黒板いっぱいに大きく書かれた文字に、ぼくは言葉を失った。
【第一回 あったらいいな委員会を決めよう】
なぜ蓮見が、急にこんなことをいい出したのか。それには、かなり複雑なわけがあった。
机を向かい合わせにくっつけ、蓮見とぼくは、日直として居残り作業をさせられていた。担任の岩塚先生にいわれ、明日配布されるプリントに、ホッチキス止めをするという、超つまらない作業を、もくもくとやっていた。
そんななか、蓮見がこう、いったのだ。
「ああ~、つまんねえ」
「止めてよ。〝つまんねえ〟が伝染する」
無心で手を動かしているぼくとは反対に、蓮見のホッチキスを持つ手が、すとんと机の上に落ちた。
「飯塚。ちょっと休憩しよう」
「いや、こんなの一気にやっちゃえば終わるって。もうちょい進めてからでも」
「でももう、手が……っ」
負傷した主人公のような顔をして、ホッチキスを机の上に転がした蓮見は、右手を胸に抱え、肩を震わせた。そんなわけないだろ。まだはじめてから、十五分しかたってないのに。しかし、こういいだした蓮見は、休憩しないかぎりはテコでも動かないだろう。
「じゃあ、三分だけ休憩。それから、一気にやるからね。下校時刻せまってるし」
「オッケー、オッケー。三分な。てかさあ、お前、知ってた? 図書委員のこのあいだの企画、岩塚先生が思いついたんだってよ」
「ああ、図書室にもっとマンガを増やそうって企画? 各クラスで図書室にあったらいいマンガのアンケート調査してたよね」
「そうそう。マンガも勉強になるんです、って校長にかけあったんだってさ。めっちゃいいアイデアだよな。そんでさ、おれも思ったわけ」
「えっ、何を?」
ふふん、と鼻を鳴らし、得意げに蓮見は胸をはった。
「もっともっと、学校をよくするための委員会をまるごと作っちゃえばいいんじゃん、って」
「……どんな委員会だよ、それ」
「というわけで、これからおれたちで決めようか。題して、【第一回 あったらいいな委員会を決めよう】!」
「……あったらいいな委員会?」
蓮見は待ってましたといわんばかりにシャーペンを取り出して、いらないプリントの裏に、さらさらとアイデアを書き出しはじめた。
そろそろ三分がたちそうだ。
「おい。ホッチキス、持ちな」
「学校の委員会なわけだから、まず大前提に、勉強のさまたげになるようなものはだめだよな」
「聞いてないな」
「そこで、【お昼寝委員会】」
「いや、サボる気まんまんか!」
チッチッチ、と舌を鳴らして、人さし指を振る、蓮見。
「よその学校では、午後の授業がはじまる前に十五分、昼寝の時間があるらしい。昼寝をすると、午後もやる気がもどって、成績もあがるんだってさ。どうだ、うちの学校にも必要だろ、これ!」
「うわ……お前にしては、意外とまじめな委員会だったのか。そりゃあ、寝ていい時間があるなら、めっちゃ寝たいよ。でも十五分かあ。できるなら三時間くらい寝たいけど」
「三時間も机につっぷしたら、腕に顔がめりこむよ?」
黒板にチョークで【お昼寝委員会】と書きつけた、蓮見。「うーん」と腕を組み、呪文のようにアイデアを唱えだした。
「あと必要なのは……【バイキング給食委員会】だな。それから【カレーライス委員会】、【パフェ委員会】……」
「アウト、アウト、アウト~ッ」
「冗談だよ、まじじゃないって。【バイキング給食委員会】はまじだけど」
「まじじゃないか!」
「だってさ、飯塚。よく考えてみ? バイキングっていうのはな、すききらいの多いやつにも優しいシステムだし、小食大食いにも優しい親切設計なんだぞ。〝おかわりをすることも、しないことも、自由〟なんだ」
「スローガンみたいにいうな」
「あまったおかずでカレーを作って、あまったデザートでパフェを作れば、フードロスにもなるんだぞっ?」
「うわっ。このあいだ授業で覚えたばかり言葉を使ってプレゼンしてくる、高等テクニック……!」
鼻高々の蓮見に、ぼくは呆れてしまう。ずいぶんと、欲望にまみれた委員会だかりだ。ふだんから、こんなことばっかりいっている蓮見なので、あしらうこともできるが、ぼくはちょっとだけ、この話題に興味を持ちはじめてしまっていた。
いかん、いかん。とっくに三分はすぎてしまってる。
「こら、蓮見。さっさとホッチキス持てよ」
「ねえ。飯塚は、何かないの」
