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「それで、自分で飲んじゃったんですか?」
女店主は今にも笑いを噴き出しそうな表情で、口元を手で隠しながらそう言った。
俺はといえば、そんな女店主を睨みつけながら、カウンターに右半身を預けるように寄りかかり、
「笑い事じゃない。大丈夫なんだろうな? 俺が飲んでも」
と確認する。
午後十二時過ぎ。お昼ご飯も食べず、俺は再び魔法百貨堂を訪れていた。
昨夜はアレっきり何もなかったけれど、今後何が起こるのか不安で不安で仕方がなかったのだ。
「安心してください」
と女店主は笑いを堪えながら微笑みを浮かべる。
「毒ではないので死ぬようなことはありませんよ。ぷぷっ」
最後堪えきれず噴き出しやがった。よくこんなんで店をやっていけるな。
そもそもこんな隠れた場所に店がある時点で儲け目的ではなさそうだが。
「失礼しました」
言って女店主はコホンと咳払いしながらも、しかしその表情には反省の色など微塵も感じさせないまま、
「惚れ薬と言っても、実はそんなに強力な物じゃないんです。ちょっとでも好きっていう感情があれば、その背中をそっと押すくらいの効果しかありません。それにもし強力な効果があったとしても、商品としてはお出ししませんよ」
「なんでだ? 売れるんじゃないのか?」
「確かに売れるとは思いますよ。でも、そんなものが世に溢れてしまったら本来あるはずの好きっていう感情を蔑ろにすることになるわけじゃないですか。相手の感情をこちらがコントロールするってことですよ? そこに本当の感情なんてあると思います?」
まぁ、私はそんな世の中を見てみたい気もしますけれど……と、不敵な笑みを浮かべながら小さく最後に呟いたのを聞き流しながら、「そんなものかね」と俺は首を傾げた。
「そんなことより、何か他にいい方法はないのか? このままじゃぁ、本当に離婚を言い渡されるかもしれないんだぞ」
「あらあら、お客さん、本当に奥さんのことが好きなんですね?」
からかうように口にする女店主に、俺は「当たり前だろう」と眉間に皺を寄せ、
「だから結婚したんじゃないか」
「……そうですよね」
答えて女店主はフッと小さく微笑みを浮かべた。
「では、次はこんなのはいかがでしょうか」
そう言って女店主はカウンターの端からこちら側に移動してくると、店のドアを開けて外へ出て行く。
「え? おい、どこ行くんだよ」
俺も慌ててそのあとを追って外へ出る。
そこには中庭に咲き乱れるバラの花を、剪定鋏で次々切っていく女店主の姿があった。
「なにしてるんだ」
と俺が問うと、女店主は数本のバラをまとめながら、
「ここのバラ園、奇麗でしょう?」
と問うてきた。
「あぁ、まぁ……」
どう答えたらいいのか判らず、そう曖昧に返事すると、
「実は、私が育ててる魔法のバラなんです。ここでは一年中、バラが咲き続けています」
「へ、へぇ、そうなのか?」
それから女店主は「ちょっと待っててくださいね」と言ってそのバラの花束を持って店内に戻っていくと、しばらくして奇麗に紙に包んだ花束を抱えながら再び外へ姿を現した。
「これ、どうぞ」
「あ、あぁ……」
俺は受け取ったバラの花束と女店主の顔を交互に見比べ、
「えっと……」
「あぁ、お代なら結構ですよ。まだまだいくらでも咲きますから」
「いや、しかし――」
と先ほど彼女が剪定した枝に目をやり、
「えっ?」
思わず我が目を疑った。
そこには剪定する前と同じように、再びバラの花が咲いていたのである。
そんな馬鹿な。確かに女店主は俺の目の前で次々バラを切っていったんだぞ。
これは、いったい……
「魔法のバラだって、さっきも言ったじゃないですか」
その声に顔を戻すと、女店主が笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
俺は思わず言葉を失う。
「そのバラの香りには、相手の気持ちを素直にさせる効果があります。それを嗅げば奥さんもきっと許してくれますよ」
「あ、あぁ、解った……」
何とも情けない声で、俺はそう答えたのだった。