【幕説】「お嬢は恋に疎いらしい」
潮凪玲奈は皆が欲しいと思うもの、願うものの
「また、潮凪さん物理で満点だってよ…」
「やっぱ、あの人って天才なんだなぁ。余りに凄過ぎて逆に恐怖なんだが」
学年首位を維持し続ける成績を持つ優秀でありながら
「潮凪さん、今日も告白されたんだって!」
「やっぱ、人気なんだなぁ。女子の私でも好きになっちゃうもん」
様々な事務所にもスカウトされる容姿端麗さと人気を兼ね備え
「潮凪さん、また点を決めちゃったよ…。カッコイイなぁ」
「本当、あの人何でも出来るよなぁ。苦手なもの聞いたことないぞ」
やらせたら何でも出来てしまうその素質は嫉妬を越して感嘆してしまう。
それが「潮凪ぐるーぷ」の令嬢である潮凪玲奈という存在だった。
「お嬢、おはようございます」
「えぇ、おはよう。今日の夕日も素晴らしい眺めね」
「そうですね。まるでお嬢のように輝いていますよ」
それは比喩などではない。綺麗な黒色の長髪を靡きながら
ルビーのように赤の瞳を添えた姿を見ればその意味も納得するだろう。
「お嬢は最近になって悩みなどあったら申し下さいね」
「えぇ、お気遣いありがとう。でも、今は大丈夫よ」
「悩みを持つことなく過ごしてるのは素晴らしいことですよ」
「えぇ。でも、気になることがあるの」
「気になること…ですか。お嬢の気になることとは何なのでしょう?」
そう質問するとお嬢はカップを置いて軽く溜息を吐いた。
「最近、放課後になって色々と用事があると言ってたわよね?」
「…そうですね。所用なのでお嬢とは全く関係のないことなのですが」
もし、それでお嬢の気になることとなってしまってたら本末転倒。
俺はお嬢にそういう感情を抱かせてしまった責任を取らなければならない。
「大丈夫よ。別にそんなことで怒らないから言ってみなさい」
冷静ながらも微笑みを添えたお嬢は再びカップを手に取った。
「執事の面倒を見るのも私の責務よ?改善出来るならするべきでしょう?」
凛とした顔で紅茶を啜るお嬢に俺は失礼と自覚しつつ恐る恐る声を上げた。
「で、では_。…最近になってその_数名の異性に告白されまし_」
そう言った瞬間、カチャンと音を立ててお嬢の持っていたカップが割れた。
「お、お嬢!ど、どうなされました!?その、怪我は…」
「べ、別に大丈夫よ。これは私の不注意だったし。…気にしないで」
俺は別の召使と共に割れた破片などを片付けながらお嬢の言葉を待った。
「そ、それで…貴方は_その告白の返事は_ちゃんと断ったの?」
「勿論です。俺にはお嬢に仕えることを生き甲斐としてますので」
「ねぇ…ちゃんと真正面で断ったのよね?嘘じゃない、わよね?」
「当たり前です。どうしてお嬢に嘘を言わなければならないんですか?」
「そ、そうよね_。な、なら良いのよ。えぇ」
そういうと別の召使の持ってきたカップを再び口にし
「後は…そうですね。俺なんかには勿体無い女性ばかりでしたし」
その瞬間、またお嬢がカップを落とされた。
「お、お嬢!ほ、本当に大丈夫ですか?その_」
「え、えぇ。何度も申し訳ないと思ってるわ。その…ごめんなさい」
「気を付けて下さいね。お嬢の使われてるものはどれも高いんですよ?」
先程割ったカップと今割れたカップで数十万前後はあったはずだ。
「…そ、それにしても_そう、そうだったのね。」
紅茶の追加をお願い出来る?というお嬢の頼みに対し俺は即座に行動する。
割れた欠片集めに気を取られて本来の執務を忘れてしまうなんて_!