期待に満ちた目でいわれたって、困る。さっきいってた、お昼寝委員会なんてもの、実際に作れるわけないんだし。
「昼寝していいんなら、もういっそ、学校で寝起きしたいよ。登下校、めんどいし」
「おお! 【保健室ホテル委員会】ね!」
「は?」
「保健室をホテルにして、寝泊りできるんだよ。委員会は予約の受付して、宿泊者を管理するんだ。明日の登下校がしんどい人が、予約して、保健室のベッドで寝泊りするんだ」
「へえ。ぼく、寝起きわるいから、あったら助かるな」
蓮見は黒板にどんどんアイデアを書いていく。
「他には? 飯塚が困ってることとかがあると、それがヒントになるかも」
「うーん。最近、へんなうわさを聞いちゃって、トイレに行きづらくなってるかな。困ってるね」
「へんなうわさ?」
「三階のトイレ、どこかの個室に、ラクガキがあるらしくて、それを見つけちゃうと呪われる……とかいう、うわさ。いつもは二階が混んでたら、三階のトイレに行ってたんだけどさ。聞いちゃってからは、こわくて行けなくなっちゃって。今は、ちょっと遠いけど一階のトイレに――」
「うおお! 【オバケ撲滅委員会】じゃん、それ!」
「……いや、これは困ってることで」
「こわいんでしょ? 困ってるんなら、委員会にしなきゃ!」
「おい。これ、そんな話だったか――?」
「他にはっ? 他には、困ってることないの?」
テンションマックスで聞かれ、ぼくは仕方なしに、頭をひねった。
「……いや、ない」
「あるでしょ」
「ないって」
「ある!」
「なにがあるっていうんだよ」
「――笹岡さん」
「ぐっ」
吸おうとした、息がつまった。蓮見のやつ、ぼくの心を読みやがった。エスパーか。
「笹岡さんのこと、すきなんでしょ」
「……それが、なんなの」
「【恋愛促進委員会】の出番じゃん! 恋のお悩み、うけたまわります!」
「むり、むり、むり! 委員会の人に、すきなひとの名前をいわなくちゃいけないなんて」
「ええ……? おれにはいってくれたのに」
「それは、蓮見がしつこく聞いてきたから、仕方なくでしょ。本当はいわないものなんだよ!」
「えー」
つまんなそうに机に頬杖をつく、蓮見。約束の時間はとっくに過ぎている。先生が教室に帰ってくる前に作業を終わらせなければ。
「ほら、さっさと続きしよ」
「なあ。笹岡さんも、飯塚のこと、すきだと思うよ」
「っぐう。笹岡さんの話も、もういいって」
「【恋愛促進委員会】がはずかしいならさ、【友達の背中を押す委員会】はどう?」
「……いいよ。ぼくは、恋愛をしているけれど、誰かと付きあいたいとは、思ってないんだ」
すると、蓮見は目を丸くして、息を吐くように「ほー」といった。
「飯塚は、そうなんだ」
「うん」
「笹岡さんと付きあっちゃったら、もうおれとこんな話はしてくれないのかもなあ、って思っちゃってた」
「なにそれ。万が一、笹岡さんとそういうことになっても、蓮見とは友達なんだから、過ごす時間は同じだよ」
すると、蓮見はうれしそうに、満面の笑みを浮かべた。こいつ、ガラにもなく、そんなことを考えていたのか。
「ほら、さっさとホッチキスを持って。下校時刻になっちゃうよ」
「……そうだ! そうじゃん! なんで思いつかなかったんだろう」
「まだ何かあるの」
「飯塚。おれと【あったらいいな委員会】を作ろう!」
何をいい出すのかと思えば。今度はなんだ。
「それは、今回のそもそもの議題じゃん。今さら、なにを」
「おれと飯塚で【あったらいいなあ】って思うことをぜんぶやろう。おれとお前で、この学校をよりよい学校にするんだよ!」
「……なんで、ぼくと蓮見がやるんだよ」
「なにいってんだよ」
バンッ、と蓮見がぼくの肩をたたいた。
「【あったらいいな委員会】をいっしょに考えた仲だろ。おれら最高の――友達だから!」
いい笑顔を浮かべて、親指を立てる蓮見に、ぼくは思いため息をついた。
パチン、とぼくのホッチキスが音をたてた。気づけば、ホッチキスで止めなければならないプリントは、もうない。ほとんど、自分でやりおえてしまったプリントの束を見つめ、ぼくは目の前の【友達】をうらめしく見あげた。
こいつけっきょく、作業をサボりたかっただけだろ。
「……【先生にいってやろ委員会】はどこに行けばあるんでしょうかー?」
「まだ設立未定です……」
おわり