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名状しがたき予感

 ようやくキャサリンへと切り出せたのは、カーブを曲がってさっきの車体が視界から消えてからである。


「驚いたな。本当にあんな連中まで取り込んでるなんて」


 この出来事で、少なくとも教団の存在は否定しようがないことがわたしの中でほぼ確定したので、そんな台詞を吐いてしまった。

 キャサリンによれば、一部森林局と彼らが手を焼いている環境テロリストはグルなのだそうだ。テンプル騎士団が冤罪によってバフォメットを見出し、魔女たちが迫害の中で悪魔を見出し、虚偽記憶を植え付けられたキャサリンたちがシュブ=ニグラスを見出したように、彼らは人間のために過ぎない環境を守る運動を地球のためと言い換える環境テロリストとして千匹の仔を孕みし森の黒山羊に出会い、教団に取り込まれたのだという。

 こうしてテロリストに偽装する術を入手した教団は、環境テロとして森林伐採の妨害のために道を塞いだり伐採機具を破壊する真似をしつつ、実際は教団が発見されないよう妨害工作をしているらしい。もし事情を知らない作業員が製材会社に連絡したら、森林局から教団の警備隊が派遣され環境テロリストを追い払う振りをしつつ森に潜む教団と内通、今後の活動地点の調整をするそうだ。


「やっと信じる気になった?」

 助手席でキャサリンがほくそ笑んだ。わたしはここまでずっと教団の実在を信じる芝居をしてきたつもりだったが、全て見抜かれていたらしい。ために、ようやく本心から応じることができた。

「ああ、教団はあるみたいだ。でも、シュブ=ニグラスがいるかどうかはまだ疑わしいな」

「すぐにわかるわよ」


 キャサリンが強張った表情で告知したのを最後に、会話は減った。二人とも、大森林に不吉な気配を感じ始めたためだった。空は不気味に掻き曇り、寥々とした自然の中で、道案内をするキャサリンの声も緊張を増していった。

 園内にはいくつか車道があるが、ハイキング道路網ほどには整備されてはいない。それでもかなりの深部まで道は延びていた。環境保護団体の圧力で製材会社が木を切るのは森の深いところに限られているらしく、反対するテロ行為の偽装をして教団も奥地に潜んでいるとのことだった。


「鉄菱があるわ、停まって」

 ある場所で、キャサリンは指示を出した。わたしがスピードを緩めて前方に目を凝らすと、十数ヤードほど先にさっきの鉄菱が道路を横断するように並べてあるのを確認できた。森林局の信者が言及した通り、彼女はこうした罠の位置も熟知していたのだ。わたしは障害物の線の手前で、路肩に車を寄せて停止した。

 それから二人で車を降りた。キャサリンによれば教団のキャンプは森林の只中に設けられているため、ここからは森の中を突っ切らなければならないとのことだった。ところが彼女はすぐには出発せず、なぜか車体の前に並ぶ鉄菱をどかしだし、頼んできた。


「手伝ってよ、鉄菱を全部反対側の路肩に除けるの」

「帰りは引き返さないのか?」

 尋ねたわたしに、彼女は口答した。

「彼らはあなたが教団の一員としてここで暮らすと思ってる。連れて戻ればさっきの見張りに不審がられるわ。歩哨は交替制で、この先を進めば帰る頃にはちょうど彼らがいなくなる時間帯に通過できるルートがあるのよ」


 わたしは訝ったが、ここまで来てしまってはもう彼女を信用するしかなかった。

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