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第1話

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「なぁーんだ、茜ちゃんか」


 今にも舌打ちしかねない様子で残念そうに真帆さんは言った。


 わたしは若干ムッとした表情を浮かべながら、

「わたしで悪かったですね。っていうか、相変わらず暇そうなご様子で」

 あからさまな嫌味を言ってやる。


 もちろん、本気じゃない。いつもの挨拶みたいなものだ。


 真帆さんもそのことをちゃんと理解しているから、いつものようにニヤリと笑って、

「違いますよ、暇なんじゃありません。来るお客さんをこちらから制限しているだけです」


「やる気がないから?」


「やる気ならありますよ? でも、やる気だけあっても空回りしてたら意味がないでしょう?」


「なんだそりゃ」

 結局やる気なんてないんじゃん?とは言わない。どうせいつものことだから。


 わたしは抱えていた二十センチ角くらいの木の箱をちょっと上に掲げて示しながら、

「これ、いつもの」


「はい、ありがとうございます。そこに置いといて頂けますか?」


 真帆さんの指差すカウンターの端に、よっこらしょっとその箱を置いた。


 中身はいつも一緒。わたしの師匠である魔法使いのおばあちゃん(わたしのおばあちゃんじゃなくて、わたしの彼氏のおばあちゃんだ)謹製の惚れ薬のアンプル詰め合わせだ。


「いつも思うんだけど、こんなに惚れ薬ばかり仕入れて、何に使ってるの? ここって特に恋愛専門の魔法店じゃなかったよね?」


 タメ口になっちゃったけど、いつものことだからお互い気にしない。


 真帆さんは綺麗に整えられた自分の爪を眺めながら、

「言ったことありませんでしたっけ? 私、人間の感情や動機なんて所詮は相手に対する好き嫌いから来てると思ってるんですよね」


 ん? どゆこと?


 首を傾げるわたしに真帆さんは微笑みを浮かべながら、

「結局、人と人の関係って、恋愛にしろ日常的な関係にしろ、その繋がりって相手の事が好きか嫌いかで決まると思うんです」


 と、いうと??


「例えばほら、友人関係だってそうじゃないですか。相手の事が好きだから一緒にいて、一緒に遊ぶ。相手の事が嫌いだったら一緒に居たくないし、遊びたいとも思わないでしょ?」


 はあ、まあ、そうですね。


「ってことはですよ。うちに来る大概のお客さんは対人に関する相談が多いので、惚れ薬があれば大抵の問題は解決するわけです。これって万能薬と思いません? ビバ! 惚れ薬!」


 言って真帆さんはワザとらしく万歳して惚れ薬を賞賛した。


 う〜ん…… でも、真帆さんの場合は……


「万能薬っていうか、考えるのが面倒でとりあえず使ってる気がしないでもない」


 すると真帆さんは貼り付けたような笑顔のまま、

「ソンナコトナイデスヨー」

 明らかな棒読み。


 ダメだ、この人やっぱり適当だ。知ってたけど。


「私だって惚れ薬以外の魔法薬や魔法具を使いますよ?」


 例えばどんな?


「例えばですね……」

 と真帆さんは後ろの陳列棚を振り向き、

「これとか。人払いをする懐中時計。どこかの魔法使いが時を止める時計を作る途中で間違えて作っちゃった品を格安で譲ってもらったものです。先日はこれを中学生の女の子にお貸ししました」


 へー。他には?


「あとはこれ、オトリドリ」

 真帆さんはいったいどこから出したのか一羽の真っ赤なインコを右腕に乗せ、

「命を狙われていると仰っていた男の子に貸して差し上げました。この子も本来はマナバードと呼ばれる空気中の魔力を集める種の南国の鳥さんだったんですけど、その力に恵まれなかったのを業者さんから格安で譲って頂いて教え込みました。いやー、大変でした」


 うん、そこまでは訊いてないんだけどな。


「それと、そうですねえ。これなんて面白いですよ」

 真帆さんはカウンターの向こうから古めかしい瓶底メガネを取り出すと、

「かけると目の前に居る人の顔が好きな人の顔に変わります。いつでも好きな人の顔が見ていたい方や、嫌いな上司なんかに怒られる時にかければ、ちょっと心に余裕ができます」


 なにそれ、ちょっと面白そう。


「……と、あとはシンデレラみたいに色々とお手伝いをしてくれるネズミさん――」


「ストップ! ストップ! 真帆さん!」


 カウンターの下に手を伸ばした真帆さんを、私は大慌てで制した。


「はい?」


「ま、まあ、真帆さんが惚れ薬だけじゃないのはわかりました」

 わたしはうんうん頷き、

「けど、やっぱり真帆さんが惚れ薬以外の魔法を使ってるのを見てみたいなぁ。後学のために」


 ほほう、と真帆さんは顎に手をやりながら、

「勉強熱心ですねぇ、感心感心。でも残念ながら今のところ依頼人が居ませんからね。どうしても私の魔法が見たいのでしたら、やはりそのご依頼をして頂いて、それなりのお代を……」


 その時、ニャオンと猫の鳴き声が聞こえて顔を向けると、いつのまにか黒猫がカウンターの上でお座りしていて、お店の入り口を見つめていた。


 なんだろう、と真帆さんと二人顔を向ければ。


「あの、すみません……」

 と一人の男の子が恐る恐ると言った様子で扉を開けこちらを見ていた。


 私はニヤッと口元に笑みを浮かべながら真帆さんに振り向き、

「来ましたね、お客さん」


「……ちっ」


 真帆さんはあからさまに舌打ちした。

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