「お、ちゃんと来ましたか。魔王様」
「ッ!魔王さんっ!」
砂浜まで行くと、そこには言っていた通りディザベルとえなが居た。
……ッ!!えな……!!
「やはり、魔王様は昨日の様な服装より、いつものそのローブ姿の方がお似合いですよ。」
「ふっ、そんな事今はどうでも良いだろう。貴様、えなに何かしていないだろうな?」
していたらどうなるか――
我はディザベルを睨むと、左手を上げてその上に魔力の塊を具現化させる。
が、昨日の事で我を下に見ているのか全く怯まず、
「魔王様?今それをこちらに投げればこの女も無事ではありませんよ?」
笑顔でそう言って来た。
「わ、分かっている。我も本当に攻撃するつもりはない。例え戦っても今の我だと貴様には勝てないだろう」
――そう、あるひとつの方法を除けば。
「賢明ですね魔王様。その通りです。」
クッ……いちいち癪に触る言い方をしてくるのではない……ッ
「そんな事よりもだ、今すぐえなをこちら側へ渡せ」
「分かっていますよ。約束の通りちゃんと来ましたからね。――ほら、行きなさい」
「は、はい……!」
そうしてディザベルの隣からえなは少しづつこちらへ歩み出し、段々とスピードが上がると最後には――
「魔王さぁんっ!!」
「えな……!!」
えなは涙を流しながら我に抱きついて来た。
「えな……!無事で良かった……!」
「魔王さん……!本当に……本当に不安で……私――もし魔王さんが来なかったらって……うぅ……」
「えな……本当にすまない、我のせいでこんな事に巻き込んでしまって……!本当にすまない……!」
「はぁ……ほら魔王様?約束通りこちらへ来て下さい。帰りますよ」
「……ッ!!」
「魔王さん……?」
「あぁ、すまなかったな、えな」
――だが、えながこちらに返されたという事は、そう言う事なのだ。
そうして我はえなを抱き締める左手を緩めると、ディザベルの方を向く。
「さぁ、帰りましょう。貴方の手下が待っています。」
そしてそこで我は――
「
我は時を止めた。
「はぁ……本当にすまぬなディザベル。悪く思うでないぞ。」
まるで石像の様に固まったディザベルに対し、そう呟く我。さらに、
「
世界に直接関与する事の出来る史上最強の魔法、
そう、これが昨日ディザベルの言っていた唯一我がディザベルに勝つ方法なのだ。
簡単に言えば、「ディザベルという魔族がこの世界に生きている」という事象を変更する。
これを「ディザベルという魔族は元々存在しなかった」そう変えれば我以外のこの世に生きる生き物は全てディザベルに関する記憶は消える。
そして、これに関しては魔力で防御をする事も叶わない。
おそらく、昨日ディザベルが「我はこの方法を使えない」と言ったのは我が部下を消す勇気が無いからだと思われていたからだろうが――――我、大切な女の為ならそんな事ごとき、余裕で出来る。
「では、さらばだディザベル」
そうして我は「ディザベルという魔族は元々存在しなかった」そう念じ、世界を変更――――
「やめて下さい魔王さんっ!!!!」
「な……ッ!?」
しようとした瞬間、なんとえなが涙目で我を止めて来た。
って、な、なぜ今えなが――いや、我以外の者が動ける……!?
「……ッ!!」
しかし、そこですぐに理解する。えなは我が時間を止める寸前、我に触れていた。だから我と
「や、やめろえな!!こうしないと我とえなが共に生きる道は――」
「でもそれをしてしまったら魔王さん、またひとり殺してしまうんですよ!?!?」
「……ッ!!!な、何故分かる……?」
「分かります……このまま魔王さんにそれをさせてしまうと目の前に居るディザベルさんは死んでしまうって……!!」
「だ、だが……!!」
しかし、そう我がえなに対して意識を移らせてしまったせいであろう事か、時間が進み始めてしまった。
「……ッ!!」
「し、しまった……!!」
そして、魔力の流れなどで今時間が止まっていた事をディザベルはすぐに理解する。
「魔王様、貴方、今時間を止めましたね?」
「……ッ」
「そしてそれは要するにあの方法で私を消そうとしたという事――」
「はぁ……本当に失望しましたよ。私はこの女に危害は加えなかった。ですが、魔王様が条件を守ろうとしないとは」
「という事は、私ももう約束を守る必要は無いですよね?」
「……ッ!さ、させるか……ッ!!えなにだけは絶対に危害は加えさせんッ!!」
「ふっ、片腕を失った貴方に、今なにが出来るというのですか?」
「残念ですが、これから私はその女を殺して貴方を連れて帰る……ッ!!」
すると、そうしてディザベルは両手を上げ、昨日よりも魔力の込められた槍を具現化させると、
「貫きなさい、グングニルッ!!!」
とんでもないスピードでえなに向かってその槍を投げた。――って、!?
クッ……!!それだけ魔力の詰まった槍を今の我では打ち消す事は出来ん……!!
それにその速度――当然えなが避ける事も……!!
ダメだ……ッ!!!絶対えなにだけは危害は……ッ!!
「くあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ただただ、がむしゃらにえなの前に身体を投げ出した。ただただ、えなを守りたい。その気持ちだけだった。
「うぐっ……!?!?」
ヘソ辺りに強烈な痛みが走る。
その瞬間、我は地面へと倒れた。
「ぁあ…………」
「ま、魔王さん……?……ッ!?魔王さん!?」
あぁ……やって、しまった……
腹からどんどん血が流れていくのが分かる。
「ふ、!?ふはははははは!!――嘘でしょう?魔王様?まさかそんな女ひとりに世界の頂点、魔王が身体を――命を投げ出すとは思いませんでしたよ」
「はぁ……はぁ……言っただろう……?えなにだけは絶対、危害は加えさせんと……」
「うぅ……!魔王さんっ!!魔王さん……!!」
「はぁ……――――もう良いです。心底ガッカリしましたよ。貴方には。そんな愚かな魔王に私たちの世界の頂点なんてとても任せられない。では、私は帰りますので、では。」
そうしてディザベルはそのまま魔力の光の中へ消えていった。
ふ、ふはは……どうだ……?我が退けてやったぞ。
「どう、だえな……追い返したぞ……」
「はい……」
「まぁ?我はま、王……当然、だな……」
「はい……」
「ん?どうし、た、えな……?なぜ、泣いている……?」
「だって魔王さん……お腹……!!」
「ぁあ……すまぬな……だが、大丈夫だ……我は魔王だぞ……?」
そうして我は魔族特有の鋭い八重歯を口から覗かせるとニヤリと笑い、我の隣で泣くえなの頭を優しく撫でる。
しかし、対してえなは泣き止むどころか更に声を大きく、喉を詰まらせながら涙を流し続けた。
あぁ……我は大切な女ひとりも泣き止ませる事は出来ぬのか……情けない魔王だ、
――だが、そんな我も最後にひとつだけ、、願いがあった。
「なぁ……えな、」
「な、なんですか魔王さん……?」
「我は……えなの事が大好きだ――えなは、我の事――」
「大好きに決まってるじゃないですか!!!」
そうしてえなは我の事をぎゅっと抱きしめてくる。
それに我は自らの血で真っ赤に染まった左手で抱きしめ返した。
「本当、か……?我……こんなに迷惑かけて――」
「そんな事無いですよ……っ!!初めて会った時だって、春丘テーマパークの時だって助けてくれたじゃないですかっ!!私、魔王さんよりもかっこいい人なんて――あり得ない!!!」
「……ッ、」
ふはは……そこまで思ってくれているなんてな……こんな時だと言うのに今までで一番幸せだぞ。
「じゃあ、えな……我と、キスをしてくれぬか……?」
「はい……何度だって……っっっ!!」
そうしてえなは我の顔に近づくと、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらも初めて会った時見たのと変わらぬ優しい笑顔で我の唇に唇を重ねた。
「ぁあ……」
大量出血で意識が曖昧になって行く中――えなの呼吸や匂い、唇の感覚は手に取る様に分かる。
我はこれまで何人もの人間やモンスターを殺して来た。だから、この様な結末はきっと、決まっていたのだろう。
だが、そんな我にも守りたい物が出来た。そしてそれをこうして守る事ができ、その者に好きとまで言ってもらった。これほど幸せな最後が一体あるだろうか……?
――しかし、まだここでこのまま死ぬ事は出来ん……
このまま我が死ねば、きっとえなはいつまでも我の事を引きずり泣き、悠介さんもゆうりも同じ様に悲しむだろう。
そんな事はして欲しくない。
えなには必ず、我なんかよりも良い相手が見つかる。
悠介さんにはいつまでもあの調子で仕事仲間たちを引っ張って行って欲しい。
ゆうりはあんなだが――根は優しくて仲間想いな人間だ、必ず素敵な相手が見つかる。
だから――――
「えな――こんな我と仲良くしてくれて……本当に――本当にありがとうな。」
そして悠介さん、ゆうりも。銀次さん、愛子さんは美味しい食べ物を食べさせてくれてありがとう。
「へ……?待って……待って下さい魔王さ――」
「ではな」
そうして我は笑顔のままえなを身体から引き離し――
「
「
時間を止め、
そして、「この世界の人間から我に関する記憶を全削除」また「我の肉体をこの世から消滅」する様に念じる。
これで、時間を進めればえなたちにとってこの旅行は3人で来ていたという認識に変わり、我の事は完全に忘れる。
そして我の肉体も消え、今のえなもひとりで朝日を見ていた。という認識に変わるだろう。
こんな我だったが、優しく、楽しく接してくれた。数ヶ月間の付き合いではあったが、貴様らと出会えて楽しかったぞ。
まぁ、唯一の心残りはこの先何十年と人生を歩んで行くえなを見れない事くらいだな。ふはは
「
そうして我は時間を進めた。
それから、えなは砂浜でひとり朝日を見ながらこう呟く。
「あれ?私何してたんだろう……?それになんでこんなに涙が――まぁ、いっか。旅館に戻ろっと。」
〜完〜