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第9話

   ***


 ――あれから十三年の月日が流れた。


 こうしてみると、時が経つのは本当に早い。


 私の目の前には、あの時の黒猫が、白いテーブルの上で仰向けに寝転がっている。


 たくさんのバラが咲き乱れる、古本屋と魔法百貨堂の間の中庭。


 その片隅の四阿で、私はセロと戯れながら、真帆がお茶を淹れてくるのを待っていた。


 ――結局あのあと、セロをお店に連れて帰った真帆は、おばあちゃんに死ぬほど怒られた。


 本来なら、魔力を持った獣との契約は、まず基礎的な魔法のお勉強をしてからのはずだったのだそうだ。


 真帆はそのお勉強を丸々すっ飛ばし、しかも勝手に契約してしまったことで、おばあちゃんからの怒りを大いに買うことになってしまったのだ。


 怒られて大泣きする真帆の姿なんて、後にも先にも、あの一度っきりしか見たことはない。


 そしてその翌日から、真帆はセロと共に、魔女になる修業を始めることになったというわけだ。


 セロのおなかを撫でまわしながら、私はセロに訊ねる。


「――真帆とのこの十三年、どうだった?」


 椿樹里を思い続けたあの時の十二年と比べて、セロは今、何を思っているのだろうか。


 セロはくねくねと身体を左右に揺すり、ゆっくりと上半身を起こすと、

「……さて、どうだろうな」

 と鼻を鳴らした。


「なにそれ。私には幸せそうに見えるけど?」


 思わず笑いながら言ってやると、セロは、

「お前がそう思うのなら、そうなんだろうさ」

 そう答えてごろりと転がり、再びおなかを向けてくる。


 無言で見つめてくるその瞳は、「良いからモフれ」と訴えていた。


 私はそんなセロのおなかを、思いっきりわしゃわしゃやってやる。


 眼を細めるセロの表情は、どう見たって幸せそうで。


「――何イチャイチャしてるんですか?」


 ふと顔を向ければ、ポットと三つのカップを乗せたトレーを持って、真帆がこちらに歩いてくるところだった。


 その姿は今もなお美しく、可愛らしく、とても同い年には見えないほど若々しかった。


 どうかすると、中学の時とあまり変わっていないようにも見える。


 セロと契約したことによって、真帆自身の時の流れもセロと同じく遅くなったらしい。


 真帆曰く、セロが長生きなのは、その魔力の高さゆえなのだそうだ。


 セロから魔力を分けてもらっているために、今の真帆は長命になっているのだとか。


 全く、羨ましい限りである。


「セロ、そこどいてください」


「……ふんっ、良いところだったのに」


 セロは体を起こすと、渋々テーブルの端に身を寄せ、大きく欠伸を一つした。


 真帆はその空いたスペースにトレーを置くと、

「久しぶりですね、こうして三人集まるの」


「そうだね」

 と私は頷く。


 真帆は結局、おばあちゃんの後を継いで魔法百貨堂の店主となり、私と美智は、それぞれ小学校と中学校の教師になった。


 あの頃は、まさか自分が先生になるなんて思わなかったけれど、この十三年という月日は、それだけ私たちに、色々な変化をもたらしたのだ。


 或いはそれが、大人になるということなのかもしれない。


 なんてことを思っていると、

「――ごめんごめん! 寝坊して遅れちゃった!」

 美智が慌てたように、古本屋側の扉を開けて中庭に駆けてくる。


「大丈夫ですよ、丁度今、お茶を淹れてきたところですから」

 言って真帆は微笑み、カップに紅茶を注いでいく。

「美智が寝坊って珍しいですね。何かあったんですか?」


 その言葉に、私は思わずくすりと笑んだ。


 確かに、寝坊や遅刻と言えば、真帆の方がひどいイメージがいまだにある。


 美智は真帆の問いかけに、「それがね」と口を開いた。


「実はうちのクラスに、ひどい女ったらしの男子がいるんだけど、その男子に、柴田さんって子が恋しちゃってさぁ。まさか、はっきりと、アイツはやめておきなさい、なんて言えないじゃない? それで昨日の夜も、どうしたらいいんだろうって、ずっとそのことで悩んでて。真帆、魔法で何とかならない? 柴田さんが傷つかないように、遠回しに諦めさせる魔法とか」


 美智のそのお願いに、私も自分の受け持つクラスの、二人の男の子のことを思い出す。


「あ、どうせなら私も真帆にお願いしようかな。素直すぎる男の子と、素直になれない男の子が居るんだけど、これがなかなか難しくて――」


「ほうほう、なるほどなるほど」

 と真帆はそれぞれの前にカップを配ると、自身も椅子に座りながら、

「任せてください! 私には――あっ!」

 と真帆はそこでセロの身体を持ち上げ、その胸に抱き、

「――私たちにできないことなんて、何もありませんから!」



 そう言って、にっこりと微笑んだ。





 *番外編 了*

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