***
――あれから十三年の月日が流れた。
こうしてみると、時が経つのは本当に早い。
私の目の前には、あの時の黒猫が、白いテーブルの上で仰向けに寝転がっている。
たくさんのバラが咲き乱れる、古本屋と魔法百貨堂の間の中庭。
その片隅の四阿で、私はセロと戯れながら、真帆がお茶を淹れてくるのを待っていた。
――結局あのあと、セロをお店に連れて帰った真帆は、おばあちゃんに死ぬほど怒られた。
本来なら、魔力を持った獣との契約は、まず基礎的な魔法のお勉強をしてからのはずだったのだそうだ。
真帆はそのお勉強を丸々すっ飛ばし、しかも勝手に契約してしまったことで、おばあちゃんからの怒りを大いに買うことになってしまったのだ。
怒られて大泣きする真帆の姿なんて、後にも先にも、あの一度っきりしか見たことはない。
そしてその翌日から、真帆はセロと共に、魔女になる修業を始めることになったというわけだ。
セロのおなかを撫でまわしながら、私はセロに訊ねる。
「――真帆とのこの十三年、どうだった?」
椿樹里を思い続けたあの時の十二年と比べて、セロは今、何を思っているのだろうか。
セロはくねくねと身体を左右に揺すり、ゆっくりと上半身を起こすと、
「……さて、どうだろうな」
と鼻を鳴らした。
「なにそれ。私には幸せそうに見えるけど?」
思わず笑いながら言ってやると、セロは、
「お前がそう思うのなら、そうなんだろうさ」
そう答えてごろりと転がり、再びおなかを向けてくる。
無言で見つめてくるその瞳は、「良いからモフれ」と訴えていた。
私はそんなセロのおなかを、思いっきりわしゃわしゃやってやる。
眼を細めるセロの表情は、どう見たって幸せそうで。
「――何イチャイチャしてるんですか?」
ふと顔を向ければ、ポットと三つのカップを乗せたトレーを持って、真帆がこちらに歩いてくるところだった。
その姿は今もなお美しく、可愛らしく、とても同い年には見えないほど若々しかった。
どうかすると、中学の時とあまり変わっていないようにも見える。
セロと契約したことによって、真帆自身の時の流れもセロと同じく遅くなったらしい。
真帆曰く、セロが長生きなのは、その魔力の高さゆえなのだそうだ。
セロから魔力を分けてもらっているために、今の真帆は長命になっているのだとか。
全く、羨ましい限りである。
「セロ、そこどいてください」
「……ふんっ、良いところだったのに」
セロは体を起こすと、渋々テーブルの端に身を寄せ、大きく欠伸を一つした。
真帆はその空いたスペースにトレーを置くと、
「久しぶりですね、こうして三人集まるの」
「そうだね」
と私は頷く。
真帆は結局、おばあちゃんの後を継いで魔法百貨堂の店主となり、私と美智は、それぞれ小学校と中学校の教師になった。
あの頃は、まさか自分が先生になるなんて思わなかったけれど、この十三年という月日は、それだけ私たちに、色々な変化をもたらしたのだ。
或いはそれが、大人になるということなのかもしれない。
なんてことを思っていると、
「――ごめんごめん! 寝坊して遅れちゃった!」
美智が慌てたように、古本屋側の扉を開けて中庭に駆けてくる。
「大丈夫ですよ、丁度今、お茶を淹れてきたところですから」
言って真帆は微笑み、カップに紅茶を注いでいく。
「美智が寝坊って珍しいですね。何かあったんですか?」
その言葉に、私は思わずくすりと笑んだ。
確かに、寝坊や遅刻と言えば、真帆の方がひどいイメージがいまだにある。
美智は真帆の問いかけに、「それがね」と口を開いた。
「実はうちのクラスに、ひどい女ったらしの男子がいるんだけど、その男子に、柴田さんって子が恋しちゃってさぁ。まさか、はっきりと、アイツはやめておきなさい、なんて言えないじゃない? それで昨日の夜も、どうしたらいいんだろうって、ずっとそのことで悩んでて。真帆、魔法で何とかならない? 柴田さんが傷つかないように、遠回しに諦めさせる魔法とか」
美智のそのお願いに、私も自分の受け持つクラスの、二人の男の子のことを思い出す。
「あ、どうせなら私も真帆にお願いしようかな。素直すぎる男の子と、素直になれない男の子が居るんだけど、これがなかなか難しくて――」
「ほうほう、なるほどなるほど」
と真帆はそれぞれの前にカップを配ると、自身も椅子に座りながら、
「任せてください! 私には――あっ!」
と真帆はそこでセロの身体を持ち上げ、その胸に抱き、
「――私たちにできないことなんて、何もありませんから!」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
*番外編 了*