「いらっしゃいませ〜」
夜、我はコンビニと呼ばれる店に入る。
(はぁ……全く、何故この様な事になったのだ……)
棚に並んだ食べ物を手に持っていきながら、ため息を吐く我。――って、あぁ。自己紹介が遅れていたな、我は魔王。世界を統べる魔法のスペシャリストだ。
ん?なんだ?今絶対疑っただろ?なんでそんな魔王が深夜のコンビニなんかに居るんだって?
ふっ、そんなの我が聞きたいわ。――そう、それは3日前の事だった……
その日、我はいつも通り我が城で部下たちと共に食事をしていた。
すると、勇者と呼ばれる冒険者たちが城へ押し寄せてきたのだ。
だが、まぁそんな事には驚きはしない。人間共は我とは全く無関係なモンスターなどの被害をこちらのせいだとしてよく打倒魔王を掲げて来るからな。しかし、いつも一瞬で全員片付けていた。
それも当然、なんせ我は魔王。少し戦い方を身に付けただけの人間ごときが我を倒せる訳がないからな。
だが、その時の勇者たちは違っていた。
なんと我の部下たちを一瞬でなぎ倒し、こちらへ飛びかかってきたのだ。
流石に少しまずいと思った我は、そこで我々魔族のみが使える転移魔法を使う。(転移魔法というのは、そこから自分の位置座標を変え、違う場所へ一瞬で移動するというものだ。)
――しかし、何故か転移した先は前の世界とは違う、この世界だったという訳だ。
「全く……」
本当に、まだこの世界に来てから3日しか経っていないが、つくづく思うぞ。なんなんだこの世界は。
まず、誰ひとり魔法を使用しない。馬にも乗りはせず、鉄の塊――車、と言ったか?に入って移動をしたり。
更にはガラスの中から光が放たれ、夜でも周りを明るくしたりと。
どうやらそれらはこの世界では「科学」と呼ばれているらしいが、それは我の居た世界で言う「魔法」なのか?
――とまぁ、とにかく我はそんな世界で戸惑いながら生きているのだ。
だが、悪いことばかりだと言うことでも無いぞ?
まず、この世界には魔法が存在しないから、魔法に関してはものすごく詰めが甘い。
よし、見ておけよ?
そこで我は、手に持ち切れる分だけの食べ物を持つと、そのまま入り口の方向へと向かって行く。
そして、店員の男が我を不審そうに見ている中、
「透過魔法……ッ!」
我は持っている食べ物全てにその物を視覚不可にする魔法をかけた。
そして、全てが見えなくなった事を確認すると、そのまま扉から外へ出る。
「ありがとうござっした〜!」
「ふっ……愚かな人間だ。」
ほらな?見たか?この世界の人間はこうして魔法で物を透明にしてしまえばなんでも盗むことが出来るのだ。
全く、あっちの世界では物に魔力を注ぐとその事がすぐに気付かれるが、こちらの世界の人間は本当に愚かだな。
そうして我はいつも通り寝床にしている場所へと歩いて行った。
♦♦♦♦♦
「ふう……」
それから数分歩くと、我は公園と呼ばれている広場に入る。そう、ここが我の寝床にしている広場だ。
この世界で住む場所が無い我にとって、ここはとても良い。
昼間は人間の子供が大量に訪れるから寝る事は出来ないが、その分見ているだけで退屈はせんし、それにこの世界はとにかく巨大な鉄の建物が多い。
そんな中、この公園は色んな物が木や石で作られているから若干元の世界に似ているのだ。
まぁ、目の前にあるブランコや滑り台――と言ったな確か、あんな遊び道具は無かったがな。
シーンと静まり返った公園のベンチに腰かけ、コンビニから持ってきた食べ物を我はひとりで口にする。
うん、美味い。食べ物が美味いというのもこの世界の良い点かもな。
――だが、それでも長く居たいとはやはり思わん。
何度も言うが我はこの世界では違うが元の世界では全てを統べる魔王だからな。
我が居ない間、変な事が起きていないかだけが心配だ。
そんな事を考えながら、この世界に来てからはずっと食べ物を食べている。
すると、そんな我の元にひとりの人影が近付いて来るのが分かった。
ん?なんだ?殺意は無いようだが……
それに、近づいて来る事にシルエットが見えてきて、我は気づく。女では無いかと。
まさかこの世界では夜に女は外を歩く、というのが常識なのか?
