6
物悲しい四畳半の一室、そこが俺の家だった。
このアパートに住むようになったのが大学の時に家を出てからだから、そろそろ十年の月日が経とうとしている。
在学中はサークル仲間たちが時折訪れてはそこそこ賑やかにしていたが、就職した今となってはたまに呑みに行くことはあっても、奴らが遊びに来るなんてことはほとんどなくなってしまった。
こんな性格だから女を連れ込んだりなんてのも一度もしたことがなかったし、たぶん、これから先もないだろう。
休日も実家に帰ってはジジババの相手をしつつ、ジジババや親戚の持ってくる見合い話を進める一日――
こんな人生、山田さんじゃなくとも「つまらん」と言うんだろうな。
そう思いながら俺は畳に寝そべり、古臭い天井に顔を向けた。
何となく左手を掲げ、その小指に嵌められたままの指輪に視線を向ける。
それと同時に、魔法堂の女店主の顔が思い浮かび、俺は小さく溜息を漏らした。
明日までに何か適当な魔法を探しておく。
そう彼女は言っていたけれど、果たしてその魔法も信じていいのか悪いのか。
結局この三日間、これと言った成果はなかったように思う。
やはり、どう考えても眉唾物だったような気がしてならない。
この指輪だってそうだ。
どこからどう見ても、何の変哲もないただの指輪だ。
電球の灯りに照らされて、鈍い銀色の光を放つ、ただの輪っかだ。
こんなものに魔法の力なんて、まるで感じられない。
そのうえあの女は、こうやって指輪にキスをして……
「――うおっ!」
その途端、俺は自身の行動に驚愕し、すぐに左手を遠ざけた。
――今、俺は、何をしようとしていた?
あの女の真似をして、指輪にキスをしようとしていた自分に、俺は動揺を隠せなかった。
全身が熱を帯び、汗が噴き出すのを感じる。
僅かに呼吸が荒くなり、俺は慌てて体を起こすと胸に手をやった。
どくどくと鳴る心臓の音が、耳の奥にまで届いてくる。
あの女店主の小さな赤い唇が触れた指輪を見つめ、そして大きく頭を振った。
――これでは、ただの変態ではないか!
こんなもの、やはりはずしてしまおう!
そう思い、指輪に右手を伸ばして――
「……」
指輪を摘まんだまま、やはりそれ以上何もできなかった。
まるで何かの呪いにかけられたかのように、指輪を摘まんだ指が、全く動かない。
あの女、指輪に何か呪いでもかけてるんじゃないだろうな?
俺は大きなため息を一つ吐くと、指輪をはずすのを諦め、もう一度寝ころんだ。
押入れの方に体を向け、軽く目を瞑る。
けれど、瞼の裏にまたあの女の微笑みが浮かび上がり、慌てて俺は眼を見開いた。
「な、なんだなんだ? 今日の俺はどうしたんだ?」
そう独り言ち、何度も激しく頭を振った。
この邪念を払い除けない限り、今日は安心して眠れそうにもない。
俺は「やれやれ」と口にしながらもう一度大きなため息を吐くと、
「――とりあえず、銭湯にでも行って気分を入れ替えてみるか」
そう呟いて、俺は家をあとにした。