「お嬢の手を借りてしまって申し訳ありません。俺の配慮不足でした」
「べ、別に大丈夫よ。…それに貴方は私の質問に答えてくれてたのだし」
なんて優しいことなのだろう?俺はお嬢の態度に素直に感銘を受けた。
「ところで、その_告白されたのはその日だけなのよね?」
「直近なら…そうですね。2回告白されたのは同じ日なので」
「そ、そう。なら、良いんだけ_ちょっと待って。直近ってどういうこと?」
「7日より前も入れるのなら数十回前後だと思われ_」
「す、数十回…!そ、そんな…で、でも_普段は私の付近に_居るわよね?」
「そうですね。具体的には靴箱や後ろの棚などに告白の手紙が_」
「チッ…!隣に居ると思って油断してた所為で其処まで警戒してなかった_!」
悔やんだ顔を見せる辺り俺はやはり失態を犯してしまったのだろう。
「貴方は恋愛をしてみたいと思うの?」
「…それは考えたこともなかったですね。俺にとってはお嬢だけで十分過ぎるので」
「そ、そう。じゃあ、私を抜きに考えたらどう?」
「…お嬢抜きなど考えにもなかったもので_。そう、ですね」
「えぇ。別に私の提示してる条件なのだから素直に答えて欲しいわ」
「…先程、申した通り俺には勿体無い方ばかりなので交際を考えてるでしょうか?」
「私、どんなことがあっても絶対に貴方の前から居なくならないから」
「寧ろ、居なくなられたら俺が困るのでそうしてください」
「えぇ。貴方の為にも常に側に居続けるようにするわ」
「(…俺の意思を汲み取ってくれてるはずなのに_無駄な圧を感じるんだが)」
変な風に汲み取ってしまったことに猛省しているとお嬢は話題を変えた。
「そ、そういえば…。先日のあった期末考査で3位だったそうじゃない」
「そう、ですね_。お嬢に全く届き得ない成績で申し訳ありませんでした」
今回は期末考査だったがお嬢は全ての教科で満点を叩き出し歴代最高点数。
正に「潮凪ぐるーぷ」の名に恥じぬ素晴らしい成績と言えるだろう。
それに対し俺はどうだ?どの教科でも恥と言える程の点を落としてしまった。
勿論、俺如きの実力でお嬢に届くとは到底考えてないし俺という存在は
凡人そのものだと自覚している。それでもお嬢に仕える以上、必ずや
外面として見られた時に俺の所為でお嬢に泥を塗ることを考えると言語道断だ。
「(だから俺は…必ずやお嬢の次の位置でなければならないのに_)」
今回は3位と反省のみの結果で散ったものの次は必ずや。と向上心に燃える隣で_
♦︎
「(もっと勉強せずに普通で居れば良いのよ…)」
側で考え込んでいる私の執事であり幼馴染の秀を見てそう思う。
秀は本当に優秀な執事と言える。彼は執事の休息中に勉強を怠らず常に学年上位。
その成績を維持しながら体育の授業でも毎回のように活躍している。
「本田くん、大変なのに毎回テストで上位って頭良すぎでしょ…」
「俺の取り柄は勉強だけですし勉強も頑張らないと駄目なんです」
と自慢することをせず寧ろ謙遜し他人にも教えるのもあって頼られている。
「本田くん、あんなに離されてたのに逆転しちゃった!」
「やっぱ、お前は最強の切り札だわ!」
「俺の頑張り以上に皆の手助けあって得たものであって俺は何もしてないですよ」
勉強だけと彼は言うけどそんなの彼だけでスポーツも凄く出来る。
その証拠に中学時代は陸上や水泳などで全国大会にも出ているのだ。
「なぁ、そろそろ陸上入ろう?お前が来れば全国出場間違いないんだよ!」
「それよりも水泳でしょ?本田くんの泳ぎさえあれば全国優勝出来るもの!」
「何を言ってんだ?秀はバスケの天才なんだし勿論、バスケ部だよな?」
と毎日のように勧誘されている。それでも入ることはせずあくまでヘルプのみ。
それも最近は収集が尽かなくなるからと数を減らしている。彼としては
「頼まれることは有難いことですが俺はお嬢の執事としての責務がありますので」
とあくまで執事としての責務を1番としているようだった。
♦︎
最初こそ、それで良いと黙っていたが彼のファンの所為で半ば逆効果だった。
彼のファンが学年問わず居るのは周知の事実だが彼が自分の才能を殺してでも
執事として仕えることの忠誠心に惹かれたらしく段々とその規模が拡大していた。
私としては別に才能を殺してる訳じゃないのだがそんなのはお構いなしらしい。