ダメだ、分からん。
しかし、そうやって頭を回す間にも女はこちらへ近付いて来る。
そして遂に我のすぐ目の前まで来ると、
「あの……昨日も見かけたんですけど、こんな夜に何されてるんですか?」
腰を少し引き、我と目線を合わせてそう言って来た。――って、
「……ッ!!」
「?」
こ、この女、可愛いぞッ!!
その瞬間、我の胸が高鳴るのが分かった。
艶のある黒髪ボブに絹の様なキメ細やかな肌。
今まで数え切れない程の女を抱いてきた我だが、それでも今目の前に居る女はその中でも上位にくい込んでくるレベルだ。
だからそこで俺は、女の質問を無視し、強引に手を掴むと、
「おいお前、我の女になれ。」
「……へ?」
真剣な眼差しでそう言った。
ふっ、ハハハ。まさかこんなに可愛い女がこの世界に居たとはな。
中々に悪くないぞ、退屈しないではないか。
しかし、次の瞬間女がそんな我に放った一言で、一気に混乱が押し寄せる事になる。
「あ、あの……?それって、貴方とわ、私が付き合うって事ですよね……?」
「付き合う?この世界ではその様な言い方をするのか?まぁこの際どうでもいい。とりあえず我の女になれ」
「そ、その……ごめんなさい、」
そう言うと、女は手を握ったままの我にそう頭を下げる。――って、へ……?
なんと女は、この魔王である我からのありがたい言葉を断ったのだ。
「な、なぜ……?お前、なぜ断る……?」
「何故って言われましても……貴方の事何も知りませんし、そんな軽い女に見えますか?」
少し頬を膨らませ、恥ずかしそうにそう言う女。
いや、軽いかどうかなんて知るわけないだろ、まぁ体型的に普通ぐらいじゃないのか?――って、そうではなくてだ!なぜ我の言葉を断ったのだ!
「とにかく女!我の質問に――」
我はすぐに再びそう尋ねようとする――が、そうする前に女は「はは、いきなりすみません、さっきから何してたんですか?」我の座っている隣に腰を下ろした。
くうぅ……上手く話を逸らしおって……我、魔法の腕前は1番だがコミュニケーションを取るのはやはり苦手だ。
「なにしてたもなにも、分からんのか女?食べ物を食べていたのだ。」
「そうなんですね、こんな夜にひとりで?――あ、それにその「女」って呼び方やめてください!そんなんじゃ女の子から嫌われちゃいますよ?」
「なら何と呼べば良いのだ?」
「
「えなか、分かった。」
正直名前で呼ぶのも女と呼ぶのも変わらん気がするがな?
「貴方の事はなんとお呼びすれば良いですか?」
すると、そこで女――じゃなくてえなは、我にそう尋ねてきた。
ふぅん?なるほどな?我大体分かったぞ?この女我と仲良くしたいんだろ?
まぁそりゃ、この自慢の銀髪と紫色のローブを纏ったこの姿はあまりにも美しいからな!仕方ない、もうバレているかもしれんが我が魔王だと言う事をえなに教えてやろうではないかッ!!
きっとその事を知ったえなはたちまち我にメロメロになり、自ら「魔王様の女にして下さい……!//」そう言ってくるはずだ!ぐへへ
だからそこでえなの問いかけに対して我は、ベンチから立ち上がり、纏っているローブの裾を掴んでバッとなびかせると、
「良いだろう、我は世界を統べる魔王!!我の事は魔王と呼ぶが良いッ!!」
ハッ、どうだ……?これでえなもメロメ――
「えーっと、魔王……さんで良いですよね?よろしくお願いしますね、はは……」
ってなんで引いているのだ女ァァァァァァ!?!?
我、おかしいこと言ったか!?言ってないはずだぞ!?しかもなんか距離を置くようにベンチの端に移動してるし!!
「な、なぜ驚かない……?我は魔王なんだぞ……?」
「まぁ、確かに驚きはしましたけど……こ、コスプレをしてる方なんですよね?だから名前もそれに合わせたニックネームなんですよね……?」
「コスプレ?ニックネーム?なんだそれは?」
「あれ?まさか本当に頭イッちゃってる人……?」
「ん?なんだイッちゃってるとは?」
なんだかおかしな女だなえなは。
――まぁでも、我の女にしがいのある面白い人間では無いか……!!よし、決めたぞ……!我は元の世界に帰るまでの暇つぶしとして、えな、お前を落とす……ッ!!
こうして我、魔王と佐々木 恵那は知り合ったのであった。