真帆の言葉が本気なのかそうでないのか、全然判断できなかったけれど、言われて悪い気はしなかったので、私は特に何も言い返すこともしなかった。
あの後、真帆はレジまで行くと、
「あの人、ちょっと疲れて寝てるんで、しばらくあのままにしておいていただけますか? たぶん、十分くらいで目が覚めると思うので」
「……はぁ?」
ちょっと困ったように、店員さんは首を傾げた。
私たちは「ごちそうさまでした」と言ってそのまま店を出てしまったので、結局その後、先輩がいつ目を覚まして、どうなったのかは全く知らない。
けれど翌日――つまり、今日の朝。
荻野先輩はまるで何事もなかったかのように登校してきており、そればかりか、私たちを見ても特に絡んでくるということもなかった。
強いて言えば、自分が三年生であるという自覚まで失ってしまったらしく、私たち二年のクラスに入ってきたのには、さすがに焦った。
その後は首を傾げながらも、普段の日常を取り戻したようなので、もう大丈夫だろう。
……たぶん、きっと。
……そうだと信じたい。
そんなちょっとドキドキしている私の横では、真帆が例の魔法の筒を手に、窓からグラウンドの様子を窺っていた。
昨日あれだけ怒られたのに、全く懲りた様子もない。
……まぁ、いつものことだけれど。
「真帆、さっきから何見てるの~?」
美智が訊ねると、真帆は筒を覗き込んだまま、
「ん~? 男の子の姿を眺めてます」
――えっ?
私は思わず目を見張り、
「どうしたの、真帆? 昨日、男の子には興味ないって言ってたじゃない!」
というより、実際、男の子を眺める真帆の姿なんて、一度も見たことがなかった。
本気で興味がないんだとばかり思っていたのに……
そんな私に、真帆は「おやおや~?」と筒から眼を離すとにやにやしながら、
「どうしたんですか、早苗? もしかして、嫉妬ですか?」
言って私の頬をつんつんと突いてくる。
「違う。そんなわけないでしょ」
言って私は真帆の手を軽く払い除け、
「真帆が男の子を眺めるなんて、珍しいなって思ったの」
ね? と美智に顔を向ければ、美智もうんうん頷いて同意する。
「どうしたの? 気が変わった?」
美智の問いに、真帆は「う~ん」と小さく唸ると、
「――そうですね、気が変わりました」
とにっこり微笑む。
それを見て、……ほほう? と私も美智も、思わずニヤリと笑んでいた。
あの真帆が興味を抱くような男子なんて、いったいどんな顔をしているのだろう。
「で? どんな子なの?」
私は言いながら、教室の窓からグラウンドを覗き見る。
同じく、美智も私の隣から外を覗いたところで、
「ほら、あの体育館の影に立っている子です」
そう言って真帆が指さす方に目を向ければ、そこには昨日、体育の時間に見かけた、学ラン姿の男子が立っていた。
その男子は、やはり昨日と同じように、グラウンドで駆けまわる他の男子たちを遠目に見つめたまま、ただじっと佇んでいる。
「私、あの子に一目惚れしました!」
……。
………。
…………マジ?
「是非お近づきになりたいので、二人とも、手伝って頂けますか?」