そうして彼の良さが広まった結果、彼を狙う泥棒猫は増えていくばかり。
最初こそ直接告白で挑戦していたから隣に置くことでその危険を回避していたが
学習したのか手紙など別の手を使っていた。本当に困ったものだ。
「(私が席を外した瞬間に狙ってくるし…本当に気が置けないんだから)」
彼を最初に好きになったのは間違いなくこの私。それは絶対であり紛れもない事実。
なのにそれを横目にスペックに惹かれた泥棒猫が寄ってくるなんて許せる訳がない。
「私の方がずっと、ずうっっっっっと前から好きだったのよ!」
と口外しても良いくらいだ。と言うより最近はそうするべきだと思い始めた。
♦︎
私は告白こそしてないものの彼、本田秀のことはずっと好きだった。
初めて出会いは6歳の時で孤児院に居た彼を拾ったのが始まりだった。
両親は既に他界していたのを後から知った。
当時の私は彼に対しての好意は全くなく言うならば趣味
当時の私は欲しいものを欲しいままに生きていたのもあって多少強欲だった。
そうして得た程度で終わるはずだった。でも、彼は違った。
「そうやって自分の欲を露わにするのは辞めておくべきですよ、お嬢」
「人参も食べれないようじゃ大人になった時に笑われますよ?お嬢」
と私に小言を言ってくるのだ。当時の私は従う気すらなかったし寧ろ失礼だと思った。
彼を拾ったのは私なのだから彼の立場は私よりも下なのだと疑わなかったから。
でも、その印象を変えたのは_変わったのは_
お父さんが招待された食事会に同行した時のある出来事だった。
その頃の秀はお父さんに優秀さを買われて私の賛成を得ずに専属の執事となった。
そんなものだから私は不機嫌でしかなかった。実際,その日も小言を言うばかり。
「お嬢、今日の食事会は萩様の大事な会なのでちゃんと律してくださいね?」
「…そんなこと、貴方に言われなくても分かってるわ。わざわざ言わないで」
と相変わらずの内容に私も呆れながらそう答える。
「分かりました。俺は常に側に居るので困ったことがあれば申してください」
「困ったことなんて起きるはずもないでしょう?側に居なくても結構よ」
秀に頼るのがどうしても癪だった私は秀不在で食事会へと向かったのだった。
それから会場へと向かったがまだ幼い私にとっては暇でしかなかった。
大人が話している内容も理解出来ないしお父さんも色々な人と喋るしで
私に付き合ってくれる時間などなかった。
そんな状況など私にとっては退屈で退屈で…仕方なかったのだ。だから_
「(此処のセキュリティも大したことないのね)」
私は会場を出た。扉付近には黒服の人が居たが私を見ても黙ったままだった。
外に出た瞬間、今まで感じていた空気感から解放されて清々しかった。
「(どうせお父さんも気付かないんだし2時間程度潰して戻れば大丈夫)」
そう自分に言い聞かせて私は探索することにした。そうして_
「…此処は_何処なの?」
探索している内に気付けば人の気配も感じられない場所に来てしまった。
「迷った」その単語が頭を掠め_慌てて頭を振った。
「(ま、迷う訳ないじゃない。適当に歩けばすぐに戻れるんだから)」
そうして歩き続け完全に迷ってしまった。
「そ、そんな_。で、でも_わ、私」
何処を歩いても同じような景色が並ぶばかりで何処に行け_。
「パタン」
そんな音が後方で鳴り恐る恐る振り返るが…誰も居なかった。
「だ、誰?い、居るなら返事しなさい、よ…!」
確認の為に音が鳴った方へと向かうが音が鳴った原因らしきものはなかった。
「(な、何もなかったじゃない…。驚かせないでよ)」
あの音は自分の聞き間違いだったのだとそう安堵し
「お嬢?」
「お、お化けぇええええ!!????」
私は思わずそう叫び…叫び…。
「しゅ、秀…?」
「そうですよ、お嬢。後、俺はまだ死んでませんよ?立派な人間です」
呆れたような表情で秀が其処に立っていた。
「振り返った瞬間に人が立っていたら、あ、焦るでしょ!」
驚いたのは私じゃない。秀の所為だ。秀が私の後ろに立ってただけで…。
「お嬢はどうして此処へ?」
「わ、私は探検に来てたのよ…えぇ。…秀こそどうして、居るの?」
「俺は用事を頼まれてたので。では、済ませる為にも先に行きますね」
お嬢も滅多にない機会ですし楽しんでください。そう去ろうとする秀を_
「このまま去る訳じゃないわよね?」
