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酷悪なる関与

 ワシントン州北西部のオリンピック半島は、ギリシャ神話において神々が暮らしたとされたギリシャに実在するオリンポス山に似ている山があることから、名称を継いだ場所だ。連なる高山で本土から切り離され孤立したこの極地には、特異な環境のためにアメリカ本土にはない珍しい動植物が進化している。

 それらとの関係はキャサリンにも不明だそうだが、とにかく彼女は、教団がここに生い茂る針葉樹の温帯雨林、オリンピック国立公園に潜んでいると明かしたのだった。


 わたしはキャサリンといったんデンバーに向かい、直航便でシアトルに飛んだ。現地で4WDのセダンをレンタルして、途中で泊まったモーテルで彼女がボブ宅から持参した森林に臨むに相応しい服装に着替え、オリンピック国有林に入ったのだった。

 目的地に到着するまでの道すがら、キャサリンからは今回の件に関する周辺情報をできる限り聞き出した。彼女によれば、教団は表向き環境テロリストを装い、オリンピック国有林で作業している森林伐採業者や連邦森林局の職員にまで仲間がおり、そうした組織に根回しもしてあるとのことだった。いわば環境テロと対策を両者に潜む信者に演じさせ、終わらない茶番劇を仕立てて存続しているという。

 わたしはこの説明をまた疑ったが、一方で安堵もしていた。おそらく彼女の証言が嘘か真かはこれでかなりはっきりしてくるはずだからだ。かくして、公園内を走るいくつかの道のうちのひとつをキャサリンと地図を頼りにひたすら進んだのである。


 早朝の森をどれほど潜っただろうか。前方の路肩に駐車されている森林局のピックアップトラックと遭遇したとき、キャサリンの話の半分が証明される事態が起きた。

 警備員の制服を着用した青年が前の車の助手席から降りて、ジェスチャーで停まるように指示し、それに従ってトラックの後ろに停車すると、彼はこちらに歩み寄ってきたのだ。

 この進路を行けばいずれ途中で教団の関係者が接触してくると予言はされていたが、まだ教団によるコンタクトとも断定できなかったので、助手席でどこか得意そうにしているキャサリンをよそにわたしは彼女が用意したパスを自分のバックパックから出そうとした。しかし念のために手を止めて、隣の席へと訊いてみたのだった。


「彼も、教団の一員か?」

「いいえ」キャサリンはそう述べた上で付加した。「でも信者が同行してるはずだわ、とりあえず予定通りに接して。すぐに同志が対応するだろうから」


 これについても事前に、どういう態度を取るべきか手筈を聞いていた。わたしに連邦森林局のスタッフの真似をしろというのだ。

 自分にどれほどできるかは疑問だったが、大根役者でもいいとのことなので、わたしは外から窓を叩いてきた男に応えて運転席のパワーウインドーを開けた。


「どうかしたのですか?」

 すると相手はこう言った。

「すみません。ぼくはこの先の伐採作業を担当している製材会社の警備主任なんですが、ここからは立ち入り禁止になっています」

 そこまで彼が口にしたときだった。

「待て、いいんだ」

 ピックアップトラック運転席の扉を開けて、別の男が呼び掛けたのだ。こちらは中年の男性で口髭を蓄えており、森林局の制服を着ていた。

 青年がその男を省みると、中年のほうは三角錐の形をした拳くらいの金属の塊を手で弄びながら、わたしたちのほうに近付きつつ相棒へとしゃべる。

「彼らは我々が呼んだ局の職員だ。悪いが君は外してくれないか、局内のことでちょっと込み入った話があるんでな」

「はあ」

 こうして警備主任の青年は引き返し、車の助手席に戻った。その様子を見届けると、年配の男は手にしていた三角錐を呈示しながらキャサリンへと告げたのだった。

「お帰りシスター・キャサリン。既知のことだろうが確認だ。こっから先では、環境テロリストの仕業に偽装して我々が撒いたこの鉄菱がある。位置は覚えてるな」

「ええ」

 キャサリンの返事を受けて、中年はわたしへと言った。

「あんたがキャサリンのかかりつけの医者の、ブラザー・カールだな」

「は、はい、そうです」

 必死に平静を装いつつ答えると、彼は車内を覗きながら続けた。

「ええと、確かボブが勧誘されて信者になった証拠としてカールを勧誘したんだったな。それからカールが伯父さんに勧誘されたことが証明されたらシンディが解放される、と」

「そうよ」

 キャサリンが回答し、彼は了承した。

「じゃあ、あとは教祖様にチェックを受けるだけだな。罠に用心しろよ、教団へようこそ」

 歓迎するや森林局のスタッフが手を差し出してきたので、わたしは精一杯の作り笑顔で握手を交わし、彼が自分の車へと踵を返して帰っていくのを見届けながら窓を閉めた。


 そして、退屈そうな顔をしてピックアップトラックの運転席で欠伸をする警備主任の青年と、その車のそばで手を振る中年の森林局スタッフに見送られて、わたしたちは彼らを追い越して走り去ったのだった。

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