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翌日。
わたしの意識は如何にして類人くんに話し掛けるかということに集中するあまり、午前の全ての授業をうわの空で過ごしてしまった。
しかも話し掛けるだけではなくて、あの魔法の時計を使って三十秒以内にデートに誘わなければならないのだ。
どう話し掛ければいい?
どうデートに誘えばいい?
どう言えば首を縦に振ってくれる?
そんなことばかりを考えて、わたしはお昼のお弁当も無意識のうちに口に運び、気付くと五時間目の授業に突入していた。
このままではすぐに放課後になってしまう。
いっそこのまま放課後の部活まで待って、昨日みたいな隙を窺うか……
けど、例えそれでも、誘うきっかけ作りの話題が思い浮かばない。気ばかりが焦って、言葉が全く出てこなかった。
ああ、どうしよう! なんて言って誘ったらいいんだろう?
机に突っ伏して静かに眠っている類人くんを見ているだけで、そわそわして仕方がなかった。
やがて授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「じゃあ、今日はここまでね」
その声に、わたしはふと我に返った。
そうか、五時間目の授業は国語……山畝先生だったのか……
全く以って授業など聞いてなかった為に、わたしのノートは真っ白だ。おまけに開いている教科書は数学というドジっぷり。
よく先生にバレなかったなぁ、なんて思っていると。
「それと、勝田くんと柴田さんは、ちょっと話があるからついてきなさい。理由は、言わなくても解るわよね?」
類人くんはゆっくりと顔を上げ、口元に涎を垂らしながら、
「……ふへ?」
とぽかんと口を開け、わたしはと言うと、何だか恥ずかしさのあまり机と睨めっこしながら、
「は、はい……」
と小さく返事することしかできなかった。
その後、わたしと類人くんは二人して屋上へ続く扉の前まで連れてこられた。階段下からは移動教室やトイレに向かう生徒たちの喧騒が聞こえてくる。
先生は類人くんに、
「よくそんなに眠れるわね。朝の授業も寝てるって他の先生からも苦情がきてるわよ」
と呆れたように口を開いた。
類人くんは頭を掻きながら、バツが悪そうに、
「だって、朝は朝練があって眠たくて……」
「じゃあ、お昼は? せめてお昼からは起きなさいよ」
「昼は弁当食べたら眠くなる……」
類人くんのその返答に、先生は肩を落としてため息を吐いた。
わたしは思わずくすりと笑ってしまう。
「笑い事じゃないでしょ」
先生に注意されて、わたしは慌てて笑うのを辞めて素直に「はい」と答えた。
「なんでも良いけど、あなたたち、もっと真面目に授業を受けなさいよ。もう来年は高校受験よ? 今のうちからしゃんとしないと、あとあと困るのはあなたたちなんですからね、いい?」
「……はい」
「……っす」
わたしたちの返事に、先生は「よし」と頷く。
「じゃあ、私は行くけど、勝田くん、しっかりと目を開いて、次の授業は受けるように」
「……了解っす」
「あと柴田さん」
「は、はい…….」
「あなたも頑張ってね」
先生はにこりと笑い、わたしたちを置いて階段を足早に降りて行った。
「……はぁ」
「……ふぅ」
その途端、思わず互いにため息を漏らす。
あまりにタイミングが合っていたので、わたしたちは顔を見合わせどちらからともなく苦笑していた。
「じゃあ、行くか」
そう言って、一歩踏み出す類人くん。
その瞬間、わたしは「あっ」と小さく口にして、ポケットの時計に手をやった。
今なら、今なら二人きりだ……!
わたしはそれ以外何も考えられず、反射的にそのボタンを押していた。
カチリという小さな音、訪れた静寂。
類人くんと視線が交わり、互いに見つめ合う。
「なに? どうかした?」
類人くんの言葉に、けれど、
「え、えっと……あの、わたし……!」
まともに返事ができない。
カチカチと時計が時を刻む音。
ジリジリと迫る制限時間。
どうしよう。なんて言えばいい?
なんて言ってデートに誘えばいい?
もっと考えてから使えば良かった……!
ただただ、焦りだけがわたしを襲う。
ああ、もう、ダメだ。
時間が……!
その時だった。
「あ、そうだ!」
類人くんが何かを思い出したように言って、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
何だろう、と思いながら見ていると、昨日渡したハンカチを取り出しながら、
「これ、ありがとな。ちゃんと洗っといたから」
「あ、うん…… ありがとう……」
わたしがそれを受け取ると、類人くんはニカッと笑いながら、
「あとさ、次の土曜、暇? 暇ならさ、ちょうど顧問の用事で部活が休みだから、どっか遊びに行かない? ふたりで。ハンカチ貸してくれたお礼がしたいし…… どう?」
その瞬間、わたしの身体が一気に熱くなっていくのがわかった。
あまりの嬉しさに、わたしは顔を真っ赤にしながら、
「も、もも、もちろん! 大丈夫!」
大きく頷く。
「よかった!」
と類人くんは満面の笑みを浮かべ、
「じゃあ、あとでメアドとか教えてよ」
「う、うん!」
わたしの返事に続いて鳴り響く、六時間目開始のチャイム。
慌てたように類人くんは、
「ヤバイ、急ごう!」
言って階段を駆け下りる。
わたしはその背中を追いかけながら、人生の絶頂ともいえる気持ちを味わうのだった。