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第3話

   3


 翌朝。わたしは何とも晴れない気持ちで登校中だった。


 あの後、神楽君(わたしの彼氏で魔法使いの同級生)に相談してみたけれど、彼はただ半笑いで、

「まあ、真帆さんのことだから大丈夫じゃない?」

 とあてにならない返事を寄越しただけだった。


 本当に大丈夫なんだろうか? そもそも、神楽君自体がイマイチ頼りないから、その言葉を信じていいのかわからない。


 きっとまたわたしの長ったらしい愚痴に辟易して適当な返事をしただけに違いない。


 所詮、男なんてそんなもんだ、たぶん。


 いっそ、おばあちゃんに相談した方が良かったかな? なんて思いながら歩いていると、

「……お、あれは?」


 目の前を歩く、昨日の小柄な美少年の姿があった。背が低いせいか、歩いている後ろ姿だけでもやたら可愛らしいな、おい。


 ……いやいや、落ち着け、わたし。相手はまだ小学生低学年だ。心奪われるには早過ぎる。


 嗚呼! でもきっとあの子は将来的に相当かっこいい男になるはず! 今のうちに多少手を付けておくくらいは……!


 ――じゅるり


 思わず垂れた涎を拭いながら、わたしはその可愛らしい背中から十メートルくらい後ろを歩く。


 その小柄な体で背負うランドセルが揺れるたび、ふらふらする姿が如何にも低学年らしい。


 やがて横断歩道に差し掛かった時だった。


 瞬く青信号に多くの小学生が駆け抜けるか立ち止まるかしているなかで、何故か少年はその歩みを止めようとはしなかった。


 見れば少年は、電線に列をなして羽を休めている小鳥たちに気を取られて、前をまったく見ていなかった。


 そんな少年に気付く様子もなく、走り出す自動車の列。


 や、やばい! 前見て! 危ない!


 けど、美少年がそれに気づく様子はない。よそ見したまま、歩き続ける。


 やばい、やばいって! このままじゃ轢かれちゃう!


 わたしは思わず駆け出した。


 でも、この距離では間に合わない。


 何か魔法を使わないと! でも、何を? どんな魔法を?


 その時だった。


「バカ! 前見て歩け!」


 そんな叫び声がして、美少年の腕を掴んで引き寄せる男の子の姿があった。


 大柄で、一見して少年より一つ二つ学年が上に見えるけれど、そのランドセルにつけられたカバーが同じ一年生であることを教えてくれた。


「何すんだよ! 引っ張らなくてもいいだろ!」

 美少年が叫び、

「おまえがボケっとしてるのが悪いんだろ!」

 と言い返す大柄な少年。


 何やら二人は言い合いを始める。


 もしかして、これが例のいじめっ子? でも、今のは明らかにいじめじゃない。ボーッと歩いてる美少年を助けただけだ。


 ってことは、いじめてるのはまた別の子?


 なんて思ってるうちに、再び横断歩道の信号が青に変わる。


 その途端、大柄な少年から逃げるように駆け出す美少年。


「あ、待て!」

 言って大柄な少年は、再び美少年のランドセルを引っ張った。


 ――何事? と思っていると、大柄な少年は左右を確認し、車が来ていないのを確認してから、おもむろに横断歩道を歩き出す。


 その後ろを、ムッとした表情の美少年が追って歩き出した。


 ……ふむ。どうやら彼はいじめっ子ではなさそうだ。ボケっと歩いてる美少年の面倒を見てやってるって感じだね、うん。


 でも何だろう。やっぱり何か引っかかる。


 気になる、ああ、気になる、気になる……


 わたしは学校への道を逸れ、彼らのあとをつけて行くことにした。


 ――学校? そんなもん、今目の前の男の子たちに比べたら大した問題じゃないわ! なんて思いながら。


 二人に気づかれないよう、あとをつけること十分。


 辿り着いたのは近くの小学校、というか私の卒業した小学校だった。


 校門には二人の先生とPTAっぽい数人の大人の姿があって、まさか正面から入るわけにはいかず、わたしは二人の背を見送りながら正門の前を素通りして敷地を半周した。


 ――お、やっぱりまだある。


 敷地を囲うように並んだ柵の一か所、人の目につきにくい角に、人が一人やっと通れるほどの穴が開いていた。


 この穴、かくいうわたしが小学生の頃に開けたものだ。


 あの頃のわたしは遅刻の常習犯で、わざわざ先生を呼び出して閉めた正門を開けてもらう必要の|(強いて言えば怒られることが)ないよう、親の工具を持ち出して勝手に穴を開けておいたのだ。


