放課後。
殆どの生徒が部活動に励む中、私たちは件の男子生徒を見つけるべく、校内を手分けして探すことにした。
と言っても、真帆は三階のうちの教室に残って、あの魔法の筒を使って上から探すつもりらしい。
真帆の事だから、単に楽をしたいだけなんじゃないか、と思わなくはないけれど、
「……私にも、あの子に会う心の準備が必要なんです!」
というので、仕方なく信じてあげる。
私はグラウンドに面した、職員室と二年生の教室がある第二校舎を、美智は反対側の、一年生と三年生の教室がある第一校舎にそれぞれ分かれた。
彼がいったい何年生で、どこのクラスで、どういう名前なのか。
最低限、それさえわかればなんとかなるだろう。
そう思ったのだけれど、そこからが大変だった。
部活動中のクラスメイトや、去年同じクラスだった子、小学校が一緒だった子たちにその男子の特徴を伝えて、何か心当たりがないかと訊ねて回ったのだけれど、そのほとんどが「知らない」「わからない」という答えだった。
何人かは「もしかしたら」と特定の男子の名前とクラスや所属している部活を教えてくれたのだけれど、残念ながら、その誰もがあの男子生徒とは別人だった。
もしかしたら、私たちと同じ帰宅部で、今頃はもう帰ってしまっているのかも――
思いながら、一旦真帆の待つ教室に戻ろうとした、その時だった。
小グラウンドの片隅に建つ、剣道部の武道場。
その壁に寄り掛かるようにして空を眺める、あの男の子の姿を見つけたのである。
「――いた!」
私は思わず小さく独り言ち、すぐそばに立つ第二校舎を見上げた。
そこには、三階の教室の窓から身を乗り出す真帆の姿があって、私と視線が交わると、彼を指さしながら、「行って! 行って!」と声を出さずに口だけを動かす。
……え、私が?
私もそう口だけ動かすと、真帆はうんうんと頷いた。
いやいやいや! 真帆も降りてきなさいよ! 私が見てるから!
と三階と一階を交互に指さすと、真帆は激しく首を横に振る。
それからやはり口だけを動かして、
「は・ず・か・し・い!」
さっと教室の中へと引っ込んでしまうのだった。
……あの様子、絶対に嘘だ。
真帆のやつ、また何か企んでるに違いない。
友達だからこそ、それがはっきりと私には解った。
とはいえ、このまま真帆の言うことを無視するっていうのもなぁ――
はぁっ、と私は深いため息をひとつ吐く。
……仕方がない、私から話しかけてみるか。
私、なんで真帆みたいなのと友達やってんだろ、まったく……
何となく(ちょっとだけ)後悔しながら、私は男の子に近づいた。
男の子まであと十メートルといったところで、
「――!」
不意に男の子がこちらに顔を向け、眉間に皺を寄せた。
今にも走り出してしまいそうな体勢で、明らかに私を警戒している。
私は立ち止まり、彼との距離を保ったまま、
「あ、あの――」
と声を掛けた。
男の子はじっと私を見つめ、
「……何の用だ」
中学生とは思えない大人っぽい声で、そう言った。
「えっと……」
と私は一瞬、口ごもり、
「……実は、私の友達があなたに一目惚れしたみたいで、付き合いたいって言ってるんだけど、ちょっと、会ってもらってもいいかな……?」
男の子は「は?」と首を傾げ、
「断る」
きっぱりと、そう口にした。
そんなふうに断言されては、次にどうしたらいいのか、私も困る。
「……そこを、なんとか」
「嫌だ」
即答。
何か、昨日もどこかでこんなことがあったような……?
なんて思っていると、ふと視界の隅に、見覚えのある人影が現れた。
――真帆だ。
真帆が何故か虫取り網を構え、抜き足差し足で気付かれないよう、男の子の背後に近づいているのである。
な、なにしてんのよ、真帆? いったい、何をするつもり?
焦る私に、男の子は、
「悪いが俺は、お前らみたいなに――」
その瞬間、真帆は虫取り網を大きく振りかぶると、男の子の頭に向かって、ばっと勢いよく振り下ろした。
男の子は寸でのところでそれをかわすと、眼にも止まらぬ速さで私の前を駆け抜け、あっと思ったときには何故か武道場の屋根に登っていた。
「――え、えぇっ?」
私はあまりのことに、間抜けな声しか出てこない。
男の子は大きく目を見開き、歯を剥き出しにしながら唸るような声を漏らすと、真帆をじっと見つめて――次に私が瞬きをした時には、その姿はもうすでにそこにはなかった。
「――ちっ、逃がしましたか」
口惜しそうに屋根を見上げる真帆。
……え、なに? どういうこと?
「ま、真帆? これは、いったい――」
と口にしたところで、
「あぁ、いたいた! 二人とも、どこに行ったのかと思ったよ~」
そう言いながら、美智がてててっと駆けてくる。
それから虫取り網を構える真帆と、あ然とする私に気付き、
「……え? なに? どうしたの? いきなり昆虫採取?」
と困惑したように、私と真帆を見比べたのだった。