「やあジェフ、悪いねこんな時間に」
「やあマイケル、どうってことないさ。それでいったいどういった要件なのかな。ひょっとして、僕のワイフの特製チェリーパイが食べたく」
「早速なんだが、いいニュースと悪いニュース、どちらから先に聞きたい?」
「Oh……無視……。それじゃあいいニュースから頼むよ……」
「いいニュースを選んだあなたは、とっても大胆でイケイケな性格かも。恋愛でも上手く相手をリードしてくれそう!」
「いや心理テストか。YEAH! シンリTESTカー」
「で、悪いニュースなんだが、おふくろさんVポイントカードを偽造したとかで、警察呼ばれてたぞ」
「Oh……ジーザス……」
「な、外人ごっこ楽しいだろ?」
「そんなわけねえだろ、やめさせてもらうわ!」
「ドモアリガトゴザマシタ」
「そこも外人かい! もういいよ!」
「ありがとうございましたー」
「はい、お疲れ様でした」
長机の向こう側で、ふんぞり返るように座っている男はそう切り出した。
彼は全国区のネタ番組のほとんどを取り仕切るプロデューサーで、お笑い賞レースの威光が薄れて久しい今、最も芸人の今後の人生を左右する人物と言っても過言ではない。
「君たち何年目だっけ」
「はい、14年目です」
問われた2人は、中堅に足を踏み入れつつある芸歴を重ねているが、芸人としては鳴かず飛ばずといった有様で、久しぶりに巡ってきたチャンスが今回の番組出演である。
「それなら分かって欲しいんだけどねえ、『外人』っていうの良くないのよ」
「あっそうっすよね、コンプラ……。そ、それじゃあ外人はやめて、海外の方ごっこ……、いやそれじゃあ掛け合いのリズムやニュアンスが……。いっそのこと過剰に配慮した表現をして一旦ツッこむとか……」
ネタ作りとツッコミ担当のタダシが食い下がろうとする。
いくつかのシチュエーションで、陽気な外人のやりとりがかならず陰気な方に流れていってしまうというネタなので、その根幹が崩れ去ろうとしているのだ。
「そういう裏笑いも、配慮自体を悪のようにとらえられちゃうからねえ。それに、チェリーパイもホントは良くないよ」
「チェリーパイもダメなんですか!?」
本職による、間と声質と声量が完璧なツッコミに、ボケ担当のマイケルのみならず、プロデューサーも思わず吹き出してしまう。
余談ではあるが、マイケルは純日本人顔の日本人でただの芸名である。今回のネタは短くない芸歴のなかで唯一の外人ネタで、満を持した感のおかげかライブシーンでは『やあマイケル』の時点でそこそこウケる。
「まあそういうことだから、今回は前に提出してもらった方のネタで頼むよ。じゃあ俺次のアポあるから。ごめんね、最後電気消しといて」
プロデューサーが退出した会議室で、2人はしばらく黙って座っていたが、やがてマイケルが口を開いた。
「っはー……、ちなみにネタ見せダメだったな」
「いや今なにをちなんだんだよ」
「ワンナウトー! ちなんでいこうー!」
「締まってほしいなあ!」
「ちなむことをお伺いしますが」
「ちなむんだったら他あたってくれんかね」
若いころはよくやっていたこうした他愛ない掛け合いは、沈んだ面持ちをいくらか明るくしてくれた。それどころか、お互い興が乗ってしまい、ついには立ち上がって身振りを交えてのラリーがしばらく続いた。
「病める時も健やかなる時も愛し合うことを、ちなみますか」
「ちなむなー!」
「そんなキジムナーみたいに」
「沖縄の精霊みたいには言ってねえよ!……ぶははっ、しょうもねえ」
あまりのくだらなさに、タダシが吹き出した。つられてマイケルも笑ってしまう。
「ははは、でもこういうのが一番おもろいんだよな」
これを聞いてタダシは、そうだよ、と首肯しながら言った。
「そもそも、こういうしょうもない掛け合いが楽しくて、気がついたら芸人やってたんだよ俺たち」
「そもそもで言ったらお前、お前にノリで付けられた芸名のせいでセンス系芸人への道が絶たれたんだぞ!」
マイケルはそう言って頬を膨らませた。
「ぶはっ、センス系は無理があるわ!」
「ちぇっ! ……ところでタダシ、今日の生放送、ネタじゃなくてアドリブでやんない?」
「マジか、俺もそれちょうど……」
タダシが言いかけたところで、局の若いスタッフが慌てた様子で声をかけてきた。
「ああよかった、探しましたよ! もうすぐ本番始まるんで、スタジオのタマリに移動お願いします! 部屋出るとき電気お願いしますね!」
若いスタッフは言い終わるが早いか、またすぐ駆けて消えてしまった。
「行っちゃった。ていうか、もうそんな時間だったのか。どんだけ夢中でちなんでたんだよ俺たち」
マイケルは頭をかきながら苦笑した。
「ホントだよ。あ、そうだマイケル。例のネタでちゃんと伝えられてなかった『いいニュース』なんだけど、今伝えるとさ、……お前が相方でよかったよ」
「えっ、なにそれしょうもな! ていうかニュースかそれ」
「ははは、でもこういうのが一番、」
「それは違う!」
終