昼休憩の後、五時間目。
今日のC組とD組の合同体育は、女子が小グラウンドのテニスコートでテニスを、男子たちは大グラウンドでサッカーをすることになっていた。
大して運動神経もよくなければ体を動かすのも苦手な私たちは、遊び感覚で適当に授業を受け、他の子たちがテニスをやっている間、金網越しに男子のサッカーを観戦していた。
「いいですか? 見ていてくださいね!」
真帆は言うと、どこに隠し持っていたのか、あの筒を取り出し、男子たちの方に向いてその筒を覗き込んだ。
男子たちが追いかけまわすサッカーボールの動きに合わせて筒を小刻みに動かし、やおら真帆は筒の先に手を伸ばすと、中指で何かを弾くような動きを見せる。
その瞬間――
「おわわっ!」
男子たちの間から、変なざわめきが聞こえてきた。
見れば、さっきまで蹴り合っていたサッカーボールがてんで別の、体育館の方へ勢いよく転がっていくじゃないか。
慌ててそれを追いかけ、コートの中に蹴り入れようとするクラスの男子。
真帆はすかさずそちらの方に筒を向けると、再び指で弾くような動作をする。
突然動き出すサッカーボール。勢い余ってバランスを崩し、地面に転げる男子の姿。
「――ぷっ! ぷぷぷっ!」
たまらず噴き出し、アハハハッと笑い出す真帆につられて、私も美智も笑ってしまう。
真帆は訳も分からず首を傾げる男子たちに、さらに筒を覗き込み、ちょいちょいっと彼らの追いかけるボールの動きを操作する。
「おい! 何をふざけてんだ、お前ら! 真面目にやらんか!」
男子体育担当の先生が怒りの声を上げる。
「ち、違うって! ボールが勝手に――!」
「はぁ? 何を訳の分からんことを!」
そんなやりとりがあまりに面白くて、私たちは腹を抱えながら目に涙を浮かべて大笑いした。
男子たちの、そのあまりの滑稽さが面白くてたまらない。
「アッハハ! 早苗もやってみます?」
真帆に言われて、魔法の筒に手を伸ばした時だった。
「――あんたたち? なに遊んでるの?」
女子体育担当の金村先生が横から手を出し、容赦なく魔法の筒を奪い取る。
「……こんな望遠鏡まで持ってきて。そんなに男子が気になる?」
「はい、気になります」
真帆が心にもないことを恥ずかしげもなく口にする。
「そう――」
と金村先生はため息を吐き、
「でも、今は授業中。おまけにこんなものまで持ってきて…… これは先生が預かります。あなたたちは放課後、職員室まで来るように」
「えーっ!」
と真帆は叫んで口を尖らせながら、
「そこは見逃してくださいよぉ! もう二度と持ってきませんからぁ!」
「ダメです」
金村先生は容赦なく答えて首を横に振る。
「楸さん、あなたそう言っていつも学校に不要物を持ってきているでしょう、これで何度目ですか? 次やったら、おばあちゃんに連絡します」
「そ、それだけは――!」
途端に及び腰になり、両手を合わせる真帆。
さすがに勝手に持ち出している分。ばれたらどうなるのか怖い。
何せ、おばあちゃんの正体は魔女だ。
どんな罰を喰らうのか想像すると、何だか寒気がした。
私も美智も顔を見合わせると、
「お、お願いします!」
「次はもう持ってこさせませんから……!」
と真帆と一緒に頭を下げた。
私たち三人して懇願するその姿に、金村先生は再びため息を吐くと、
「……とにかく、あなたたちはあとで職員室に来ること。これはその時に返します。いいですね?」
「……はい」
「……わかりました」
「――ちっ」
「……ん? 今、誰か舌打ちしましたか?」
先生の指摘に、私と美智は、
「き、気のせいです!」
「そんなわけないじゃないですか!」
「――そう?」
先生の目が、ちらりと真帆に向けられる。
真帆はそんな先生に対して、何とも言い難い微笑みを浮かべながら、
「――気のせいですよ、先生。放課後、間違いなく職員室に伺います」
とあまりにもわざとらしく頭を下げた。
いや、もうバレてるよ、それ。とは言わないでおく。
金村先生は深い深いため息を吐くと、
「……まぁ、いいわ」
そう言って、私たちに背を向けた。
やれやれ、と肩をなでおろす私と美智。
そんな私たちに構うことなく、真帆は金村先生の背中に「あっかんべー」と舌を出す。
……相変わらずだなぁ、もう。
なんて思いながら、ふと校舎の方に目を向ける。
そこには校長先生がいつも面倒を見ている花壇が並んでいて、その花壇の中に、一人の男子生徒の姿があった。
学校指定の学ランに身を包んだ、ぱっと見なかなかにかっこいい顔の男の子。
こんな授業中の時間にも関わらず、彼は一人、じっと男子たちの方を見つめている。
……体調が悪くて、見学でもしているんだろうか?
でも、あんな子、C組にもD組にも居なかったような……?
「どうしたんですか?」
「何か見えるの?」
真帆と美智に問われて、私ははっと我に返る。
「あ、いや、なんか、見たことない男子が居るから、つい」
どこどこ? と目を凝らす二人。
「あぁ、確かに何か居ますね」
「う~ん、誰だろう。見たことないけど、何年生かなぁ」
二人がそう口にした途端、不意にその男の子がこちらに顔を向けてきた。
その瞬間、男の子は眉間に皺を寄せると、物凄い勢いで駆けだし、あっという間に校舎の影へと走り去ってしまったのだった。
「……なんだったのかな、あの子」
私の言葉に、美智は、
「ただのサボりじゃないかなぁ? 或いは恥ずかしがり屋さん?」
なにそれ! と笑う私の隣で、真帆は口元に指をやりながら、
「――ふぅん?」
と鼻を鳴らす。
「……なに? どうしたの?」
と問うと、真帆は「いいえ、別に」と口元に小さく笑みを浮かべた。
何だろう、また何か企んでいるような顔をしているけれど――?
「はーい! そろそろみんな集まってー!」
金村先生の声が聞こえて、真帆は、
「あ、先生が呼んでますよ! 行きましょう、二人とも!」
言って一人駆けだす。
「え、あ、うん……?」
私と美智はいつものように顔を見合わせると、首を傾げながら、真帆のあとを追うのだった。