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第6話

   5


 そんなこんなで翌日。


 わたしはパティスリー・アンのクッキー・シューの詰まった紙袋を片手に、真帆さんの魔法堂を訪れた。


 今日は土曜日で学校は休み。


 神楽君のおばあちゃん――つまり魔法の師匠も昨日の魔女集会|(わたしはそんなの知らなかった。というか神楽君が何か言っていたけど、見事に右から左に聞き流していた)で宴会があったらしく、疲れて寝ちゃっているので今日は修行もない。


 なので、久しぶりに神楽君とデートしようということになって、わたしはその前に、結局昨日のあの一件はどういうことだったのか真帆さんに説明してもらおうと思い、朝一からお土産を片手に、わざわざここまでやってきたというわけだ。


 昨日はあのあと、真帆さんも「魔女集会に行くから」と言ってさっさと箒でどこかへ行っちゃったから、詳しく聞けなかったんだよね。


 ……まぁ、おおよその見当はついているんだけれども。


 古臭い古本屋さんに入り、店主である真帆さんのお爺さん|(お爺さんは魔法を使えないみたい)に挨拶してから、その奥の扉を抜ける。


 いつ来ても満開のバラ園の向こう、これもまた古臭い日本家屋のガラス戸に手を掛けて、

「おはようございまーす」

 私が店に入ると、

「――いらっしゃいませ。どのような魔法をお探しですか?」

 そう言って、真帆さんはにっこりと微笑んだ。


 その姿を見て、わたしは思わず首を傾げる。


「……あれ?」


 目の前のカウンターの向こう側。そこに立つ真帆さんの姿に、一瞬違和感を覚えたのだ。


 昨日のバッチリ決め込んだメイクを見ていたからだろうか、逆に今日の真帆さんの顔がいやに幼く見えるのだ。


 とはいえ、いつものナチュラルメイクより若干ノーメイクに近い感じといった程度だろうか。


 よくわからん。


「……? どうかされましたか?」


 首を傾げる真帆さんに、わたしはクッキー・シューの袋をカウンターに乗せながら、

「これ、昨日のお礼。好きだったよね? パティスリー・アンのクッキー・シュー」


「……えぇ、まぁ」

 と戸惑いの表情を浮かべる真帆さん。


 んん? なんだ、その反応は。好きじゃなかったっけ? まぁ、いいか。


「そんなことより、昨日のあれは結局どういうことだったの? まぁ、大体の予想はついているんだけど、要は本当の依頼人はあの美少年じゃなくて、先生の方だったってことだよね?」


「……美少年? 先生?」

 また小首を傾げる真帆さん。


 ま、まさか、記憶喪失にでもなったとか?


 なんて思っていると、真帆さんは不意に店内の隅に置かれた大きなノッポの古時計に視線をやり、しばらく思案するような様子を見せてから、

「――あぁ、大地くんと雄太くんの件ですか」

 と納得したように、こくこく頷いた。


 おお、思い出した。そうそう、その件ですよ。


「結局あれってどういうことだったの? 大地くんが魔法堂に来る前から、真帆さんは彼が来ることを知っていた、ってことでいいんだよね? 何となく、おかしいと思ってたんだよね。あの子たちの名前を、自己紹介も無いのに知っているふうだったから」


「そうですね、知っていましたよ」

 と真帆さんは小さく頷き、

「だって、大地くんにうちの店を教えたの、早苗ですから」


「じゃぁ、雄太くんも? あの後、雄太くんもこのお店に来てるよね?」


 すると真帆さんは首を傾げながら、

「どうしてそう思ったんです?」


 私は一つ息を吐き、

「雄太くんが大地くんを守るようにしてあの大カラス――ゲンエイカラスだっけ?の前に立ち塞がった時、雄太くんの叫びに合わせて、赤い鳥が物凄い勢いで飛んできたの。あれ、真帆さんがわたしに見せてくれた、オトリドリだよね? 真帆さんが雄太くんに渡したんでしょ? 大地くんにカラスを渡したときと同じように」


「そうですね、その通りです」

 と真帆さんは再び頷き、

「早苗はあの二人の関係に悩んでいたそうです。雄太くんは大地くんのことを陰ながら助けてはいるけれど、どこか恥ずかしさがあるらしく、素直にそれを言葉で伝えられないでいる。逆に大地くんは素直で思い込みが激しく、そんな不器用な雄太くんの言動に、徐々に恨みを募らせていった、というわけです。そしてその結果、ふたりの間に大きな思いの行き違いが生じてしまった、という感じですかね。雄太くんは悪い子じゃないよ、と言う早苗の言葉にも、大地くんは決して耳を貸してくれなかったそうです。悲しいですよね。雄太くん、本当は大地くんのことが好きなのに、素直になれなくてこんなことになってしまって」


「ふぅん?」


 まぁ、確かにわたしが目にしたふたりの様子も、そんな感じだったけれども……


「でもほら、やっぱり私の言った通りだったでしょう?」

 真帆さんの言葉に、

「え、何が?」

 とわたしは首を傾げる。


「結局、人と人の関係って、恋愛にしろ日常的な関係にしろ、その繋がりって相手の事が好きか嫌いかで決まると思うんです、って話」


「あ、あぁ――」


 そうそう、そんなこと言ってましたっけ。


「……え、つまり?」


「だからほら、今言ったでしょう? 雄太くんは大地くんのことが好きだったって。あとは大地くんが雄太くんのことを好きになれば、万事解決じゃないですか。その為に今回、あんな荒療治を試みたんですから。ほら、あの時の見つめ合う二人の男の子――色々妄想を掻き立てられると思いませんか?」


 そ、そんな嬉しそうな顔で言われましても――


「でもさ、だったらわたしには教えてくれてもよかったじゃん」


「何をですか?」


 すっ呆けたような顔を私に向けて、真帆さんはそう口にした。


「ほら、あの人食い大カラス。本物だって言ってたでしょ?」


「言いましたっけ?」


「言ったよ! まんまと騙されたじゃん!」


「でも実際、本物のカラスは召喚されたでしょう?」


「まぁ、それはそうだけど――」


「ほら、嘘じゃなかった!」


「なにそれ!」


 わたしのその叫びに、真帆さんは楽しそうに「あははっ」と大きく笑った。


 こっちは気が気じゃなかったってのに、この女は!