「…?お嬢は探検に来てたのでは?こういう雰囲気、唆られますし」
「そうだけど…。そ、そうよ!秀も私に同行しなさい。暇でしょう?」
「ですから俺は用事がありますので…。それに別に側に居なくても_」
「この状況を察することが出来ない人じゃないと思うんだけど…」
「…そうですね。今の状況を見るにお嬢の側に仕えた方が良さそうです」
「それ以上は言わないで。何か言ったらお父さんに報告するから」
そうして呆れ顔をした秀に元の場所へと連れて帰って貰ったのだった。
♦︎
「(…思い出してもあの時の秀の顔は今でも腹立つわね)」
本当に理解出来なさそうな顔だったのだが尚更腹立つし。
私はあの時から秀を対等に見るようになったがキッカケは最悪で。
「(それが…今では好きになるなんて…私も落魄れたものね)」
まぁ、別に今の秀は昔に比べて丸くなった(と言うよりし過ぎてる)
そのお陰で無駄に外部の泥棒猫に狙われる始末で何とも言えないけど。
兎に角、彼の本質を知らない新参者に譲る訳ないしさせてはいけない。
欲しいものを欲しいままの手に入れてきたのは事実だ。
それでも秀だけはどうしても駄目だった。どんな状況でも彼は私の執事で
私の恋人になってくれなかった。それでも私は欲しかった。
他の物を彼だけは絶対に譲る訳にはいかなかった。
だから、私は強欲で居る。全部、持ってるなんて人に揶揄されても
本当に…心の底から…欲しいと思ったものだけは未だ手に入れてないのだから。
♦︎
「(後は…そうね。対処を考えないと行けないわね)」
今までのように秀を隣に置くだけの対策じゃ通用しない。
だからと言って秀を拘束し続けるのは私のメンツ的にもナシだ。
「(何が良い策はないかしら?)」
漫画で得た知識は役に立たないと秀に言われてるからそれ以外の方法で…。
「(…何も思い付かない)」
恋愛をしたことがないのだから当然と言えば当然だけど…。
どうすれば秀にバレずに秀の周りの泥棒猫を始末出来るのか?その結果_
「お嬢、聞きたいこととは?」
絶対に聞く相手が間違っていることは分かっているものの私は聞くしかなかった。
「…最近の告白の仕方ってどういうのが多いのかしら?」
「お嬢にも好きな人が出来たんですか?」
「ち、違うわよ!高校生なのだしそういう見聞を知るのも大事だと思うのよ」
「成程。とは言っても初手で告白は論外なので距離を詰めることが大事ですね」
「そうなの?好きになったら告白するものだと思ってたわ」
「相手との距離を段々と詰めて行って最終的に告白するんです」
「…私と秀みたいな関係ってこと?」
「それを例に挙げるのは少し違いますがその距離感で大体は合ってると思います」
「でも、秀は好きな人が居ないんでしょ?」
「まぁ。別に恋愛は学生の間ではしなくても良いと思ってるので」
その言葉が事実なら私は気兼ねなく過ごせる。告白しても振るのだから。
「後は…そうですね。助言と言うか勘違いさせるような行為は慎むべきですよ」
軽く会釈をして俺は部屋を出た。
「(…急に恋愛話をするから焦ったんだけど)」
好意を気付いてるのかもしれないと焦ったが杞憂で良かった。
とは言え、人を勘違いさせるような言動は本当に止めて欲しいものだ。
お嬢は時々、色々と
全国の男子はこういったことですぐに勘違いしてしまう生き物なのだから。
俺も危うく勘違いしてしまうところで本当にギリギリだったのだ。
「(お嬢も遂に恋愛に興味を持ち始めたか…)」
嬉しいような悲しいような複雑な気持ちを抱えて俺は部屋に戻る。
俺はお嬢に仕えるべき存在だであって決して対等な関係じゃないのだ。
仮にお嬢のお父様にお嬢に対する好意を知られでもしたらまず消される。
「(お父様は大の付くほど娘を溺愛しているのを聞いているし尚更だ)」
前にお嬢に嫌われた際は3日も寝込んでしまう重症だったと聞いている。
そんなことを知っておきながら好意なんて指し向け出来るはずもないし
そういう関係になるなんて言語道断だと自覚している。だからこそ、
あくまでもお嬢の魅惑ある行動は全て俺の勘違いなのだと言い聞かせている。
でも、俺はそれが出来るように精神を鍛えて欲求を叩き潰してきたのだ。
俺は潮凪家に仕えるべき存在であり護るべき立場なのを見失ってはならない。
「(今度、お嬢にちゃんと注意をしとこう)」
出来るだけ過激なことはしないようにしてくださいね、と。