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第5話

 真帆の言葉が本気なのかそうでないのか、全然判断できなかったけれど、言われて悪い気はしなかったので、私は特に何も言い返すこともしなかった。


 あの後、真帆はレジまで行くと、

「あの人、ちょっと疲れて寝てるんで、しばらくあのままにしておいていただけますか? たぶん、十分くらいで目が覚めると思うので」

「……はぁ?」

 ちょっと困ったように、店員さんは首を傾げた。


 私たちは「ごちそうさまでした」と言ってそのまま店を出てしまったので、結局その後、先輩がいつ目を覚まして、どうなったのかは全く知らない。


 けれど翌日――つまり、今日の朝。


 荻野先輩はまるで何事もなかったかのように登校してきており、そればかりか、私たちを見ても特に絡んでくるということもなかった。


 強いて言えば、自分が三年生であるという自覚まで失ってしまったらしく、私たち二年のクラスに入ってきたのには、さすがに焦った。


 その後は首を傾げながらも、普段の日常を取り戻したようなので、もう大丈夫だろう。


 ……たぶん、きっと。


 ……そうだと信じたい。


 そんなちょっとドキドキしている私の横では、真帆が例の魔法の筒を手に、窓からグラウンドの様子を窺っていた。


 昨日あれだけ怒られたのに、全く懲りた様子もない。


 ……まぁ、いつものことだけれど。


「真帆、さっきから何見てるの~?」


 美智が訊ねると、真帆は筒を覗き込んだまま、

「ん~? 男の子の姿を眺めてます」


 ――えっ?


 私は思わず目を見張り、

「どうしたの、真帆? 昨日、男の子には興味ないって言ってたじゃない!」


 というより、実際、男の子を眺める真帆の姿なんて、一度も見たことがなかった。


 本気で興味がないんだとばかり思っていたのに……


 そんな私に、真帆は「おやおや~?」と筒から眼を離すとにやにやしながら、

「どうしたんですか、早苗? もしかして、嫉妬ですか?」

 言って私の頬をつんつんと突いてくる。


「違う。そんなわけないでしょ」

 言って私は真帆の手を軽く払い除け、

「真帆が男の子を眺めるなんて、珍しいなって思ったの」


 ね? と美智に顔を向ければ、美智もうんうん頷いて同意する。


「どうしたの? 気が変わった?」


 美智の問いに、真帆は「う~ん」と小さく唸ると、

「――そうですね、気が変わりました」

 とにっこり微笑む。


 それを見て、……ほほう? と私も美智も、思わずニヤリと笑んでいた。


 あの真帆が興味を抱くような男子なんて、いったいどんな顔をしているのだろう。


「で? どんな子なの?」


 私は言いながら、教室の窓からグラウンドを覗き見る。


 同じく、美智も私の隣から外を覗いたところで、

「ほら、あの体育館の影に立っている子です」


 そう言って真帆が指さす方に目を向ければ、そこには昨日、体育の時間に見かけた、学ラン姿の男子が立っていた。


 その男子は、やはり昨日と同じように、グラウンドで駆けまわる他の男子たちを遠目に見つめたまま、ただじっと佇んでいる。


「私、あの子に一目惚れしました!」


 ……。


 ………。


 …………マジ?


「是非お近づきになりたいので、二人とも、手伝って頂けますか?」

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