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「それで?」
と真帆さんは口元に意地の悪そうな笑みを浮かべながらそう尋ねた。
「その後、どうなったんですか?」
翌週月曜日の放課後。わたしは洗った服を返しに魔法堂を訪れ、事の顛末を真帆さんに報告しているところだった。
真帆さんはまるで最初から解っていたかのように、わたしの言葉を満足気に頷きながら聞いている。
「わたしも類人くんたちの後を慌てて追いかけたんですけど、追いつけなくて。結局一人で帰ってきました」
「あらあら」
うふふっと楽し気に笑う真帆さん。
「で、今日の朝どうなったのか気になって類人くんが来るのを待ってたんですけど、類人くん、顔中傷だらけで遅刻して来て。休憩時間になるたびに話を聞こうとしたんですけど、逃げるようにして教室から出ていくものだから、全然何の話も聞けませんでした」
「でしょうねぇ」
と真帆さんはうんうん頷く。
「周りの女の子も態度が急変しちゃって。アレだけ休憩のたびに教室に来ていた子達も全然来ませんでしたし、授業中もクラスの女子たちに凄い剣幕で睨まれてましたね」
「あらぁ、可哀想に……ぷぷっ!」
我慢しきれず、噴き出す真帆さん。
けれどわたしもそれを酷いなんて思えなくて。
「一日中、居辛そうな雰囲気でした。放課後の部活も全然ダメダメで、ずっと顧問の先生に叱られてばかりで。何だかあのキラキラしていた面影もありませんでした」
「ぷぷっ……アッハハハ!」
途端に笑い出す真帆さんを、わたしは非難しない。
できるはずもない。
だって、つまり、類人くんは。
「まぁ、でも良かったじゃないですか。そんな女ったらしに引っ掛からずに済んで」
言って真帆さんはにっこり笑った。
そんな真帆さんに、わたしは問う。
「ひとつ聞きたいことがあるんですけど、真帆さん」
「なんですか?」
真帆さんはニヤリと口元に笑みを浮かべる。
あ、これはやっぱり、何か知ってる顔だ。
「類人くんとキスしそうになった直前、あの香水の香りがふっとしたのと、その後に片岡さんたちが来たの、何か関係があるんですよね?」
けれど真帆さんはふふんっと小さく鼻を鳴らした後、
「さぁ、どうでしょう?」
言ってくるんっと背を向けた。
「アレはあくまで“邪な存在“を退ける魔法の香水ですからねぇ。もしかしたら、類人くんのその邪な心に反応しちゃったのかも知れませんねぇ」
言って真帆さんは棚に体を向けたまま、ひひひっとまるで悪い魔女のように肩を何度も上下させるのだった。
「ま、真帆さん……?」
ちょっと怖くなって、わたしは思わず声をかける。
「あ、はい、すみません」
真帆さんはにっこりといつものあの笑みを浮かべながら振り向き、
「まぁ、でも大丈夫ですよ。世の中悪い男性ばかりじゃありませんから。先日来られたお姉ちゃんの同僚の男性なんて、奥さんのことが好きで好きで仕方がないって感じの人でしたし。萌絵さんもいつかきっと、そんな男性に出会えますよ。案外、もうすぐそこに居たりなんかするんじゃないかなぁ?」
言って、ふふふっと微笑んだ。
その時、突然、ゴーンゴーンと鐘が鳴るような音が店内に響いた。
びっくりして音の出所に顔を向けると、いかにもな感じの大きなノッポの古時計が店の隅に鎮座している。
その時計が午後6時の鐘を鳴らしているのだ。
あんな所に、時計なんてあったっけ……?
「あぁ、もう閉店時間ですね」
真帆さんの言葉に、わたしは頭を下げた。
「色々ありがとうございました、真帆さん」
「いえいえ。また何かあったら来てください。お力になりますから。あと、美智に宜しく言っておいて下さいね。ふふっ」
若干含みのあるその表情に、わたしは口には出さなかったけれども、たぶんもう来ないだろうなぁ、と小さく思うのだった。
魔法堂を後にし、古本屋さんを抜けて表通りに出た、その時だった。
「あ、危ない!」
突然右から声がして顔を向けると、高校生くらいの男子が自転車で突っ込んでくるところだった。
「きゃぁっ!」
わたしは寸でのところで身をかわしたけれど、その拍子にバランスを崩してそのまま派手に転んでしまう。
「い、痛たた……」
自転車に乗った男の子は慌てたように自転車を止めると、わたしのところまで駆け寄ってきて、
「ご、ごめん! 大丈夫っ? 怪我してない? 痛いところとかあるっ? 本当にごめん、僕がスピード出し過ぎてたから……!」
ひたすらに謝る彼は、傾いた太陽の光を背に、キラキラと輝いて見えて……
――きゅんっ
*ふたりめ・了*