 お陰で先生に怒られることなく堂々と遅刻ができるようになった。


 教室に入るときには「トイレに行っていた」と言い訳すればいいのだから。


 あれから色々成長しているから不安だったけれど、所々体を引っ掛けながらなんとかかんとかその穴を潜り抜けて、わたしは小学校内への侵入に成功した。


 あとは物陰に潜みながら二人のクラスを探るだけだ。


 と言っても、うちの小学校はそこまでクラスが多くない。


 私が通っていた時と同じなら、一年生のクラスは校舎の一階、多分西側の二クラスだけだったはずだ。


 そしてその通り、二人の少年のクラスは一年一組だった。


 登校してきた児童らに何となく怪しみの眼差しを向けられながら、ドアの外から二人の様子を覗き見る。


 すでに教科書を机に収めた大柄な少年がランドセルをロッカーにしまい込んでいる傍らで、あの美少年はもたつきながらランドセルから教科書類を取り出している最中だった。


 それにしても、みんな体が小さいなぁ。わたしもこんな頃があったのかぁ。


 はぁ、可愛らしい――


 思わずちょろちょろと駆け回るちびっ子たちを眺めてしまうわたし。


 あ、やばい。これじゃぁただの変質者だ。


 気を取り直して、わたしは二人の様子を窺う。


 大柄な少年は一冊のノート――これはたぶん宿題のノートかな――を取り出すと、それを教卓の上に置かれた提出用の箱に手際よく収めた。それに続くように、他の子たちも宿題を入れていく。


 そんな彼らとは対照的に、美少年の方はというと何故か机の上に教科書やノートを放り出したままランドセルをロッカーに収めると、そのまま仲の良い友達と遊び始めてしまう。


 ――おいおい、せめて教科書とか収めなよ。宿題は? ちゃんと提出しないと!


 自分の事は棚に上げて、わたしは何だか冷や冷やしながら美少年の様子を見ていた。


 この子はアレだ。何かやってる途中で興味を惹かれたら、それまでやってたことを忘れて、そっちの方に意識が飛んじゃう子だ。


 大丈夫かな、とちょっと心配していると、大柄な少年がおもむろに美少年の席に近寄り、彼の宿題ノートを代わりに提出箱に入れるのが見えた。


 ほほう、いい子じゃないか。


 それからしばらく様子を見続けていたけれど、一向に美少年をいじめる奴の姿は見当たらなかった。


 別のクラスの子なのかな? なんて思っていると、はっと思い出したように美少年が自分の机に戻ってきた。


 それから宿題のノートがないことに気づいたらしく、必死に教科書類をさばいて探し始める。


 ……あぁ、ないよ、あるわけないよ、だってあの子が代わりに提出したもん!


 大柄な少年も代わりに提出したことを教えてあげればよいものを、何故かその様子を眺めたまま口を閉ざしている。


 それに気づいた美少年、何を思ったのか、大柄な少年に食って掛かった。


「お前が隠したんだろ!」

「知るか。お前が放っておくから悪いんだろ」


 あとは取っ組み合いの大ゲンカ――というか、美少年が弱々しく大柄な少年の胸をポカポカ叩きまくるだけだった。


 ――これって、やっぱアレだよね? あの美少年が大柄な少年にいじめられてるって勘違いしてるだけだよね?


 でも、なんであの大柄な少年もそうじゃないってちゃんと口に出して言わないわけ?


 あれじゃぁ、あの美少年が勘違いしたままじゃない!


 おまけにあの子、今日の夕方に空白公園であの大柄な少年を――!


 どうしよう! 勘違いで人死にが出ちゃうじゃん!


 と、止めなきゃ! 美少年にちゃんと教えてあげなきゃ!


 そう思って体を乗り出したところで、

「ちょっとあなた、ここで何してるの?」

 突然肩を掴まれて振り向くと、そこには若い女性の姿があった。


 誰、なんて馬鹿なことは言わない。


 むしろ口をついたのは、

「――しまった」


「……しまった?」

 思わず口を覆い、その先生の顔を見る。


 歳はたぶん真帆さんと同じくらいだろうか。けれどその眼光は鋭く、今にもわたしをどこかへ|(たぶん職員室へ)連行していきそうな雰囲気だ。


 やばい、これはやばい。また無駄に怒られてしまう!


「あぁ、いや、弟が忘れ物をしたので届けに来ただけで何もやましいことを考えたりやらかしたりなんて全く以て全然してないんですけどこの子たちがあまりにも可愛いから思わず見ちゃってただけで忘れ物はもう届けたのでここらで失礼!」


 わたしは早口にそう告げると、先生の口から言葉が発せられるのを待つことなく、自慢の逃げ足でさっさとその場をあとにするのだった。

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