そこからはバックパックを背負い、地図とコンパスを頼りにまた長い道のりを越えねばならなかった。距離はたいして遠くなかったが、二人とも長袖長ズボンでわたしはレインジャケット、彼女はウインドブレーカーを羽織っていても湿気に煩わしさを感じるほどの環境のせいで歩行は困難だった。ハイキングブーツでもぬかるんだ土を踏みしめるのに苦労したのだ。群生するトウヒやモミやツガの表面を覆う濃密なコケからは滴りが落ちるほどで、そうした光景に遭遇するたびに、アメリカでもっとも多湿な温帯雨林にいることを痛感させられた。
途方もない旅をして、目的地に到達したのは昼頃だった。最初その予兆には、木漏れ日のような印象を受けた。ただ高さのずっと低い、茂みや藪の狭間で揺れていたので違うとわかった。キャサリンも同じものを目撃して素早く傍らの木陰に身を隠し、わたしもそこに引っ張り込まれた。
「あれよ、そっと覗いてみて」
彼女に勧められて二人並んで木陰から顔を出し瞳を凝らすと、さっきの光がどうやら焚き火らしいことが判明した。
「じゃあ、あそこに?」
小声で訊くと、彼女は囁いた。
「ええ、慎重に進むわよ」
そこからは、森が生み出した天然の陰影に隠れながら目印の火を目指した。
そうして、いつしかこぢんまりとした集落に侵入できた。
焚き火はかなり大きく、周りをフードが付いた黄緑色のローブに身を包んだ数十人の大人の男女が囲んでいた。彼らは呻きとも遠吠えとも取れる奇声で歌いながら、炎の周囲をゆっくりと回っていた。これを中心として、一帯には木立の隙間に大小十数個ほどのティピーに似たテントが張ってあった。キャサリンによれば、連中の住居なのだという。
「まるでサバトだな」
異様な景観に率直な感想を漏らすと、キャサリンは傍らで解説を加えた。
「黄緑色の服を着てるのが信者たち、深緑の服の人が教祖よ。儀式の時間も計算してきたの。この辺の信徒は全員あそこに集まってるから、今ならシンディを連れ出せるわ」
そこでわたしは初めて、信者たちの輪の内側でもっとも火に近い位置に、他とは違う深緑のローブを着てフードを被った女らしき体躯の後ろ姿があるのを発見した。それから、別の異常にも感付いたのである。
ふと、こんなに炎を燃やして山火事と勘違いされたり見つかったりしないものなのかと思ったとき、見上げるほどに巨大な火炎からは一切煙が出ていないことを知ったのだ。それどころか焚き火と捉えていたそこには燃焼物がなく、いくら探しても炎しか見当たらなかったのである。
アラビアの妖霊ジンは神が煙なき炎から創造したというが、そんなものが実在するかのようだった。これは、シュブ=ニグラスのような超自然の存在を証明しているようにも受け取れて、そのことが恐ろしくてわたしは必死に話題を変えた。
「そ、それで、君の娘はどこにいるんだ」
キャサリンは、ティピーに似たテントのうち目近のひとつを顎でしゃくった。
「あそこよ」
すぐさまわたしたちは、身を潜めながら素早く目的のテントに接近し、潜入した。途端に、わたしは衝撃のあまり愕然とすることになった。