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第3話

   3


「――断ったんですか?」


 仕事帰り、俺は女店主に言われた通り、結果を報告しに魔法百貨堂を訪れていた。


 表のガラス戸からは西日が差し込み、静かな店内を橙色に染め上げている。


 その光に照らされた女店主は、やはり落胆したのか、小さく溜息を吐くと、

「どうして断ったんです? 良い機会だったかもしれないのに……」


「そうは言うけどな」

 と俺も負けじと溜息を吐いた。

「そもそもうちは社内恋愛禁止だって言っただろう? 要らん問題起こして、クビになりたくないからな」


「そこまで厳しいんですか? 綾信さんの会社って」


「まぁな」

 と俺は頷き、

「昔、社内恋愛してた奴らが居て、会社の中で色々やらかしちまったらしくてな。怒り狂った社長が、そいつらをクビにして、大々的に禁止にしたんだ」


「色々やらかしちまった、というと?」


 ……ん? わざわざそこを訊いてくるのか?


 ふと女の顔を見れば、不思議そうに首を傾げている。


 まさか、本当に解らないのか?


 まぁ、こんなところで一人店をやっていれば、解るはずもないか。 


 とはいえ、そんなこと、俺の口から言えるはずもない。


「いや、だから、それは――色々だ。俺も詳しいことは知らん」


 適当にはぐらかすと、女は「そうですか」とさほど興味無さげに小さく答えた。


 ……え、良かったのか? あんな答えで。


 もう少し、しつこく訊いてきそうな気がしたんだけど、別にどうでもいいらしい。


 まぁ、彼女がそれでいいのなら別に構わないが……


 それから女店主はパンっと両掌を打ち合わせると、

「――じゃぁ、次、試してみましょうか!」

 にっこり微笑みながら言って、すっと、どこからともなく小さな瓶を取り出した。


 ……やはり、空中から突然出てきたようにしか見えなかった。


 こりゃぁ、相当に上手い手品だぞ。


 こんなところで怪しげな店なんかやるより、外に出て手品師として興行に出た方が儲かるんじゃないか?


 いや、そんなことより、

「もうすでに指輪があるってのに、まだ次があるのか?」

 俺が問うと、女は「はい」と言って頷き、

「指輪はあくまでおまじない程度の力しかありませんから。次はもう少し、力の強い魔法を試してみようかと思いまして」


「力の強い魔法?」

 首を傾げる俺に、女は、

「そうです、今度はこれ、魔法の香水です」


 その瞬間、俺は自然と眉間に皺を寄せていた。


 指輪の次は香水だって?


 まさか、それを俺に振りかけようってんじゃないだろうな?


「おいおい、よしてくれよ。男が香水だなんて……」


「え? いけませんか?」

 キョトンとする女店主。


 まさか、本気だったのか?


「あのな、俺は男なの。そんなもんかけて会社に行ってみろ。たちまち笑いものになっちまうだろうが」


「えー、そんなことありませんってー!」

 と女は唇を尖らせながら抗議する。

「私の知ってる男性も、しょっちゅうこの香水をつけてますよ?」


「嘘だろ? どこのどいつだ、そいつは」


「――気になりますか?」

 ニヤリと笑う女店主。


 なんだ、その表情は?


「――私の父です!」


 胸を張るように言われて、俺は「えっ」と口にする。

「……お前の親父さん、そんなもんつけてるのか?」


 すると女は頬を膨らませながら、

「そんなもんって、失礼ですね! ご婦人の方々にはそこそこ好評なんですからね!」


「あ、あぁ、悪かった。すまん、すまん」


 とりあえず謝っておく。


 いや、でも、しかし――


「それだとお前の親父さん、大丈夫なのか?」


「……何がです?」

 キョトンとする女に、俺は、

「いや、だって、これ恋愛の魔法なんだろう?」


「はい、そうですね」


「そんなもんつけてたら、無駄に女が寄ってこないか?」


「あぁ、それは大丈夫ですよ、薄めてますから」


 ん? どういうことだ?


「こういう魔法の薬はですね、その濃度を調整することによって、効果を変えているんです。うちの父は集客のために、極力薄めたものを使用しているんですよ」


「はぁ、なるほど」


 わかったような、わからんような?


 首を傾げる俺に、女はやや痺れを切らしたように、

「と、に、か、く!」

 と大きめの声で顔を近づけてくると、

「一度試してみてください! 文句はまた来た時に伺いますので!」


 あまりの顔の近さに気圧された俺は、

「わ、わかった……」

 そう答えることしか、できなかった。

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