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第78話 常闇と白銀―魔女の去りし地―

 ハルの複雑な想いを他所に、ワッケンの話は続いた。


「もともと魔獣被害がなかったファマスは軍備をおろそかにしていて、それが被害をより深刻なものにしてしまったようです」


 何度も団長が警告していたが、最後までバロッソ伯爵は聞く耳を持たなかったようである。


 ハルは内心で嘆息した。


「だけどよぉ、そんな時は教会が聖水を使って魔を祓ってくれるもんだろ?」

「普通はそうなんですがね……ファマスの司祭がとんだ生臭坊主だったんですよ」


 オーロソの事だとハルはすぐに察した。


 ハルがファマスにいた頃から、あの男は贖宥状しょくゆうじょう濫発らんぱつして私腹を肥やすとんでもない聖職者だった。


「その司祭が日頃から聖水を売り捌いていたんです。しかも、魔獣被害が少ないからと殆ど在庫を残していなかったようです」

「ひでぇ坊さんだなぁ」

「この司祭の酷さはこんなものではありませんよ」


 ワッケンが苦虫を噛み潰したような顔になったのは、彼自身が被害者だからだろう。


「彼は在庫がないのを隠す為に聖水にただの水を混ぜてかさ増しして売り捌いたんです」

「おいおいマジかよ」


 この為、ファマスの被害はとても大きなものになった。


「その責で教会からは破門、国王に断罪され……ちょん、らしいです」


 ワッケンが手で自分の首を横に斬る仕草をしてみせた。

 どうやら、オーロソは断頭台で公開処刑されたようだ。


「特に酷い被害が出たのは魔獣ヴェロムの大群による襲撃でした。街の外壁まで押し寄せかなりの被害が出たんですよ。私も生きた心地がしませんでした」


 このヴェロムの襲来で魔狗まく毒に侵された多くの民が犠牲になった。


「うーん……だけどファマスは医療の街なんだろ? ヴェロムの毒にも良い薬があるんじゃないのか?」

「ヴェロムの毒に解毒薬なんてありませんよ……まあ、私もファマスで初めて知ったんですがね」


 それについてはトーナの治療を間近で見たのでハルはよく知っている。


「これに関してファマスには皮肉な話があるんです」


 ワッケンが提供した話題は、ファマスの薬師くすしを牛耳るガラック薬方店のものであった。


「ここの店主は薬至上主義者で、日頃から医師を半端者と馬鹿にしていたそうです。領主であるバロッソ伯爵との繋がりも強く、彼と結託してファマスでの医師の地位をおとしめたそうです」

「随分と傲慢そうな奴だなぁ」


 このせいでファマスにおける医師の地位が低下してしまい、大御所であるテナーを始めとして多数の医師が他所へと移ってしまった。


 元々、医師は薬師と異なり土地にはあまり縛られない。先進の知識を求めて移動を繰り返す者も多く、だからこれは当然の帰結であったのだろう。


 そんな中でヴェロム襲撃の悲劇が起きた。


「この店主は以前より魔狗毒の特効薬と称して偽薬を売っていたそうなんです。ところが、自分の息子がヴェロムの毒に侵されてしまった時には、なんと医師に助けを求めたらしいですよ」

「随分と面の皮が厚いヤツだねぇ」


 全くだとハルも心の中で頷いた。


「ええ、ですがファマスは彼のせいで医師不足に陥っていましたし、先の偽薬の件もあって医師達からご自分の薬で治したら如何かと皮肉られたそうです」

「ありゃりゃ」

「亡くなったご子息はご愁傷様ですが、親の業が子に返るのも因果応報なのです」


 因果は必ずしも自分に返るとは限らない。

 親となったハルには堪える言葉であった。


「その後、ファマスはどうなりましたか?」

「嘗て繁栄していたというファマスの見る影もありませんでした。私が訪れた時に統治していたのはバロッソ伯爵でしたが、責任を取らされ領地を国に返上したと聞いております」

「バロッソ伯爵はその後どうされたのですか?」

「田舎に隠棲されたそうですが、一年と経たずに儚くなったそうです」


 きっと、伯爵は娘の死から立ち直れず、失意の内に亡くなったのだろう。


 どうやら、愛する妻を迫害し追い出した者達は相応の報いを受けたようであった。

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