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第1話

   1


 なんてキラキラした女性なんだろう、と私は思わずその人をじっと見つめていた。


 黒い髪はまるで煌めく小川のように腰まで流れ、長い睫毛と大きめの瞳はどこまでも澄んで美しかった。


 飾り気のない淡いピンク色のニットがその清楚さを際立たせ、白いロングスカートとの組み合わせが如何にも大人の女性といった雰囲気を醸し出している。


 ああ、こんなにも綺麗な人がこの世の中に存在しているだなんて……!


「えっと、あの……」


 その桃色の唇から紡ぎ出された言葉に私はふと我に返り、戸惑うような表情を浮かべる彼女に慌てて頭を下げた。


「あ、ごめんなさい! わたし、柴田萌絵っていいます! さざなみ中学2年生です! えっと……あなたが、このお店の人……真帆さん、ですよね?」


「えぇ、そうですよ」


 こくりと頷いた真帆さんの、その物腰の柔らかさにわたしは一瞬、ドキドキする。


 きっと大抵の男性がこんな大人の女性に惹かれるんだろうな。


「それで、今日はどのような魔法をお探しですか?」


 にっこり微笑む真帆さんの、その桜を想わせる可愛らしさといったらない。


 わたしは、いつか自分もこんな笑い方ができたらいいな、と思いながら、

「恋愛成就の魔法、ありますか?」

 と身を乗り出すように訊ねた。


 真帆さんはその艶っぽい口許に細く長い指を優雅にのばしながら、

「どなたか気になる方が?」

 右薬指の小さな指輪がきらりと光る。


 わたしはその問いに大きく頷き、

「同じクラスに、勝田類人って男の子がいて、わたし、その子のことを考えると夜も寝られないんです!」


「あらあら、それは大変ですね。じゃあ、睡眠薬とか要ります?」


 一瞬、真帆さんの言った言葉の意味が解らなくて、わたしは呆気に取られる。


「……へ?」


「あ、ごめんなさい。そういう話じゃなかったですね。どうぞ、続けてください。その勝田くんって男の子、そんなにカッコイイんです?」


「え? あ、はい……」


 何だかよく解らなかったけれど、これが大人の余裕ってものなのかしら?


 そう思いながら、わたしは話を続けた。


「彼は……類人くんは、普段は凄く気怠そうに授業を受けてるんです。例えば先生に叱られてもぜんぜん気にしてないみたいで、なんて言うんだろう……ひたすら我が道を行くって感じが、とってもクールでカッコイイんです!」


「へぇ。そうなんですね」


「そんな彼ですけど、放課後になると俄然やる気が出てくるんです。彼、サッカー部に所属してるんですけど、部活が始まると日頃の気怠そうな態度が一変して、すっごいキラキラ輝いて、生き生きして、それを見てるだけでわたし、胸が激しくときめいちゃうんです!」


「へぇ。それはすごいですね」


「汗に濡れる髪、活気に溢れるあの瞳、仲間を激励するあの声も凄くかっこよくて……! 転んだ仲間がいればすぐに駆け寄って、大丈夫か、動けるかって優しく声かけするんです。とても仲間想いなんですよ!」


「へぇ。かっこいいじゃないですか」


「だから、男女問わず人気で。休み時間なんて他のクラスからわざわざ彼に会いに来る子がいるくらいなんです。だから、彼の周りにはいつも人集りが出来てて、まるで学校のアイドルみたいなんですよ!」


「へぇ」

 そこで真帆さんは一つ頷き、

「で……その男の子に彼女はいないんですか?」


「それが、彼曰く、女の子には興味がないらしいんです。今は部活にしか興味がない、彼女なんて必要ないって……」


「……ふぅん?」


 真帆さんは不思議そうに首を傾げる。


 その気持ちはわたしにもよくわかる。だって、あんなにも魅力的な彼なのに、彼女が居ないだなんて本当に信じられない!


 でも、だから、だからこそ……!


「だからこそ、わたし、そんな彼に振り向いて欲しくて……」


「それがあなた……萌絵さんの願いというわけですね」


「はい、そうなんです!」


 なるほどなるほど、と真帆さんは何度か頷くと、後ろの棚に陳列された瓶やドライフラワーやらを矯めつ眇めつして、

「ああ、これなんか良さそうですね」

 と折り畳んであった小さなハンカチを手に取りわたしの前に示した。


「これは……?」


「やはり恋愛魔法の基本は惚れ薬ですよね」

 真帆さんはにこりと微笑み、

「ただ未成年にはちょっと効果が強いので、今回はこのハンカチに数滴染み込ませます。あとは今晩、このハンカチを抱いて寝て下さい。ちゃんとその子のことを想いながら。あとはそのハンカチを部活中の彼に渡すだけです。ハンカチから香る匂いが彼の気持ちを萌絵さんに向けてくれます」


「本当ですか! じゃあ、これ下さい!」


 わたしは即決し、財布を取り出す。


 真帆さんは口許に手をやり、

「毎度ありがとうございま、ぷっ……」

 咳き込みながら、エレガントに頭を下げた。

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