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エピローグ~ずっと続くもの~

 トーナは語る――


 病が癒える、もしくは不幸にも亡くなってしまう……それは患者にとって終着点ではないのだと。人々が生きていく中で病は一つの通過点でしかなく、人生はその先も続くのだと。


「今までたくさんの患者を診てきて、多くの病を治療してきました――」


 ファマスでも、この街でも、彼女はその才能で数多あまたの患者を救ってきた。


 その現場の幾つかをハルも目の当たりにしている。

 いつも自分の奥さんは凄いんだと自慢したくなる。


「――多くは無事に治療を終えましたが、中には助かっても大きな障害を抱えた方、力及ばず亡くなってしまった方もいます」

「しかし、それはトーナの責任では……」


 どんなに優秀な治癒師でも全ての患者を救えるわけではない。


 救いの手から溢れ落ちた患者に対してトーナが負い目を感じているのではないか、彼女の責任感の強さにハルは心配になった。


「もちろん私はどんな患者でも救えると思うほど思い上がってはいません。ただ、治療が終わったその先にも患者やその家族には続く人生があるのを忘れてはいけないと思うの」


 闘病の末に訪れた理不尽な結果で、重い障害を抱えた患者も残され悲しみに暮れる遺族も、みんなその後に人生が続いている。


 それを見ずに病を診ていては、理不尽に振り回される患者やその家族の苦しみを無視しているのと同じ。


 治癒師は彼らの続いていく人生を見据えて病を診て、患者や家族と向き合っていく、そんな支える治療をする必要がきっとある……


「診るのは病ではなく人なのだと仰ったお祖母様の真意がやっと分かりました」


 己が到達した境地を語る妻の吹っ切れた表情を眺めて、ハルは追放後のファマスでの出来事を伝えない方が良いと判断した。


 今この地に妻の患者がいて、彼女はその人々と生きていく決意をした。

 だから、妻にとって追放者達の顛末などどうでも良い事なのだと思う。


「私は黒い髪と赤い目が呪いのようで大嫌いでした……」


 ハルの胸の中でトーナは常闇の髪をもてあそびながら心情を吐露する。

 その赤い瞳は、しかし昔のように諦めの色を宿してはいなかった。


「マーレが生まれた時、髪の色があなたと同だと知ってほっとしたの」


 次に彼女は愛娘の白銀を愛おしそうに撫で摩る。


 出産の時に見せた彼女の安堵の表情をハルは今でも覚えている。


「私はあの国を追われてなお呪縛から解放されていませんでした」


 物心ついた時から髪と瞳の色で迫害を受けてきたトーナにとって、国を出たからと言って簡単に拭い去れるものではない。


 ハルはそんな彼女の心を救えなかった自分の不甲斐なさを呪った。


「だけど、お祖母様の言葉の意味――薬師の本分は患者の病だけではなく心も癒すものだと悟ったから、それが私と同じ髪と瞳の夜の帳の女王リュエスが人々に夜の安らぎを与えるのと同じなのだと分かったから……だから、今では私の色も好きになれました」


 自分の髪の色を見詰めるトーナが浮かべたのはファマスの頃の諦念とは違った。それは懐かしむような、愛おしむような、そんな表情。


「こんな風に思えるようになったのもあなたのお陰よ」

「俺は本当に君を救えたんだろうか?」


 トーナは祖母の教えと己の力で立ち直れたように見えた。

 ハルには自分が妻の助けになれたとは到底思えなかった。


「もちろんよ」

「トーナ……」


 トーナはつま先立ちになると、今度は自分から唇を重ねてきた。


「あなたが私を救ってくれたの」


 微笑む妻の姿にハルは思う――


 自分の愛する妻は治癒師として患者やその家族の続く人生を慮る。だけど、薬師であるトーナとその家族である自分や子供達の人生も同じように続いていくのだ。


 今までトーナが診てきた患者とその家族が病に苦しんでいたように、薬師として彼女も苦しんできたのだ。


「トーナが患者に安らぎを与える常闇の女王リュエスとなるのなら、俺は白銀しろ騎士となって君の安寧を守り続ける」

「ええ、頼りにしてる……愛しているわ、あなた……」


 三度お互いの想いを重ねる中でハルは誓った――


 これからも病に苦しむ患者をトーナが身を削って支えていくのなら、そのせいで傷ついた彼女を自分が支えていこう……


 ずっと……ずっと……これからもずっと……

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