「結局、わたしをからかってたんじゃん!」


 言って真帆さんを睨みつけてやると、真帆さんは悪びれた様子もなく、

「茜ちゃんが、惚れ薬以外の魔法を見てみたいって言ったんじゃないですかー」

 と言ってにやにや笑うばかり。


 いや、まぁ、確かに言ったけど――全然説明になってないよね、それ!


 けど、もうこれ以上何かを言うのにも疲れてしまったわたしは、そんな真帆さんの顔を見ながら、深いため息を吐くことしかできなかった。


 と、そこへ、

「――ミャオン」

 と一匹の黒猫がひと鳴きして、カウンターの上に現れた。


 そういえばあの時、わたしが空白公園の山へ近づけなかったのも、きっと人払いをする懐中時計なるものを使っていたからだろう。真帆さんはあの場にいなかったみたいだから、或いはこの黒猫が、あの時計を操作していたのかもしれない。


 自分を巨大に見せる幻が出せるカラスを持っているくらいだ。


 もしかしたら、この猫も案外しゃべることだって――


「――いい加減、飯を寄こせ。腹が減ったぞ」


 あまりに渋いその声に、わたしは思わず眼を丸くした。


 ……え、マジ? ほんとにしゃべれるの?


 思いながら真帆さんの方に顔をやると、真帆さんは古時計を見ながら、

「あぁ、もうそんな時間ですか」

 と思い出したように口にした。


「すぐに用意しますから、台所で待っていてください」


「――すぐだぞ? 早く来なかったら、契約違反だからな?」


 餌一つで契約違反って、なんじゃそりゃ。


「はいはい、すぐ行きますから」


 黒猫はわたしを一瞥すると、フンッと一つ鼻を鳴らして、家の奥へと姿を消した。


「……しゃべるんだ、あの猫」

 と改めて口にすると、真帆さんは意外そうな顔をして、

「あれ? 知りませんでした? 神楽のおばあちゃんのおうちにもいますよね?」


「え? いないよ、しゃべる猫なんて。そもそも猫が居ないもの」


 すると真帆さんは首を小さく横に振り、

「猫じゃなくて、ネズミです」


「……は?」


 わたしは思わず、耳を疑う。


 今、真帆さん、何て言った?


「しゃべるネズミ」


「ええぇ!? どどど、どういうこと? しゃべるネズミって!」


 わたしは目を真丸くして、思わず前かがみになりながら、真帆さんに訊ねた。


「神楽のおばあちゃんのパートナー、ネズミさんですから」


「し、知らない! 見たことない! どういうこと!?」


「まぁ、たぶん、茜ちゃんが驚かないように、気を使っているんでしょうね。茜ちゃん、ネズミが苦手なんでしょう?」


 まさかの事実に、わたしはしばらくの間、放心状態だった。


 昔からわたしはネズミとゴキブリは大の苦手なのだ。


 あんなものは、一匹残らずこの世から消えてしまえばいいとさえ思っている。


 でも、まさか、そんな! あの家に、しゃべるネズミが潜んでいただなんて!


 そんな事実、知りたくなかった……!


 これからおばあちゃんの家に行くとき、わたしはいったいどうしたらいいわけ?


 そんなふうに悲観に暮れていると、

「おい、まだか?」

 と黒猫がまた奥からひょっこりと顔を覗かせ訴えた。


「はいはい、今行きますよー」

 言ってやれやれと肩を落とす真帆さん。


 わたしは大きくため息を吐き、

「はぁ~あぁ……わたしもそろそろ行くかぁ」


 久しぶりの楽しいデートなんだし、今は認めがたい現実から、ただただ逃れたかった。


 うん、わたしは何も聞かなかった。聞いてない、絶対。


 あの家にネズミは居ない、あの家にネズミは居ない、あの家にネズミは居ない――よし!


「じゃぁ、真帆さん。また来るね」


「はい、神楽のおばあちゃんにもよろしくお伝えくださいね」


 真帆さんに見送られながらガラス戸の方へ体を向けて――わたしははたと気が付いた。


 橙色の西日が店内に差し込んでいるのだ。


 ふと大きなノッポの古時計に目をやり、次いで自分のスマホを取り出す。


 ――え、あ、もしかして、そういうこと?


 だから真帆さん、最初不思議そうな顔をしていたのか。


 これも何かの魔法なんだ。


 真帆さんに訊ねても、きっとまともに答えてはくれないだろうけれど。


 でも、わたしは一応、訊いておく。


「――ねぇ、真帆さん」


「はい?」


 振り返った真帆さんの、そのまだあどけなさの残る顔を見ながら、わたしは訊ねる。


「……今の真帆さんって、いったい、いつの真帆さんなの?」


 真帆さんはそれを聞いて、ふっと口元に笑みを浮かべると、唇の前で人差し指を立てながら、煌めくような可愛らしさで、



「――秘密ですっ」





*さんにんめ・了*

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