ものだ。
だがやっぱり面白い。
そうだな、俺も転生したら最強になりたいよ。
「あ、ビール無いじゃん……」
明日は休みなので、今晩はビールでも飲んで夜更かしアニメと思っていたのに。
しゃーない、買いに行くか。
外の空気は少し肌寒く、半袖一枚は失敗だったとすぐに思い知らされた。
近くのコンビニまで行くだけだと油断したなぁ。
「ちょ、まじ!? めっちゃウケるんだけど!」
「マジマジ! ホラこれ見てみ!」
目の前の横断歩道に、ギャル二人がスマホを見ながら爆笑かましつつ侵入してくる。
良いよなぁ、楽しそうで。
なんてボケッと突っ立っている視界に入ったのは、歩行者信号の赤色であった。
元々交通量の少ない道ではあったが、偶然というか必然というか、トラックがギャル目掛けて突っ込んで行く。
「待て待てめっちゃ見た事ある展開だけどてか危な――」
わけわからん早口を口走りつつギャルを助けようと歩道に踏み入った瞬間。
トラックの運ちゃんはギャルを避けるべく、ハンドルを勢い良く切った。
俺の方に。
直進からの右45度急転換。
「は?」
あ、待って。
死んだわ。
頼む頼む、次こそはファンタジーの世界に……てかこのまま転生させてくれ!! いや待って撮り溜めたアニメの続きがそういやまだ、てかデスクトップの『お気に入り』ファイルは消さなきゃマズ――
そうして呆気なく、退屈な現世から俺という人間の命が消えた。