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第2話

 昼休憩の後、五時間目。


 今日のC組とD組の合同体育は、女子が小グラウンドのテニスコートでテニスを、男子たちは大グラウンドでサッカーをすることになっていた。


 大して運動神経もよくなければ体を動かすのも苦手な私たちは、遊び感覚で適当に授業を受け、他の子たちがテニスをやっている間、金網越しに男子のサッカーを観戦していた。


「いいですか? 見ていてくださいね!」


 真帆は言うと、どこに隠し持っていたのか、あの筒を取り出し、男子たちの方に向いてその筒を覗き込んだ。


 男子たちが追いかけまわすサッカーボールの動きに合わせて筒を小刻みに動かし、やおら真帆は筒の先に手を伸ばすと、中指で何かを弾くような動きを見せる。


 その瞬間――


「おわわっ!」


 男子たちの間から、変なざわめきが聞こえてきた。


 見れば、さっきまで蹴り合っていたサッカーボールがてんで別の、体育館の方へ勢いよく転がっていくじゃないか。


 慌ててそれを追いかけ、コートの中に蹴り入れようとするクラスの男子。


 真帆はすかさずそちらの方に筒を向けると、再び指で弾くような動作をする。


 突然動き出すサッカーボール。勢い余ってバランスを崩し、地面に転げる男子の姿。


「――ぷっ! ぷぷぷっ!」


 たまらず噴き出し、アハハハッと笑い出す真帆につられて、私も美智も笑ってしまう。


 真帆は訳も分からず首を傾げる男子たちに、さらに筒を覗き込み、ちょいちょいっと彼らの追いかけるボールの動きを操作する。


「おい! 何をふざけてんだ、お前ら! 真面目にやらんか!」


 男子体育担当の先生が怒りの声を上げる。


「ち、違うって! ボールが勝手に――!」


「はぁ? 何を訳の分からんことを!」


 そんなやりとりがあまりに面白くて、私たちは腹を抱えながら目に涙を浮かべて大笑いした。


 男子たちの、そのあまりの滑稽さが面白くてたまらない。


「アッハハ! 早苗もやってみます?」


 真帆に言われて、魔法の筒に手を伸ばした時だった。


「――あんたたち? なに遊んでるの?」


 女子体育担当の金村先生が横から手を出し、容赦なく魔法の筒を奪い取る。


「……こんな望遠鏡まで持ってきて。そんなに男子が気になる?」


「はい、気になります」


 真帆が心にもないことを恥ずかしげもなく口にする。


「そう――」

 と金村先生はため息を吐き、

「でも、今は授業中。おまけにこんなものまで持ってきて…… これは先生が預かります。あなたたちは放課後、職員室まで来るように」


「えーっ!」

 と真帆は叫んで口を尖らせながら、

「そこは見逃してくださいよぉ! もう二度と持ってきませんからぁ!」


「ダメです」

 金村先生は容赦なく答えて首を横に振る。

「楸さん、あなたそう言っていつも学校に不要物を持ってきているでしょう、これで何度目ですか? 次やったら、おばあちゃんに連絡します」


「そ、それだけは――!」


 途端に及び腰になり、両手を合わせる真帆。


 さすがに勝手に持ち出している分。ばれたらどうなるのか怖い。


 何せ、おばあちゃんの正体は魔女だ。


 どんな罰を喰らうのか想像すると、何だか寒気がした。


 私も美智も顔を見合わせると、

「お、お願いします!」

「次はもう持ってこさせませんから……!」

 と真帆と一緒に頭を下げた。


 私たち三人して懇願するその姿に、金村先生は再びため息を吐くと、

「……とにかく、あなたたちはあとで職員室に来ること。これはその時に返します。いいですね?」


「……はい」

「……わかりました」

「――ちっ」


「……ん? 今、誰か舌打ちしましたか?」


 先生の指摘に、私と美智は、

「き、気のせいです!」


「そんなわけないじゃないですか!」


「――そう?」


 先生の目が、ちらりと真帆に向けられる。


 真帆はそんな先生に対して、何とも言い難い微笑みを浮かべながら、

「――気のせいですよ、先生。放課後、間違いなく職員室に伺います」

 とあまりにもわざとらしく頭を下げた。


 いや、もうバレてるよ、それ。とは言わないでおく。


 金村先生は深い深いため息を吐くと、

「……まぁ、いいわ」

 そう言って、私たちに背を向けた。


 やれやれ、と肩をなでおろす私と美智。


 そんな私たちに構うことなく、真帆は金村先生の背中に「あっかんべー」と舌を出す。


 ……相変わらずだなぁ、もう。


 なんて思いながら、ふと校舎の方に目を向ける。


 そこには校長先生がいつも面倒を見ている花壇が並んでいて、その花壇の中に、一人の男子生徒の姿があった。


 学校指定の学ランに身を包んだ、ぱっと見なかなかにかっこいい顔の男の子。


 こんな授業中の時間にも関わらず、彼は一人、じっと男子たちの方を見つめている。


 ……体調が悪くて、見学でもしているんだろうか?


 でも、あんな子、C組にもD組にも居なかったような……?


「どうしたんですか?」


「何か見えるの?」


 真帆と美智に問われて、私ははっと我に返る。


「あ、いや、なんか、見たことない男子が居るから、つい」


 どこどこ? と目を凝らす二人。


「あぁ、確かに何か居ますね」


「う~ん、誰だろう。見たことないけど、何年生かなぁ」


 二人がそう口にした途端、不意にその男の子がこちらに顔を向けてきた。


 その瞬間、男の子は眉間に皺を寄せると、物凄い勢いで駆けだし、あっという間に校舎の影へと走り去ってしまったのだった。


「……なんだったのかな、あの子」


 私の言葉に、美智は、


「ただのサボりじゃないかなぁ? 或いは恥ずかしがり屋さん?」


 なにそれ! と笑う私の隣で、真帆は口元に指をやりながら、

「――ふぅん?」

 と鼻を鳴らす。


「……なに? どうしたの?」

 と問うと、真帆は「いいえ、別に」と口元に小さく笑みを浮かべた。


 何だろう、また何か企んでいるような顔をしているけれど――?


「はーい! そろそろみんな集まってー!」


 金村先生の声が聞こえて、真帆は、

「あ、先生が呼んでますよ! 行きましょう、二人とも!」

 言って一人駆けだす。


「え、あ、うん……?」


 私と美智はいつものように顔を見合わせると、首を傾げながら、真帆のあとを追うのだった。

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